第4話 諸刃の剣
夕食前に、お腹空いたと起き上がった琴乃に一同は安心するやら呆れるやらだったが、アガタ商人親子と琴乃達で夕飯を食べた。
琴乃は親切な宿の奥さんの気遣いで、大きなタライにお湯を貯めて簡易風呂にしてもらい、全身の汚れを落とした。着ていた物は洗濯して、ハワードに無理やり頼んで魔法で乾かしてもらった。アックスの小言は聞かない。
髪には匂いの良い油を塗ってもらい、さっぱりるんるんで部屋に帰ってきた。
髪の毛を下ろしたまま、奥さんに服を借りて帰ってくると、一瞬アックスは身構え、ハワードは感心した。
「どうです?ワンピース似合う?」
「誰かと思った。別人とまでは行かんが女の子になってるぞ」
「女の子です!」
「いつもよりかは、かわいいな」
「いつもかわいいです!」
琴乃は膨れ面で言い返した。
部屋はハワードとアックス、ミネルバと琴乃で各一部屋取ってあった。琴乃は相変わらず床で寝ようとしたが、全員に止められたからだ。
昼間寝ていた琴乃は眠くならなかったので、交代で廊下を見張る一番目の順番に名乗りをあげた。
幸いにも、他の護衛も同じ宿に泊まったせいか襲撃は無かった。
交代してベッドに入り、すぐ寝たものの、禍斬刀に夢の中で説教されていた。
「勝手に禍つ風を起こすな」
「何のために取り憑いてるのよ、あれは使い時だったの!」
「普通の風も起こせるし、そちらの方が負担が少ない」
「早く言ってよ!」
「あまり技を多用すると、刀化が更に進むぞ」
「それも早く言って欲しかった」
禍斬刀はふいに琴乃を抱き寄せた。
「え、何、何なの?」
「力を返してもらっている。この方が効率が良い」
「ふうん、そうですか」
琴乃は面倒臭そうに言ったが、内心少しドキドキしていた。
今まで父親以外の異性に抱きしめられる事は無かったからか、妖刀でも緊張する。
「あなたに力を返せば、私は元に戻るの?」
気を紛らわそうと質問した。
「否、お前自身の力もこちらに来るから、お前は私の力が多くなる。どちらにしても、妖化は止められん」
「お先真っ暗。一緒になったらよろしくね。あまり邪険にしないでね」
「何を馬鹿なことを。私の一部になるのだ。大切にする」
「ん?ありがとうって言うべき?」
いつの間にか二人は布団に入っていて、琴乃は仰向け、禍斬刀は肩肘をついて横になって琴乃を見ていた。
「布団はやっぱり落ち着くな」
琴乃は夢の中なのに眠くなってきた。
「まだ、他に何かある?今のうちに言っといて」
「この世界なら、私も封印されずに済みそうだ」
「それは、良かったの?人類的に?」
「それは、私を使おうとする人間次第だ。だがもう、琴乃を最後に使われる気はない。自由に生きる。琴乃」
「何、寝そうなんだけど」
「お前も、私と共に生きられる方法も、無い事はない」
「そうなんだ」
「ただ、覚悟がいる」
「うーん、究極だなあ。また、必要な時言う。それまで考えとくから」
「わかった。もう寝ろ」
あれ?このまま禍斬刀と一緒の布団で寝るの?一応男の人だよね?まあ、一体化してるからいいか。
段々眠くて有耶無耶のまま考えるのを止めた。
そこから、次の町までは遠く、野営を何泊か強いられた。
ただ、だだっ広い荒野の中なので、敵襲も無く進んだ。
町にも流れ込んでいる川の傍で過ごす今夜が最後の野営になる。
「次の町から辺境は1日で着く。もう少しの辛抱だ」
アックスに言われて
「もう少しが遠い」と文句を言ったらご飯抜きにされそうになって
「アックス容赦無い」
と結局文句を言ったら硬くなったパンにハムを挟んだサンドイッチを口の中に突っ込まれた。
ハワードの横でむぐむぐと大人しく食べてると
「食べてる時と寝てる時は普通の女の子なのにな」
とハワードが言った。
「もしかして、惚れました?」
「え?何言ってる」
「身分差が有りますからねー。辺境伯に養女にしてもらえたら、娶ってもらえます?」
「妖魔憑きの女と?」
「お得でしょ、一人で二人分手に入れられるよ⁈」
「お前のお得感はおかしい」
不意に後ろから手が伸びてきて、琴乃の持っているサンドイッチを奪われた。
「え?」
二人が振り向くと胡座をかいた禍斬刀が、それを口にしていた。
「ぎゃー」
驚いて離れると、禍斬刀はにやっと笑った。
「もー!ビックリしたー。いきなり現れないでよ!人のご飯取らないで!」琴乃はへたり込んだ。
「誰誰?」
ハワードは叫んで、アックスとミネルバが素早くハワードの前に剣を抜いて立った。
「あ、敵じゃないの!私の刀!禍斬刀!」
琴乃は必死に取りなして間に立った。
「これが、コトノの剣?」ハワードが恐る恐る二人の間から顔を出した。
「そう、実体化したの初めてだけど」
「前触れも無しにいきなり出すな」
アックスとミネルバが剣の構えを解いた。
「私も言いたい」
「微妙な味だな」
禍斬刀は全く気にも留めて無いようで、一口齧ってから琴乃に差し出した。
「返す」
「えー⁈我儘な刀だなあ」
琴乃は近付いて受け取った。
「これ食べたいから現れたの?」
皆ようやく元の場所に座って寛いだ。
「いや、違う。警告しに来た」
禍斬刀はさらりと言った。
「何か、獣が大量にこちらへやって来る。その後ろに人間が二人いる。獣を操っているようだ」
琴乃は食べ終わる直前だったので急いで水で流し込んだ。
「早く言いなさいよ!食べてる場合⁈」
「まだ遠い。もう少し引きつけてからの方が良いだろう。散開して取り囲む気だ」
「早く馬車へ!」琴乃が他の人々に警告し、皆急いで馬車に乗り込んだ。
護衛達が周りに立った。
ハワードのいる幌馬車に戻ると3人とも外にいる。
「ハワード、馬車に!」
「いや、私も一度だけだが、風魔法を使える。コトノと二人でやれば、相当数吹き飛ばせる」
「危ないのに、まあ、そのほうが良いけど、終わったらすぐ引っ込んで下さいね」
「不本意だが仕方無い。その後は頼んだ」
「お任せあれ!」
ハワードが魔法を練り始め、禍斬刀は物珍しそうに見つめていた。
「異世界の妖術も力の質は同じだな」
「呑気だなあ、あなたは手伝ってくれるの?」
「いや、お前がいるだろう?私は顕現できただけだ」
「驚かせてパン食べに来ただけ?」
「敵襲を知らせに来たに決まってるだろう!」
琴乃は「これは失礼」とテヘペロした。
やがて近付いてくる魔獣に
「犬?」と目を凝らしたが、
「遠いからそんな大きさに見えるのだろうが、決して犬のように可愛いモノではない!少なくとも倍以上大きいぞ!」
「こわっ!そろそろ吹き飛ばす?」
「少し待て」
禍斬刀は刀を抜身にすると、片手で刃を掴んでそのまま滑らした。
刀身が血塗れになっている。
「何してるの!」
「この方が直接力が伝わるからな。もう良いぞ、振り抜け」
「もー、心臓に悪い。大丈夫なの?」
「問題無い」
「ハワード、右よろしくね。私は左!」
「いつでも!」
「せーの、3、2、1はい!!」
二人から風が巻き起こり、ぶつかってそれぞれ渦を巻くように広がって押し出された。
二つの竜巻状の風は魔獣の群れにぶつかり、空へ舞い上げて切り裂いていく。
「ハワード凄い!そう言えば初めて見たんだ!王子様最強!」
「これ一回きりだ、後は頼む!お前も、もう魔法は使うな」
ハワードは青ざめて荒く息をしながら琴乃を気遣った。
「うん、術者をやっつけに行きます!生かしといた方がいい?」
「いや、別にいい!魔法に気をつけろ!」
生き残った魔獣が迫る中、遥か後方に見える敵に全速力で走りながら行く手にいるのを一刀両断して行く。ハワードは馬車に戻り、アックスとミネルバはその前で守り、襲ってきたのを退治する。
「殿下達がだいぶ仕留めてくれたが、まだ数が多いな!」
「地道に殺るしかない!」
「風が来るぞ、払いのけろ」
禍斬刃が警告し、琴乃はすぐ刀で横に薙ぎ払った。
やってきた風はさっくり切れて霧散し、術師らしき二人連れの所まで琴乃の風が届いて、勢いに負けてひっくり返った。
琴乃は一人目に近付くと斜め十文字に切り裂いた。
逃げる二人目の上に乗し掛かり、刀を突きつける。
「早く魔獣を止めて!」
「無理だ、狂乱状態になったら死ぬまで止まらん」
「もう!やっぱり王子殿下を殺すため?」
「そうだ、辺境伯領に入られると手が出しにくくなるからな」
「そうなんだ。辺境伯様は強いのね」
不意に琴乃の刀を持つ手が緩んだ。
「え?」
刀はまっすぐ落ちて術師の喉に刺さって貫通した。
「やだ、なんで?」
琴乃が驚いて飛び退くと、後ろで禍斬刀が受け止めた。
刀が刺さったところから黒い煙が上がり、渦を巻くとあっという間に術師を包み込んだ。
煙が晴れた頃には何も残らなかった。
「術師に呪いがかけられていて発動したから殺した。巻き込まれる恐れがあったぞ」
「マジか、可哀想に」
「それより早く戻れ、馬車が囲まれているぞ」
「何ですって⁈」
振り返ると、禍斬刀の指し示す方角に魔獣に取り囲まれている馬車が見えた。
「どうしよう、こっちからじゃ風飛ばせない!!」
琴乃は今度は全速力で馬車へ戻る。
護衛たちが必死に抵抗しているが、数が多い。
外から加勢したが琴乃の周りだけで手一杯だ。
「一編にやっつけられない?」
「やれないことはないが、王子に防御の魔術は掛けられるか?」
「聞いてみる!」
アックスが近くにいたので尋ねると、馬車まわりだけ短時間ならと言われ、馬車にいる王子の近くまで行って頼んだ。
「防御を掛けても少ししか持たんぞ」
「それでいい、人もできるか?今からだ」禍斬刀が言った。
「い、今から?ん、よし最低限だが良いか?」
「頼む、琴乃!馬車の上に登るぞ!」
「え、上??」
琴乃が戸惑っている間に禍斬刀は琴乃を傍に抱えると一飛びで馬車の上まで上がった。
琴乃を屋根に下ろすと
「立って刀を上に掲げろ!」
「はい!」琴乃は言われるまま刀を上にかざした。
カッと稲光が琴乃の真上に落ちてきた。
どおおん!と地鳴りがして、地面が揺れた。
魔獣たちはそれぞれが発光し、燃えていく。
琴乃はポロッと刀を落とした。
「雷の力を借りた」
「し、痺れた〜」
「これで全滅したな」
「先に言ってよ、こんな大技!」
「雷の力を借りてるからお前自身の力は使ってない」
「そういう問題じゃ…」
言いかけたが、琴乃は気を失って倒れ、禍斬刀は素早く抱き抱えたので、落ちることはなかった。
だが地面に下ろされても琴乃の意識は戻らなかった。
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