剣は人なり、剣は心なり
ハワードの歓迎会の日がやってきた。
琴乃は3時のおやつを食べたら、早速風呂に入れられ、オイルマッサージを受け、注文されていたドレスを着させられた。
柔らかめだがコルセットを着けなければならないので、緩め(と侍女が言う)に締めてもらった。
髪の毛はサイドは編み込んで上でお団子みたいにしてもらったが、後はそのまま流した。全部アップにすると、恐ろしい数のピンで留められそうだったからだ。
時間になると、アックスが迎えに来た。
「もう一人、王子様がいらっしゃる!」
と琴乃が言った。
実際は騎士服でそう華美ではなかったが、アックスをより一層凛々しく見せていた。
「お互い、化けたな」
とアックスは相変わらずだった。
「今日は琴乃は客待遇だから、私がエスコートする。文句は言うなよ」
「うむ、苦しゅうない」
「普通に言え、普通に」
二人が大広間の前の扉に差し掛かると、王子とフランベルジュが現れた。
「…」王子が目を見開いたので琴乃は先に言った。
「言わなくて良いから。化け化けだから」
ハワードは手を口に当ててくすりと笑う。
「綺麗だ、大人っぽいと言おうとしたのに」
「えっ、残念、もう一度言ってもらっても?」
「以下略」
「えー!王子のケチ!」
「もう一度部屋に帰ってマナーをやり直すか?」
アックスがじろりと睨む。
「イイエ、本日はお日柄も良く、ハワード王子殿下に至りましては」
「もう入るぞ!」「ちょっと!」
アックスに無理やり腕を組まされて扉の中へ入らされた。
大広間は2階までの吹き抜けで、シャンデリアがあちこちに吊るされ、天井に鏡の破片が薔薇の絵に埋め込まれキラキラと輝いている。
中には、煌びやかな服を纏った紳士淑女の姿があちこち見られた。
「思ったより人が多いんですけど?ここ田舎なのに」
「同盟を結んでいる近隣の小領主達だ。これだけ集まるとは心強い」
「辺境伯お友達多いんですね」
アックスはため息をついた後、胸を張った。
「それもあるが、ハワード様のお味方が多いと言うことだ」
「なら、王妃達に文句言えますか?」
「文句を言うのだ。盛大にな」
琴乃は動くたびに挨拶され、アックスに紹介されたが、覚えきれなかった。
いつの間にかハワード達も来て、お互い正式に挨拶を交わした。
挨拶にうんざりした頃、ダンスが始まったので、ほっとしたが、早速アックスに連れ出されたので緊張はピークに達した。
曲が始まると、出だしこそアックスに引っ張られたが、何とか立て直して付いていく。
「ああー、早く終わって〜」
「始まったところだぞ。さらにこの後はハワード様が相手だ。気を抜くなよ」
「そうでした〜」
アックスは基本に忠実に踊ってくれたので、まだ合わせやすかった。
「お前、刀と結婚するのか?」
慣れてきた頃に訊かれた。
「もしくは、妖刀に魂を取られるのか?」
琴乃は驚いて
「何故それを?」
と言ってからあっと口をつぐんだが遅かった。
「やはりな。妖刀の執着は恐ろしいな。どうするつもりだ?ハワード様は知ってるのか?」
「この前ハワードに訊かれて誤魔化したけど…時間の問題なんだよね。まだお別れしたく無いけど、アックス、これからも王子をよろしくね。できれば王子の用心棒は続けたいんだけど、私はどうなるかわかんないや」
「お前自身の事だぞ!しっかりしろ。ハワード様は大層気にかけておいでだ」
「仕方無いよ、有無を言わさず刀とこの世界に来ちゃったし」
曲が終わって二人が離れるとハワードがやって来た。
「次は琴乃だ」
「…フランともう一曲どうぞ。私は服がきつくて疲れたので休みます」
「馬鹿、同じ人と踊ると婚約者だと思われる。服はオーダーだぞ。きついわけあるか」
王子は琴乃の手を取ると広間の中心へと向かった。
踊りが始まると、多少慣れた琴乃とスマートなハワードの手引きで結構様になるダンスを踊れていたので一安心だ。これで最後!と自身に言い聞かせる。
「いいじゃないですか、ずっと辺境伯で過ごすんだから入り婿として此処を継げば」
「やれやれ、皆安直だな。私の身分はあちら次第だぞ。そんな呑気にしていられるか」
「王都に殴り込みに行きますか?王妃様を打ち滅ぼし、王になる為に」
「大袈裟すぎる。私は自身の生存権を確立させたいだけだ。王位継承権はどうでもいい」
「でも、ここに集まっておられる方々は、それを期待しているのでは?」
「さあな、私がどんな奴か試しに見に来ただけかもしれん」
「腹の中の探り合いですか?私の出番は無さそうですね」
琴乃は寂しそうに言ったが、本当に気分が悪くなってきた。
丁度曲も終わったので、
「ちょっと休んできます」
と言うと、ハワードが
「では、庭園の方へ行こう。ここを真っ直ぐだ。私は飲み物を取ってくる」
と近くのウェイターの方は向かったので、琴乃は庭園の方へ進んだ。
テラスから出ると庭園が広がっており、適当なベンチに座った。
「禍斬刃、後ろのコルセット緩めて!」
早速言うと現れ、「女の着替えを手伝うのは気が進まぬ」
と言われたが、
「あ、よけい気分が悪くなってきた」
と返すと渋々ドレスの背中についたボタンを外していく。
コルセットの紐を緩めてもらい、「ぶはー」と思わず息を吐き出し、深呼吸した。
まもなくハワードがカクテルグラスを持って現れた。
「お前!背中が剥き出しだぞ!」
「突っ込まないで、苦しさが勝ったの。自分は私の前で平気で着替えてたくせに」
「それとこれとは違う!」
ハワードはベンチにグラスを置くと、上着を脱いで琴乃に着せ掛けた。
「あ、ありがとう。まるで紳士のようだわ」
「紳士だ!」とグラスを渡す。
レモンの輪切りが入った炭酸水だった。
「うぉっ!炭酸だ!」琴乃は炭酸だと思ってなかったので、久しぶりの刺激に目を見開いた。
「下品な驚き方するな!近くで湧いているそうだ」
「すご〜い!また貰おうっと」
クピッと飲んでグラスを脇に置いた琴乃に、禍斬刀は言った。
「もう、無理だな」
「何が?」と後ろにいた禍斬刀の方へ振り返ろうとした琴乃は、急に頭からざっと血の気が引くような感覚に襲われ、頭ががくんと下がった。
「琴乃⁈」ハワードが近付く前に、禍斬刀が琴乃の身体を支えてグラスを払いのけるとベンチに横たえた。
「どうしたんだ、琴乃は⁈」
琴乃はグッタリと青い顔をして目を閉じている。
「言ってなかったが、琴乃の人間としての寿命が終わろうとしている。もうすぐ刀に吸収される」
「何だって!聞いてないぞ、そんな事」
ハワードはグラスを取り落とし、琴乃に駆け寄ると身体に縋った。
「琴乃!しっかりしろ!目を覚ませ!」
んん、と揺さぶられて琴乃は半目を開けた。
「王子、どうしたの?」
「お前、刀と結婚って、吸収されるってことだったのか⁈すぐ止めろ!!」
「止めろって言われても、それは、この世界へ来た時から決まってたんだよ。どうにもできないよね、禍斬刀?」
「嫌だ!お前はずっと私の用心棒だろう?消えるなんて許さん!」
「私は消えても、禍斬刀は残るから大丈夫。ずっと用心棒として仕えてもらうから」
「残るんならお前が残れ!禍斬刀は駄目だ」
「えー」
「禍斬刀じゃなくて、お前が良い!お前と一緒にいたい!お前となら結婚しても良い!」
「ふえっ⁈」
琴乃は目を見開いた。
「王子、何血迷ってるんですか!」
琴乃は咄嗟に起きあがろうとしたが半分身を起こせただけでまた横になってしまった。
「何故今更私?王子はフランちゃんがいるじゃないですか!」
「フランは、単なる幼馴染だ」
琴乃はため息をついた。
「あーあ、刀になっても良いかなと思ってたけど、そんなんじゃ、迷うなあ」
禍斬刀は琴乃の頭を撫でて、薄く微笑んだ。
「じゃあ、別の方法で決まりだな」
「そうか、仕方無いじゃない、えへん、是非よろしくお願いします。不束者ですが末長く、久しく面倒かけますが、本当に私で良いの?後悔しても知らないよ⁈でも浮気とか駄目だよ?」
「面倒はいつもかけられているから気にしない。浮気はお前だろう?私はしない」
「何の事だ?お前達何言ってる?」
ハワードは尋ねたが、禍斬刀は二人の間に割って入り、「離れてろ」と言った。
恐る恐る離れると、琴乃は首だけハワードの方に向けるとニコッと笑った。
「残念ながら、王子を異性として愛する気持ちは無いです。でも、大好きで、これからもそばにいたいので、許してね」
「琴乃、それは無いぞ」
ハワードは呟いた。
琴乃は両手を伸ばし、上半身を倒して顔を近づけて来る禍斬刀をそっと抱いた。
二人は口付けた。
琴乃の身体が光り輝いた。
「琴乃!!」
禍斬刀は起き上がると近寄ろうとするハワードを押し留めた。
かたん、と音がした。
眩いばかりの光は唐突に消え、琴乃がいたベンチの上には、いつもの刀が一振り置かれているだけだった。
「琴乃?琴乃はどこへ行ったんだ?禍斬刀?」
ハワードは刀を凝視していたが、たまりかねて禍斬刀の袖を引いた。
「何を言ってる」
禍斬刀は刀を手に取った。
「これが琴乃だ」
「う、嘘だ、嘘だ、琴乃」
ハワードはガックリと膝をつき、わあっと叫んで泣き出した。
ハワードを探していたアックスが気が付いて急いで駆け付けたが、周囲には誰の姿も無く、ハワードはベンチの座る部分に両腕で頭を抱え込んだまま「琴乃、琴乃が」と泣くばかりだった。
アックスはやむを得ず、動きたがらないハワードを引きずるようにして部屋へ連れて行った。
「ずっと、ずっと私の用心棒でいると言ったのに、消えてしまった!禍斬刀はどこだ⁈早く探して琴乃を刀から」
「ハワード様、琴乃は役目を果たしたのです。普通の女の子だったのに、あなたを守り抜いた。それで良いでは有りませんか」
「馬鹿言うな!私の身はまだ安全と確定したわけでは無い。傍にいて守ってくれなければ私は」
「琴乃は異世界からの客人です。また別の世界へ行ったと思って下さい」
「私は、琴乃に、一生傍に付いていて欲しかった」
「ハワード様、あなたは琴乃を…」
アックスはもう何も言わずにハワードを抱きしめた。
二人が消えて1週間後。
フランベルジュは部屋に篭りきりだったハワードを無理矢理連れ出し、中庭の東屋まで行った。
侍女達がお茶と菓子の用意をする。フランベルジュの計らいで小さめのサンドイッチやケーキを持って来させたが、ハワードはぼんやりしたままだった。
「ねえ、ハワード」
しばらく経って切り出した。
「私、琴乃とお茶した事があったの」
琴乃、と言う言葉に反応したハワードは物憂げにフランベルジュを眺めた。
「その時にね、ハワードの用心棒で居て良いか、訊かれたの」
フランベルジュはカップの紅茶を一口飲んだ。
「それで?」嗄れ声でハワードは尋ねた。
「私は、それにお答えできる立場じゃ無いって言ったわ」
「そうか」ハワードは力無く自分用の紅茶のカップを眺めた。
「ハワードは琴乃に言われてないの?ずっとあなたの用心棒で、傍にいたいって」
ハワードはしばらくぼうっとしていたが、フランベルジュの言葉に、思い出したらしく、はっと目を見開いた。
「そうだ、琴乃はずっと一緒に居たいと言っていた!消えるとは、さよならとは言わなかった」
ハワードは立ち上がって庭の真ん中まで行った。
「禍斬刀!禍斬刀!」
「何だ、主」不意に禍斬刀が現れた。
「お前、今までどこに⁈」
ハワードは怒鳴るように言ったが、禍斬刀は平然としている。
「ずっといたが」
「何故出て来ない⁈」
「呼ばれてない」
はあーっとハワードは大きなため息をついたが、立ち直って言った。
「琴乃は⁈」
「ああ、ずっと眠ってる。いい加減起こす」
どさっと地面に落ちた音がした。
「痛っ」
「琴乃!」
目の前に琴乃が倒れていた。
「あれ?ここ、あ、王子!」
琴乃は起き上がると、王子の前に立った。
髪型はポニーテールで服装が和装になっていた。下が袴だ。腰に刀を下げている。
「消えたと思ったのに」ハワードは怒って言った。
「え、そんなつもりは全く無かったんですけど?ちょっと刀になったら眠くて」
えへへ、と琴乃は笑って誤魔化した。
「あれから1週間も経ったんだぞ!私がどれだけ落ち込んだか!」
「すみません、私もどうなるかわからなくて、禍斬刀、なんで早く王子に説明してくれなかったの?こんなに弱ってるじゃない!」
「すぐ忘れるだろうから、そしたら二人で何処か旅立とうと思って」
「「薄情過ぎる!」」
ハワードと琴乃が同時に責めた。
「琴乃!」フランベルジュが弾んだ声で言った。
「おかえり!今ハワードとお茶してたの。一緒にどう?」
「フラン!いいの?参加するする!」
琴乃はハワードを置いてフランベルジュの所へ行くと、楽しそうに東屋へと消えた。
「何だあいつは!普通ではないか!服装が変わっただけか⁈」
ハワードが芝生をぶちぶち抜いて悔しがっていると禍斬刀が嗜めた。
「いや、琴乃は私の妻になったから、歳も取らんし、死なないぞ。最強の用心棒だ」
「な、な、何だとぉ⁈妻⁈聞いてないぞ!!」
「今言ったからな。刀自身になるか、私の妻となって生きるか、どちらかでしか生き残れなかった」
「どっちにしても失恋ですね」
アックスがやって来た。
「でも、元気になったようで良かった」
「良くない!」
ハワードは立ち上がるとずんずん東屋の方へ歩いて行った。
「琴乃のケーキ追加で頼みますねー」
アックスは声をかけたが返事は無かった。
ただ、東屋の方からは琴乃とフランベルジュの楽しそうな笑い声が響いた。
その後
琴乃は約束通りハワードの傍で用心棒を続けた。
後に辺境伯を中心としたハワード王子派は王に嘆願書を出した。
その使者の一人として琴乃は付き添い、城での会見時に焦った王妃は近侍の者に使者団を襲わせたが、琴乃だけでなく、禍斬刀も出てきたので、一瞬で切り伏せてしまった。
他に、派手なパフォーマンスで演習中の兵達を全て倒し、己の力を見せつけた。
嘆願書で、ハワードは、辺境伯を継ぐこと、王位継承権は保持することを認めるよう願い、最終的に認められた。
10年後、琴乃とフランベルジュの押しに負けたのか、ハワードはフランベルジュと結婚した。
翌年には男の子が生まれ、あまりの可愛さに琴乃がデレデレになってしまった。
自身が産めないので少しいじけていたが、辺境伯領の孤児院に通ってお世話することで落ち着いた。
ハワードは結局王にならなかったが、琴乃はハワードの孫が辺境伯になるまで見届け、其処を去った。
禍斬刀と世界を見て回るために。
《終》
助太刀致します!異世界に落ちたら妖刀使いになった少女は王子様の用心棒になる Koyura @koyura-mukana
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