第5話 切羽詰まる

魔獣は全て燃え尽きて灰になってしまった。

琴乃は気を失ったままで、まもなく熱が出てきた。

ようやく町に入ったものの、琴乃の意識ははっきりとは戻らず、熱も上がってきた。


禍斬刀は消えてしまい、ハワード達は宿で琴乃の看病を続けた。

二日後、アガタ商人は申し訳なさそうに言った。

「すみませんが、私はできるだけ早く辺境伯領へ行かなくてはならない。これ以上は待てないのですが」

ハワードは琴乃を見たが、まだ元通りには程遠い。


「彼女は動かせません。心残りですが、我々だけでも先へ行くべきです。一刻も早く辺境伯領に入らなくっては」

アックスが言った。

「琴乃を置いていけと?散々助けてもらっておいて、役に立たなくなったから見捨てろと言うのか⁈」

ハワードは声荒くアックスに言って琴乃のベッドの傍に行った。


「琴乃も自分のせいで王子が危険に晒されるのは本望ではないでしょう!ここは宿の人に任せてここで療養してもらい」

「駄目だ!琴乃を置いていけない。私も残る」

ハワードは頑として動こうとしなかった。


結果、アガタ達とは別れた。アガタに辺境伯へ伝言を頼み、宿に留まることにしたのだ。

午後になって少しだけ意識を戻した琴乃は口を尖らせた。

「私を置いて行って下さい。折角ゴールが直ぐそこなのに。私ならすぐ追いつきます」


「無茶するな。留まったのはハワード様の望みだからだ」

アックスは琴乃の額のタオルを替えながら言った。

「ここまで来たら、王妃も諦めるだろう。暗殺者の襲撃も魔獣も退けた。どうせなら最後まで一緒に行きたい」


「ありがとうございます、王子。最後まで護ります」

ハワードが、琴乃の頬をそっと撫でると、安心したのか琴乃は目を閉じて眠ってしまった。



二日ほど経つと漸く琴乃の熱も下がり、起き上がることができるようになった。

琴乃は朝になって出立を提案したが、ハワードはまだ渋っていた。

「もう元気です!早く行きましょう」

「しかし、まだ弱っているぞ。もう2、3日様子を見てはどうだ?」

「万が一追手が来たら、ん?」


「どうした?」

「敵の集団が押し寄せてくるぞ」

禍斬刀が久しぶりに現れて警告した。

「え、また?しつこいなあ」

「ところ構わずだな!他の護衛はいないから、我々だけで殿下をお守りするぞ」

アックスは傍に差した剣を抜いた。

「大丈夫、任せて!」

「お前は病み上がりだ、無茶するなよ」

「そんなの気にしちゃ負けです」


中で二名、大きな窓からの襲撃を警戒する。

ミネルバと琴乃は外で待ち構えた。

「禍つ風は使うな!まだお前の体調は万全では無い!己にも影響が出る」

「わかった!普通の風にしとく!」

「もっと近づいてからにしろ!一般人に当たる!」ミネルバが忠告した。

「心得た!」


やって来たのは滞在している町の治安維持警備だった。

「王子殿下を誘拐したな!殿下を渡して貰おう」

「町の人を敵に回していいの?」

流石に琴乃もミネルバに聞いた。

「できれば避けたい」


ミネルバは大声で言った。

「私達は王子の護衛で、命を狙う王妃の使わす刺客から逃げて、懇意になったハルバート辺境伯様の元までお送りする所です。貴方達と敵対する気は全くありません。撤退して下さい」

「そんなの信じられるか!これは王命だぞ!」


「私達はその王の手先に何回も襲われている!見逃してくれないなら、強硬手段を取るしかありません。私は手加減できませんから、死者も出ます。お願いします、何も見なかったことにして!」

琴乃は土下座してひしと訴えた。

ザワザワと警備隊隊員同士で波紋が広がった。


ミネルバも琴乃に倣い、両膝を付いて言った。

「私は心を入れ替えたが、元王子への刺客だ。私達の言うことは本当だ。そして、彼女の剣は鋭くて否応無く必殺だぞ。私を軽く扱うんだ、お前達など一振りで全員終わってしまうぞ」


動揺が広がっていくが、隊長らしき男は尊大に言った。

「そんな馬鹿な!時間を稼いでいるだけだ!早く捕まえろ!」


「駄目ですか、駄目ですよね、ミネルバ?」

「そうだな、琴乃、済まない」

「じゃあ、ちょっと風を起こします。私の後ろへ」

「なるべくなら殺すな」

「難しいですね。頑張ります」

二人はゆっくり立ち上がった。


対峙する距離が縮まっていく。


琴乃を中心に風が巻き上がる。さっと振り上げた刀を風に纏わすように添わせてから横に一閃した。


風が警備隊に一斉にあたった。

それは細かい刃のように彼等の身体中を切り刻んだ。

悲鳴と怒号が巻き起こる。

「おい!」

「大丈夫、表面浅く切ってるだけです。痛いけど」


琴乃はハワードに色々な風の出し方を学んでいたのだ。

どういう風に出すのかは、琴乃なら単に結果を見てイメージするだけで、できてしまった。


「これでも、精一杯手加減してます!もっと痛い目に遭いたいなら、お相手します。今度はこんな生易しいものではなく、スッパリと頭と身体を永久にオサラバさせてあげますよ!」

琴乃も隊長の尊大さを真似て言ってみた。あまり迫力はなさそうだ。


だが、恐怖を顔に浮かべてジリジリと後退りしていく隊員達に、隊長は舌打ちした。


「一時撤退だ!」

隊長は踵を返すと隊員達を連れて帰って行った。


「やったな」

「ミネルバさん」琴乃は振り返った。

「どうした?」

「気を失いそうです」

「は?」

ガクッと琴乃の身体の力が抜けた。


ミネルバは慌てて捕まえると、琴乃は目を閉じて意識が無いようだ。

「やっぱり、無茶してたんだな⁈」

ミネルバは琴乃を抱え上げると急いで宿の方へ後退した。




「もう、加減ができないようなら魔法は使うな」

「す、すみません。新技に気を取られまして…」

今度は三時間ほどで気が付いたがハワードに叱られている。合いの手のようにアックスも小言を言うので倍打ちのめされている。


「帰ってくれたから良かったものの、戦闘になってたら」

「面目無い」

ハワードは眉を下げて琴乃の両手を握った。

「頼りすぎの私も悪いのだ。琴乃は無茶し過ぎると言うより、自分を全く顧みない。こんな事では、本当に魔法で身を滅ぼすぞ」


『近い内に、そうで無くても身は滅ぶんですけど』

と言ったら余計怒られるので黙っていた。

「ご心配かけて申し訳ありません。主人に心配される用心棒なんていないですよね」

エヘヘ、と笑って誤魔化した。

「単なる用心棒では無い。琴乃は私の…運命も共有できる、友だ。だから心配もする」


琴乃は目を見開いた。

「友、ですか。異世界から来たこんな変な女の子なのに」

「変な奴だが、強くて優しい。琴乃は決して私を裏切らないと信じている」


こんなに信頼を寄せられ、言葉にしてもらえるなんて!

「はい!王子。あなたは良い人です。絶対生き延びて、両親に認めてもらいましょう!」

「それはどうでも良い。今居る私の周りの人間に認めてもらえたら、それで満足な様な気がしてきた」

「駄目ですよ!目標は高く持ちましょう!目指せ、王の道!」

「こら、いつの間に目標を上げてるんだ。そんなの目指さない」


二人はいつもの調子でどうでも良いことを言い合いし始めた。

暫くして、急に琴乃は刀を構えた。

「どうした!敵襲か?」

琴乃は構えたまま首を傾げた。

「なんか、敵にしては戦意が中途半端と言うか、何というか…」


全員が剣を構える中、ドアをコツコツとノックする音が聞こえた。

「何者だ!」

アックスが大声で言った。

「ハルバート辺境伯の使いで参りました、副参謀のムラサメと申します」

「ムラサメ⁈本当に?」ハワードが言った。

「はい、お迎えに参りました」


「嘘じゃ無いです」

と琴乃は息を吐いて刀を下ろした。


ドアを開けると黒髪に濃いグレーの目をした青年が片膝をついて前にいた。

「ムラサメ、久しぶりだな」

「ハワード様、ご健勝のご様子」

辺境伯領で知り合った幼馴染の一人だった。


「50名ほど連れてきました。これから辺境伯の所まで、護衛します。道中安心して下さい」

「良かった〜」琴乃は半泣き半笑いのおかしな顔をしながらハワードの肩を叩いた。

「心配かけたな、琴乃、ありがとう」

「荷物をまとめよう、ムラサメ、よろしく頼む」

アックスがキビキビ動く。



こうして、ハルバート辺境伯の兵士達に囲まれ、無事辺境伯の元へ辿り着くことができた。

皆は辺境伯に挨拶をし、それぞれ部屋に案内された。


琴乃は侍女達に連れられて、身体のあちこちを測られた後風呂に入れられた。

寝巻きに着替えさせられ、果実水を飲みながら半分うとうと寝ていると、ベッドへ押し込まれてしまった。


まだ本調子では無い琴乃は遠慮無く、ぐっすりと眠った。


夜に食事を皆で取るからと起こされ、少し大きいがドレスを持ってこられ、着替えさせられた。

髪もアップにされ、鏡を見た琴乃は

「どこのお嬢様⁈」と絶句した。


食堂に着くと皆がどよめいた。

「どこのお嬢様だ、お前」

とハワードが驚いて見せたので、琴乃は手で口を隠して

「無礼ですよ、琴乃姫とお呼び」と返して、アックスに

「お前が無礼だ、用心棒」と怒られた。


今晩は特別にミネルバも招待された。

ハワード始め皆気を張って移動してきたので、反動か打ち解けて笑い声まで響いた。

琴乃は見苦しく無い程度にナイフとフォークを使えるのをアックスに褒められて満更でもなかった。親に習っといてよかった。


上機嫌で食べていた琴乃だったが、1週間後にハワードの歓迎パーティーを開くので参加しろと言われ、青褪めた。

「ダンスくらい踊れるんだろう?琴乃姫」アックスが白々しく尋ねた。

「ナンデスカ、ダンストハ?」


ハルバートは侍従にダンス講師を呼ぶように命じた。

「踊らなくて、良いですよね?用心棒だし」

「僕はハルバート叔父の娘と踊った後お前と踊る予定だが」

「なんですとー?めっちゃ目立つじゃん!!」

「じゃあ、頑張れよ」

ハワードも涼しい顔で言った。

「ぐぬぬ、他人事だと思って!許さじ」



ディナーの後、ハワードとアックスはハルバードと話すと談話室へ行ったので、部屋に帰った。

寝るには夕方の爆睡が効いて全く眠く無かったので、庭園へ行ってみることにした。


庭園は与えられた部屋のすぐそばで、暗闇の中いくつかの明かりが浮かび上がり、そこだけが何となく色がわかる程度だった。

風が少しあって、ほんの少しだけ草の擦れる音が聞こえるような気がした。


「琴乃、具合は良くなったようだな」

禍斬刀が不意に横に立った。

「お前の中に私の力を強く感じられるようになった」

琴乃は胸に手を当ててみたが、特に変わりは無い。

「ということは、私の妖刀化が進んでるのか」

「そうだな、遅らせたいなら、風は使うな。それでも少しだけしか変わらんが」

「えー、歓迎パーティー1週間後なのに」

「それくらいなら大丈夫だろう。それと、刀になっても琴乃が存在し続けることができる方法もあると前言ったがどうする?」


「え、それは人間として?」

「外見だけだが、刀でいるだけよりは便利だろう」

「まあ、そうですね。あー、嫌な予感しかしないけど、その方法とは?」

「夫婦の契りを結ぶことだ」


ふうふのちぎり?

「も、もしかして、あなたと結婚するってことで合ってる?」

「そうだ」

「ひえー!!」

選択肢が無い上に、難し過ぎる。

「無理!!」

禍斬刀を残し、無言で部屋に戻った。


この世界に来てから散々お世話にはなってるが、結婚となると別である。

刀だけど男として夫として見なければ…うーん、想像できない。だって刀だよ?


一晩中あれこれ考えて、結局殆ど眠れなかった。

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