第6話 道理に向かう刃無し

琴乃は禍斬刀から、刀になるか夫婦になるか、どちらも選択したくない選択を迫られた。

ハワードの安全も確保され、休みを与えられた。何となく気力が削がれて、与えられた部屋のベッドに篭っていた。

ミネルバが一回稽古に誘いに来たが、断ってしまった。


二日後に侍女がやって来て、ハルバート辺境伯の娘からお茶に誘われた。

入城する時に会釈したきりだと気付いた琴乃は「喜んで伺います」と伝えてもらい、侍女に場所がわからないので迎えに来てもらうよう頼んだ。ついでに服も見繕ってもらう。


幾つか有る中庭の一つに案内された。背の低い色々な花の植えられた庭のやや端に据えられた白いガーデンテーブル。傍のチェアに腰掛けていた女の子に軽くお辞儀した。

すっと立ち上がった姿は琴乃と同じくらいの背の高さで、茶金色の髪を緩く巻いて流し、翠の瞳をキラキラさせて満面の笑みで出迎えた。


「改めて、ハルバートの娘、フランベルジュです。ようこそハルバート領へ。歓迎いたします」

「ありがとうございます。ハワード王子殿下の用心棒として参りました琴乃と申します。本日はお招きありがとうございます」


フランベルジュに促されて、お互い椅子に座った。

紅茶とケーキが運ばれてくる。

すぐに食べたくなったが、話をしてからだと待っていると、フランベルジュが言った。

「殿下も、アックスも無事辿り着けて、本当に良かったです。私もムラサメと迎えに行きたかったのに強硬に止められてしまいました」

白とピンクの細いストライプの生地のワンピースを着た彼女は荒事とは無縁に思える。

「フランベルジュ様、剣の心得がお有りなのですか?」

「フランで良いですよ?護身術は習ってますから自分の身は自分で守れると訴えたのに駄目でした」

「勇ましいですね。では代わりにここへいる間はあなた、フランに殿下の護衛はお任せいたします」

二人は思わず笑った。

「ケーキを食べてみて!私のお気に入りなの」

うん、許可をもらったから食べていいよね。

琴乃は少し大きめにフォークで切ると口に入れた。ベイクドチーズケーキにベリー系らしいソースが甘酸っぱくてよく合う。

「美味しいです!久しぶりに食べた気がする」

「お口に合って良かった」


琴乃は刀と共に異世界からやって来て、ハワードの用心棒として、魔法と剣術で追っ手を振り切ったと言うと、フランベルジュの驚きは最たるものだった。


「まさにハワードの為にやって来た戦女神ですね!」

興奮した口調だったが、急に落ち込んだように言った。

「物語なら、この後、王子様と結ばれる運命ですよね?」


もしかして、ハワードに恋してる⁈そうか、彼とは幼馴染になるのか!

琴乃は慌てて否定した。

「王子が用心棒と結婚とか有りえません」

「でも、ハワードは貴方の事をよく話してます」

「変な女としてでしょ?不本意ですが、話題には事欠きませんから」

「そんな事ないです。楽しそうに話しておられます」


「大丈夫です!私は刀と、禍斬刀と一緒になる運命なので、ハワード、王子殿下とは何も無いです!」

琴乃は誤解されたくないし、フランベルジュを応援したいので、敢えて明言した。

「刀と一緒になる?」

「禍斬刀と結婚します。でも、王子殿下の用心棒は続ける予定ですけど、それは良いですか?」

「それは私が決めることでは有りません」

フランベルジュは顔を赤くして言った。


「む、早合点してしまいました。王子殿下はもう、王都には帰らないとおっしゃってましたのでお二人は一緒になられるのかと思いました」

「そう言う話は昔から有りましたが、王子にその気は無いでしょう」


「フラン、王子殿下の歓迎会で、頑張ってください!」

「ええっ⁈」

「そして、ケーキのお代わり有りますか?」

フランベルジュは吹き出した。

「有りますよ、違うソースを試してみませんか」

「お願いします」


日が傾くまで色んなことを話し、仲良くなった二人だった。




一旦部屋に戻ると、禍斬刀が現れて嬉しそうに言った。

「私と契りを結んでくれるのだな。いつが良い?」

「へ?な、何のこと?」

琴乃は下手な惚け方をしてみたが、当然通じない。

「先程話していただろう。決めたのだろう?」

「う、あれは、フランちゃんに誤解されたくなくて、つい言ってしまっただけで」


ジト目で見てくる禍斬刀から目を逸らしつつ、琴乃は言い訳した。


「それでは、刀の一部になるのか?」

「や、だから、どーして二択なの⁈」

「それ以外無いからだ」

琴乃は椅子に座ると思い切りため息をついて禍斬刀を見上げた。


「元の世界に返せないの?」

「流れに逆らうことはできない。琴乃の世界に帰ることもできない。それは私の範疇ではない。偶然か、必然か、この世界への道筋に二人が入ってしまった。元には戻らぬ」


「あー、絶望しか無い!」

両手で顔を覆って嘆いて見せた。

「…そうなのか、そんなに嫌か、私が」

「え?」

琴乃が指の隙間から禍斬刀を見ると、表情が暗くなり悲しそうにしていた。


ドキッとして

「そうじゃなくて、手段があるなら、せめて元の世界に何事も無く帰れたらなーって。別に禍斬刀が嫌いな訳じゃ無いよ!青天の霹靂と言いますか、うーん、あ」


禍斬刀の姿が消えてしまった。

やってしまった。

「禍斬刀と帰っても、嫌いじゃ、ないのに」

琴乃はポツリと呟いた。



次の日、またもよく眠れなかった琴乃は、今度はミネルバに付いて行って騎士団の練習にお邪魔した。

最初ミネルバを相手にしていたが、あっさり打ち負かしていると、横まで見ていた騎士達が我も我もと対戦を申し出たので、気力の続く限り相手した。


やはり、向かう所敵なし、を地で行き全員叩き伏せた。

最後握力が抜けて刀がすっぽ抜けたので終了とさせてもらった。

騎士専用の食堂で一緒にご飯を食べた後は、ようやく眠くなったので、一眠りしようと部屋へ戻った。



シャワーを浴びて、ベッドでうつらうつら寝かけていると侍女がやって来た。

「王子殿下がお呼びでいらっしゃいます」

折角寝ようとしていたが、仕方なく起き上がった。

侍女はそのまま服を選んでもらい、支度を手伝ってくれた。

「何故このワンピ、ボタンが背中にあるの?」

「こういうデザインです」

「あ、髪はそのままでいいか」

「横を編み込んで後ろに流しますね」

「え、化粧は」

「口紅だけでも」

「あまり気合い入れなくても会う度驚かれるのが腹立つのよ」

「琴乃様に見惚れていらっしゃるのですよ」

「絶対違うと思う」


侍女との攻防を乗り越え、やっと王子の執務室へ辿り着いた。

扉を開けたアックスがニヤリと笑った。

「毎回会う度に誰だって思うぞ」

「こっちが気を遣われて、正式な王子ご対面仕様にされてるのに!」

「誰が正式な王子だ、全く!」ハワードがぼやいた。

「聞こえたか!間違えた、王子様への正式ご対面仕様です!」


「もういい、そこのソファに座れ」

「恐れ入ります、承知いたしました」

楚々とした振る舞い(と琴乃が思ってるだけ)でローテーブルの前のソファに腰を下ろした。


ハワードは向かいに腰掛けた。

アックスがティーセットを持って来る。

紅茶をサーブされている間、ハワードはじっと琴乃を見つめていた。

「何でしょう?」

視線と無言に耐えられなくなって、思わず琴乃は尋ねた。


「琴乃」

「はい」

「フランベルジュから聞いたのだが」

「フラン?幼馴染なんですよね」

「そうだが、それはいい」

「いいんだ」

また無言になってしまったハワードに眉を顰めた。取り敢えず茶を濁そう、なんて思いながらカップに手を伸ばした。


「お前、禍斬刀と結婚するとか世迷言を言ったそうだな」

「⁈」

良かった飲む前で。紅茶飲みかけてたら吹き出し案件だ。

「じ、情報早いなぁ」

「お前の言う事は突飛すぎて、心配されるレベルなんだ!」

「ご心配おかけ致しまして、申し訳ございません?」

ぺこっと頭を下げたがハワードは不機嫌だった。

「禍斬刀は刀で、しかも妖刀だぞ⁈お前が言ってただろ?なのに結婚するとか、できないだろう⁈正気を疑う!」

「いやいや、禍斬刀も改心してハワードを護るって決めてくれたんですって!」

ハワードはだん!とテーブルに両拳を振り下ろした。

「まさか、その条件が結婚じゃ無いだろうな⁈」

「え?」

「私は琴乃に、そこまで背負わす人でなしでは無いぞ!」


琴乃は驚き、改めてハワードの顔を見た。

全くの的外れだが、琴乃の事を本当に大事に思ってくれる故の怒りだろう。

会って年月を重ねたわけでは無い変な女に、ちょっと助けられたからと、そこまで恩義を感じてくれるなんて、と感無量で胸がいっぱいになった。


でも、余計本当の事は言いたくなくなった。


「違いますよー、何変な所気にしてるんですか!私はフランに、あなたへの想いを諦めないように、言ったんです。私と王子殿下の仲を勘違いされそうになってたから」

意識して陽気に言うと、今度はハワードの顔がみるみる赤くなった。


「あれ?」

こ、これは、もしかしてフランとハワードは…

「二人は既に両思い⁈」

「何を言ってるんだ!」ハワードは悲鳴を上げた。

「そうだったんだー、いいですね、幼馴染って。愛を育んだんですね?」


ハワードは頭を抱えた。今日は感情が忙しい人だな、と琴乃は無責任に思った。

後ろでアックスが笑いを堪えてるとも知らずに。

「そっちに取ったのか」

「そっち?そっちとは?」

琴乃は首を傾げた。


「琴乃らしいですね」

アックスが少し離れた扉近くにいたが、つい、と言った感じで突っ込んで来た。


「アックス、黙れ。今痛感してる所だ」

この隙に、琴乃は紅茶を飲んで、一息ついた。


「ご心配無く!王子殿下の為には禍斬刀と結婚しませんから。恋愛結婚推奨派なので。王子が私を必要なら、今後も用心棒は続けます」

「そうか、わかった」

「いいんですか、ハワード?」

「うるさいな、私の勘違いならいいんだ」


「ちなみに、本当の要件は何でしょう?」

琴乃は二人に尋ねたが、

「顔が見たくなっただけだ」

としか、ハワードが言わなくなったので、諦めて菓子かケーキも所望したら二人にため息をつかれた。

何故?当然の要求だと思う!

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