第3話
3章 “自分の器、人の器”
真夜中に聞こえる物音に目を覚ます。静まり返る家の中から聞こえてくるの足音。ずっと前から気が付いていた。でもそれ以上のことはしなかった。目を瞑って耳を塞ぐ。俺にはもうそれしかできなかった。
父が死に、母が消えたあの夜からばあちゃんと2人で暮らすことになった。ばあちゃんは俺のことを「イノちゃん」と呼んでは可愛がってくれた。俺も優しいばあちゃんが好きだった。でも俺が高校に上がる時、ばあちゃんの様子が一変した。
突然俺の名前を忘れたと思ったら自分の娘、俺の母親を怒鳴りつけるように呼んでいたり、買い物に行ったっきり帰ってこなくなったり、布団に漏らすこともあった。まるで赤子のように目を離すことの出来なくなってしまった。認知症という治らない病気らしい。
外付けの鍵をばあちゃんの部屋につけることによって真夜中に外に出ることは無くなった。だがこれじゃあまるで..
扉についている小さな小窓からばあちゃんの様子を伺うその様はまさに看守と囚人。恩を仇で返すようなこの仕打ちに胸が痛い。だけどこうでもしないとまともに眠れない。心を鬼にして俺はばあちゃんの部屋を後にした。でも結局真夜中に起こされる羽目になる。
「あけて!たすけて!たすけて!」
今日もまた扉を叩いて騒いでいる。もう疲れた。注意しても言うことを聞いてくれない。扉を開けたら家を出ていく。出ていくのならもういっそのことそのままにしておくことも考えた。俺は知らなかったで通す。大丈夫。みんな俺の味方してくれる。自分に言い聞かせたところで、闇に消える背中をそのままにはできなかった。
そんな生活が半年続いた頃、1人の男が尋ねてきた。なんでもばあちゃんと知り合いらしい。
「他にご家族は?」
厚手のコートにマスクと帽子を被り素顔が見えなかったが、ばあちゃんは特に警戒することなく受け入れていた。
「今は俺とばあちゃんだけです」
そう見知らぬ男に言った。
ばあちゃんと知り合いと言ったが、おそらく20後半の男が80歳のばあちゃんとどいう関係なのか分からないが、わざわざ会いにくる辺り相当関わりが深い、そんな気がした。
そんな警戒心とは裏腹に男は、ばあちゃんの置かれている状況を簡単に説明すると「俺が彼女の面倒を見よう」と突然申し出た。
「宿を探していてね、もしここで泊めてくれるなら彼女の面倒を見るよ。もちろんお金も払う」
とりあえず、と懐から封筒を出してそこから10万をキャッシュで払った。
「ヒグチ。俺の名前はヒグチって言う。足りないならいつでも言ってくれ。いくらでも払うから」
困惑し声を出せずにいる俺にヒグチはそう言って散らかった部屋の掃除をし始めた。
何が何だか分からなかったが俺はとりあえず借りていたお金を返すことが出来た。
ヒグチさんが住み始めて一ヶ月、彼は何をするにしても上着、手袋、マスク、帽子を外すことはなかった。不気味ではあったが彼の存在は俺にとって心の余裕を生んだ。増えていってた借金、汚れてく家、ばあちゃんへの負の感情。それらが嘘のように消えていった。だがそれでも彼への疑問が消えることはなかった。
「ヒグチさん少しいいですか?」
俺はヒグチさんへの対話を試みる。もしかしたら踏み込みすぎてこの援助を打ち切られるかもしれないという恐れもあったが、他人にこれ以上家の問題を抱えさせるわけにはいかない。と1ヶ月も甘えた俺が言うことではないが、ともかく彼とはしっかり話をつけたかった。
「どうかしたのかい?」
いつも通り優しい口調で、ばあちゃんもこの優しさのおかげか俺といた時よりも表情が柔らかくなった気がする。
「....」
言う言葉は考えてきた。だがいざとなると口篭る。すると
「君は他の同年代よりもとても静かだな。先に彼女を寝かしてくるから話しはその後でもいいかい?」
俺の気持ちもばあちゃんのことも考えての提案に言う言葉は決まっていた。
数分後リビングに戻ってきたヒグチさんは対面の椅子に座る。ばあちゃんを挟まずに、それに年上の人と会話するのは緊張してならないが黙っていては話にならない。
「..何が目的なんですか..?」
重たい口を開ける。それは一ヶ月間思い続けてきた疑問。何かあるに違いないと踏んでいたのだが、彼の口は重々しい俺の口なんかよりもすんなりと開いた。
「何も企んじゃいないさ。昔に色々迷惑をかけてしまってね、その償いだよ」
「じゃあ、どこで知り合ったんですか?」
質問を叩きつける。
「長野だよ。職場仲間だったんだ。彼女は俺の先輩で良くしてもらっていた」
正直ばあちゃんがどこで働いていたなんてのは聞いたことがないから、ヒグチさんの言い分が正しいのかどうかは分からない。だが、
「職場仲間でわざわざこんなことまで普通はしないと思います。挨拶にならまだしもお金や介護、その他のことまで」
普通じゃない。俺はそう言い切った。だがそれに対してヒグチさんは淡々と答える。
「恩が返せればどいう形でも良かったんだ。彼女が求めるものが聞ければいいんだが、彼女のことだそんな申し出は断るだろう。だから君の力になることをすることにしたんだ。彼女にとって君の存在は他のどんなものよりも価値があると思ったからね」
納得できるとそう思った。だがそれ以上に上手くいなされていると感じた。根本をひた隠しにされているような、負かされているそれにも近い。だけど俺にはそれ以上彼との会話を続けることはできなかった。
その事について安堵している自分があまりにも情けなく悔しかった。
警戒心は強く、だが時が経つに連れて彼の存在に疑問を抱かなくなってきた頃、俺は1人の女性に目を離せずにいた。
「イノワ君?何をしているんだ?」
「ヒグチさん?!」
突然かけられる声に思わず大きな声で答える。すぐ彼女に見られていないか確認をしてとりあえず胸を撫で下ろした。
「こっちって家と反対方向じゃないですか。どうしたんで...」
言い終わる前に彼の影からばあちゃんがこちらを覗き込んで「イノちゃん」と笑顔で呼んでくれた。
「彼女の散歩道を少し外れてみたんだ。今日は足取りが軽くてね」
ばあちゃんの手を取り並ぶ姿はまさに祖母と孫。俺の役割を彼は完璧にこなしている。それがなんとももの言えない気持ちになる。
「..あの子知ってる子かい?」
「あぁ、いや!知り合いってほどの方じゃないですよ。なんて言うか一緒の委員会と言いますか」
「なら挨拶しておこう。そういえば俺自身のことをイノワ君の知り合いにちゃんと挨拶していなかったから..」
「いやいやいや!だ、大丈夫です。彼女とはあまり関わりがないので」
こんなところを見られて、あまつさえ挨拶なんてされたもんには笑い者にされかねん。
恥ずかしさと気まずさからこの場を去ろうとヒグチさんを押す。その中で彼女は誰かと話していた。さっきまで1人だったのに。その誰かも気になってしまう。彼女の関わる全てが今は目が離せないでいた。
「か、買い物はもうされたんですか?そろそろ割引値札が貼られる時間じゃないですか」
だけど今はよそう。ヒグチさんならともかくばあちゃんにも恥ずかしいところは見られたくない。
「そうだね、せっかくだからこのまま買い物に行こうか。ヒヨさんは今日は何が食べたい?」
「...」
足取り変わらずに歩き続けるばあちゃんに聞く声はが届いていないらしい。本当に大きな声で言わないと聞こえないやつだ。だから代わりに、
「..ハンバーグとか、どうですか?」
と言った。
「ハンバーグか..悪くないね。手伝ってくれるかい?」
「もちろんです。ばあちゃんもハンバーグ好きなので喜んでくれるはずです」
「ありがとう。イノワ君」
「..いえ。とんでもないです」
彼の行動、言動。それは時間が経つに連れてますます物腰が柔らかくなっていく。この頃にはもう警戒心など思ってしまうのが失礼だと思うようになっていた。
礼を言わなきゃいけないのはこっちなのに、俺はその言葉を躊躇する。まるで、存在しない兄と接しているような気分になるから、そんな思いが邪魔をする。
次の日の朝。そんなこととはつゆ知らず、友達のやけに高いテンションに朝から気分が重い。
「イノっち〜、今日はテンション低くね〜」
「お前のそのノリに着いてけないんだよ。てかなんだよその呼び方。気持ち悪い」
「あだ名の一つあってもいいじゃん!俺のことはケンちんって呼んでくれよ」
2人合わせて、イノケン!
いや、ダサいし何のネタなのかも知らん。
「てかそのちんってどっから来たのよ。あだ名つける時って大抵ちんってつけるよな」
「さぁ。ち◯こって意味じゃね?知らんけど」
人のことは言えんがコイツはとんでもなくバカだ。あと真顔で言うな。
「な!な?そんなことより聞いてくれよ、イノっち〜」
「その呼び方やめてくれたら聞いてやるから。あと腕を絡ませてくるなって」
いつもテンション任せな奴だが今日は一段とウザさが目立つ。
「何だよ。ガチャ運でも復活したか?」
「ガチャはでんでダメよ。ピックアップ逃しちまってよ...ってそんなことよりもめっちゃ嬉しいこと!今後SSR出なくてもいいってほど!」
あのやり込んで親のカードを勝手に使ってタコ殴りにあったソシャゲのほぼ引退宣言をするほどのこととは...
「おまえ..まさか..嘘だろ..?」
気が付いたか?と言わんばかりの目線と共に彼は言う。
「友よ。俺は先に行くぜ。いや!イっくぅ!」
どうやらコイツに、あろうことか彼女が出来てしまったらしい。こんな奴を選ぶ子がいるとは..くっそ..
「おいおい、マジか...えっ?てかもうヤったの?」
「ないない!まだないって。でも準備は万全だっぜ⭐︎」
「ばか!脱ぐんじゃね!!」
全剃り?え?やっぱ剃らなきゃダメなのか?やっぱない方がいいのか?
疑問とツッコミを捌こうとした時、俺は理性を選んだ。
「グハッ..!流石イノっち..ツッコミの鋭さは相変わらずだな..。だけど今のはちょっと痛いって」
「廊下で脱ぐ奴には必要な痛みだわ。てか誰だよ。好きな奴なんていたのかよ」
「っふ...お前にようやく恋愛話が出来ると思うと...ふふ..その、なんていうか..ぼっk..」
「言わせねーしさっさとズボンをはけ!」
一向に話が進まない。無理に履かせようとすると大袈裟に嫌がる。その光景を遠くのほうで見ていた女子たちの笑い声によって今置かれている状況の構図を理解する。
「おまえ...」
「わかった、ごめんごめん!」
何とか履かせることができた。だがもう疲れた。
「で、好きな人。いや!俺のことが好きな人!俺のナオンはな!」
マジで何だんだコイツ。早く帰りたい。
「1組の坂出ハルなんよ!信じられるか??」
坂出ハル...?
「...まじ?でもその子って..」
顔は知らないが、ミツキに話じゃその子は。
「えっ?何そのリアクション。怖いんだけど。まさかイノっちも狙ってたとか?」
「いや、そうじゃなくて。坂出ってあれじゃん。その、確か..女子が好きだとかって」
「何それ。知らないんだけど。てか俺男だし」
「んなことに疑問を抱いてねーよ」
お前のような女がいてたまるか。
「どこ情報よそれ?初耳よ?それにもう付き合ってるんだぜ?俺たち」
ミツキが嘘をつくとは思えないけど、まあ間違うことはあるかもしれない。
勘違い、あるいは間違いとしてその話は流れる。その後もチャイムがなる時間いっぱい彼女のことを話し続ける。惚気というほどのエピソードではないが、友人の楽しそうに話す姿に悪い気はしなかった。だがその話の中であることにケンジは悩みを抱えていた。
「臭い?」
「あぁ。昨日一緒に帰ったんだけど、なんか..あの何とも言えない..臭いな。女子ってもっと華やかな香りかと思ったんだけど」
「どんな臭いだよ」
「いや..なんていうか..。うーん」
歯切れが悪い。おそらく彼なりの配慮なのだろう。
「ワキガ?」
「いやいや!そいうんじゃねーんだ。先輩のワキガと比べたら彼女のはワキガじゃないと思うし、臭いもほのかに香る程度のものだからな。それに先輩の脇に顔を押し付けられた時はマジで死ぬかと思ったほどだ」
「いや先輩の話は聞いてないけど、我慢ならんのなら直接言ったら?」
「..それマジで言ってる?」
「冗談。まあでも好きな人のなら汚いものでもって言うじゃん。それを含めて好きになるしかないな」
「そこで友よ。頼みがあるわけだ!」
「....」
「俺の代わりに言ってくれ。「なんか臭うぞ」って」
「おk。別れろ。それで即解決」
「ヒデぇーこと言うんじゃね!それでも友達か!」
「どの口が言ってんだ!」
軽い口論になったが、あまりにも食い下がらないケンジに一言「わかったよ」と言ってしまった。下手したら俺の青春が終わるそのことを理解しながら断り続けることはできなかった。
話が終わる頃にちょうどチャイムが鳴る。ケンジは今日の夕方彼女と祭りに行くらしい。そこで偶然を装い合流後に俺が一言言う手筈となった。この場合その後のケンジのフォローの方が重要のような気もするが、彼がそれでいいのならいいのだろう。
ケンジと俺は別々のクラスでケンジは藍堂と同じクラス。いつか俺の方も手伝ってもらおうか、その思いは今までの言動からすぐに考えから消した。
夕方、俺はヒグチさんに出掛けること話した。日中もばあちゃんの面倒を見てもらっていながら夜も任せてしまうことに後ろめたさを感じたが、
「そうか。祭りか。もうそんな季節なんだね」
と、相変わらずの発言をした後。
「こっちのことは心配いらないから、楽しんできて。帰りは遅くならないようにね。もし遅くなるようなら迎えに行くから連絡して」
あと焼きそば買ってきてくれないかな?とまるで父親のような発言に口元が緩む。
「分かりました。ありがとうございます」
気を許してしまうと後が怖い。こんな生活が続くとは思えない。そう言い聞かせて張っていた糸が少しだけ緩んだ気がした。
19時。偶然を装った待ち合わせ、ここを通る予定時間はもう過ぎていたが、2人は一向に現れない。彼女、坂出ハルと会う前には通話でやり取りしていたがそれ以降の、おそらく会ってからのLINEに既読がついていない。
「まさか...な」
この祭りというデートイベントを前にしてLINEしてこないのはそれどころではない、ということ。フラれたか?
もし自分がケンジの立場だったらを考えると心臓を抜かれる気分。LINEなんて出来る状態じゃないかもしれない。いや、アイツなら泣きついてきそうか。
それか単に楽しんでいるかだが、この場合俺はどうなる。ルートを逸れて別の場所で楽しんでいたのならただの待ちぼうけ。
「残念過ぎんだろ。俺」
こんなことなら藍堂に早く告白して祭りに誘えばよかった。
...そう考えるのも何だか悲しい気分になる。
往来する人々。友達同士で来ている人や家族、恋人同士で楽しむ人の中で、俺はまるで約束をすっぽかされた残念な奴。それが今彼らの目に映っていると思うと一刻も早くここから立ち去りたい。
「せめてLINEしてこいよ..」
20時を回っても既読の文字は相変わらずつくことはなかった。
「おかえり。早かったね」
結局俺は言われてた焼きそばとりんご飴を買って帰った。
「焼きそばありがとう。おぉりんご飴なんて懐かしいね。好きなのかい?」
「あっいえ。ばあちゃんが好きなんですよ」
「なら明日だね。ヒヨさんはもう寝てしまったから」
「えぇ、そうですね」
「どうかしたのかい?何だか元気がないようだが」
「あー、すいません。友達と行く予定だったんですがすっぽかされちゃって。連絡も取れないし待ちぼうけで疲れちゃって」
「そうだったのか。それは残念だね。友達とはまだ連絡取れないのかい?」
「えぇ、未だ既読すら付いてなくて」
ヒグチさんに一連の出来事を話すと少し低い声で「親御さんに連絡は?」と言った。
「いや、そこまでは。あぁ!でもアイツ彼女出来て浮かれてたんでもしかしたら彼女の家にいるのかもしれないので、多分大丈夫ですよ」
そう言われれば確かにフラれたとか以前の話だ。何かしらの事件に巻き込まれた可能性はあり得ない話じゃない。ヒグチさんは俺の発言にまだ不安が残るようだったが、おそらく大丈夫、その何の確証もない発言に今日のところはひとまず風呂入って寝ることにした。
アイツならまあ大丈夫だろう。そう思ってた。
「昨日の友達って“石徳ケンジ“君かな?」
「..えっ?」
朝、起きてきて突然の質問に俺は固まった。ヒグチさんはケンジの名前を知らないはず。それに昨日のって、明らかに何かがあったことを意味している。
「ケンジがどうかしたんですか?」
「昨日、イノワ君が寝た後ケンジ君の親御さんから電話があったんだ。昨日は結局帰ってこなかったみたいなんだ」
相変わらず顔の見えない姿で表情は分からないが、いつものヒグチさんとは明らかに違うことがその声でよく分かる。
「だから昨日イノワ君が言ってた恋人の話しもしてみたんだが、彼女は家に帰っている。だがケンジ君は家にはいないとのことだ」
「そ、そんな...」
「今日はまだ連絡がきてないから分からないが、帰ってきたら一報を入れると言ってくれたから、おそらくまだ帰ってないだろうね」
「...」
「ご家族は昨日の時点で警察に連絡を入れたみたいだから、もしかしたら学校で聞かれるかもしれない。大丈夫かい?」
「あ..はい。とりあえずは..」
ヒグチさんの話の中で徐にLINEを開く。だが昨日と変わらず既読は付いていない。
状況を未だ正確に理解しきれていない。つまりどいうことなんだ。アイツは、ケンジは今どこにいるんだ。
「..学校休むかい?」
ヒグチさんの心配する声に少し正気を取り戻す。
「...いえ。大丈夫です。」
頭はまだ冴えない。だがこの状況で誰にケンジのことを聞けばいいのかは明白だった。だからこそ学校には行かなくちゃならない。
「坂出さんならさっきまでいたんだけど」
「坂出さん?さぁ?分かんないです」
「中庭にいるんじゃない?」
朝のホームルーム前の時間、授業と授業の10分、昼休み。動ける時に別のクラスの坂井ハルを探したがちょうど席を外していた。まるで避けられているようだった。
どちらにしても今日登校していることはわかった。なら確実に帰りの時に。部活はやっていない。それに仲のいい友達という友達もいないらしいから、ホームルームをさっさと切り上げてすぐに坂出ハルのクラスに直行すれば絶対に...
「6時限の途中で帰ったよ?一様探してる人がいるって伝えておいたけど、会えてない?」
マジで何なんだ。正直顔も曖昧な俺にとって、教室の坂出ハルを知っている人から教えてもらわなきゃ判別の方法がない。確認のために自分の荷物も持たずに急いで下駄箱に行ったが、当然のように坂出ハルの上履きが置かれていた。
せめて連絡先だけでも。そう思いみんなが帰る中、教室に残っている知っている人を探すが、
「うーん、私は知らないかな。アキは知ってる?」
「私も知らない。てか知ってる人いないんじゃない?」
どうなってる。そんなことあるのか?
どうやらクラスのグループLINEにすら入っていないらしく、その連絡先は誰も知らない。こうなれば先生に聞き出すしかない。職員室に向かうが坂出ハルの担任の先生は既に帰宅しており、他の先生には「プライベートに関わることを教えられない」と門前払いされた。当然ケンジのことも話したが、「君が出しゃばることじゃない」と切り捨てられる。
くそ..まるで全員が坂出ハルの味方をしているような感覚だ。どうすることもできない。今クラスの人に坂出ハルの家を訪ねたところで知るわけがない。LINEも知らないのに家を知ってることなんてあるわけはないからだ。
そもそも、こんな閉鎖的なやつとケンジはどうやって知り合ったんだ。しかも知り合っただけじゃない。告白して付き合ってみせた。長い月日が経っていたら流石に俺に言ってきそうだが、恋愛絡みの話が苦手ということを考慮したのか?いや、それはない。絶対。
つまりどいうことか。知り合って間も無く付き合った。そんなことあるのか?ケンジはともかく、坂出ハルは一体何を考えて...
「水野イノワ君」
自分の教室に戻る廊下で、後ろから声をかけられる。窓の向かうから野球部の掛け声が聞こえてくるが、学校内、少なくとも俺の近くの教室からは誰の声も聞こえない。だからこそ、名前を呼ぶその声はまるで耳元で囁かれているかのように透き通って聞こえた。
恐る恐る振り返るその先に、何の確証もないままにこの女が誰なのか俺には分かった。
「坂出ハル..」
ようやく見つけた彼女は、楽しげな笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
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