第3話  単刀直入に言うと、琴乃は強い

朝からアックスの説教で始まったのでテンションは低かった。

なんとか気持ちを上げようと外へ出ると、ミネルバとアックスが、剣の鍛錬をしていた。

後で混ぜてもらおうと、ストレッチ代わりに、ラジオ体操を思い出しながらやっていると、ハワードも出てきた。


宿の朝ごはんができたと呼びに来たのだった。

「何だその奇怪な踊り?異界のモノでもよびだすのか?」

ハワードが遠巻きにしているので、琴乃はムッとして「単なるあっちの世界の体操です!」と大声で言った。

「なんと、向こうのちびっ子は誰でも、これをやって大きく強くなるのです!(日本人限定だけど)」

「胡散臭い」

「ひどっ!ハワードもやってみたらわかります。この体操の偉大さが」

「そんなのわかりたくない」


相変わらずのハワードの辛口トークに、ミネルバは

「あの方は一体どういうご身分の方なんですか?」

とアックスに小声で尋ねたが、

「自称、最強の用心棒らしいです」

と説明を放棄していた。

「どう見ても、最強には思えないが。昨夜の事は偶々では?」

ミネルバは呟いたが、その後の琴乃との打ち合いで散々負かされ、膝をついた。


「何なのだ、その出鱈目な剣は」

琴乃の刀筋は全く読めず、見えなくなるくらい早いのでついていけなかった。合間に体術も使われ、気付けば転倒させられている。

琴乃は得意そうに刀を持ち上げた。

「これは刀と言うんだけど、えーっと、持主に取り憑いている、恐ろしい妖刀でーす」

ミネルバは思わず一歩引いた。

「妖刀⁈その刀使いは誰に習った?」

琴乃はにっこり笑って言った。

「習うも何も、刀が私を操ってまーす」

「笑顔でサラッと怖い事言うな」


朝食の時も訊かれたが、一日千人斬りの話に皆にドン引きされた。

「私はそんな事できませんからね。普通の女の子だから、戦争に巻き込まないで下さいね」

「私に付いてくれば、そんな事言ってられないぞ。第一王子側と戦うことになるのだからな」

「うーん、そうなれば仕方無いですね。禍斬刃に頑張って貰います」

「思いっきり他人事だな。余裕すぎるぞ」

「そんな事無いですよ、人を殺したの、この世界にきてからだもん。慣れないです」


「琴乃、すまない」

ハワードが申し訳なさそうに小声で言うと

「気を使わないで下さい。王子様の為ですから、そのうち慣れるか、懲りて刺客を送って来なくなるかどっちかです」

と琴乃は努めて明るい調子で言った。

「懲りてくれれば、良いのですが」アックスがハワードを気遣うように言った。


琴乃は小刀を取ると一瞬でリンゴを4等分して皆に渡した。

「刀より切れ味悪いからちょっと切り口ガタガタですけど」

ミネルバは複雑な表情でりんごを齧った。


今日は昼前に次の街に着き、昼食を買って移動を続け、その次の町に夜到着して泊まる予定だ。

ただ、次の町を過ぎてから渓谷を通り、その辺りは盗賊がよく出没するスポットなので警戒する必要がある。次の街に着いて昼食を配られる時に言われた。


商人達は商団を作り、護衛も更に雇って出発した。

相変わらず琴乃はミミと同じ馬車で、途中で何度か王子の様子を見に彼らが乗っている幌馬車を見に来た。

「今のところ異常はありません。でも、渓谷に入ればわかりませんね。馬車の上に乗って見とこうかしら」

「絶対駄目です」

アックスに即否定された。

「冗談です」


「あなたには冗談みたいな事でも、我々の心臓に悪い事が多すぎる。行儀も悪いし、辺境に着いたらマナーの教師を手配してもらいましょう。そのままでは王子の近侍にできません」

琴乃は目を丸くしてアックスを見つめた。

「つまり、アックスは私が上流階級マナーを身につければ王子の護衛として認めてくれるの⁈」


アックスは多少顔を赤くして咳をした。

「お認めになるのは王子殿下だ。お前の強さは私も認めるがな」


「ありがとう、アックス。マナー講座頑張るからね。私もちゃんとした所だったら、ちゃんとできるし」

「ちゃんとした所って…できるんならいつもしなさい」




まもなく渓谷に差し掛かろうとしていた時、曇り出していた空から雨粒が落ちてきた。

「雨だよ、コトノ」ミミがつまらなそうに言った。

「私の国では、雨が降ったらお母さんが傘を持ってお迎えに来てくれる、と言う歌があります」

「傘って何?」

ミミが不思議そうに尋ねた。

「え、傘も無いの?」

琴乃は、また余計な事を言ってしまったと、傘の説明をした。

「見かけは一本の棒みたいなんですけど広げると頭の上を半球に覆ってくれて雨除けになる物です」


「何かね、それは?」アガタが食い付いてきた。

「詳しく教えてくれ、その構造!」

あまりの勢いに、琴乃は細かい構造を一所懸命思い出し、紙に書き出すと、商人は目を輝かせて熱心に見た。

「ウチの職人に相談する、また聞きたいときは辺境に居るのか?」

琴乃はタジタジになりながら「多分」と返事した。

それから暇と迫られて、髪紐を使ってあやとりをミミに教えていた。


「おい」


唐突に耳元で声がした。

「はい?」

琴乃はそちらへ振り返ったが、馬車の中なのでそこに人はいない。


「敵襲だ」


「もしかして、禍斬刀?」と思ったらもう刀を掴んでいた。

「コトノ、どうしたの?」

琴乃はミミにあやとりの紐を渡すと、商人に言った。

「何か害意のある者達が近付いてきます。移動の速度をなるべく上げて下さい。私は外へ出ます」

「え、嫌だよ、此処にいて?怖いよ」

ミミが半泣きで言ったが、琴乃はにっこり笑った。

「大丈夫!私は強いから、ミミには指一本触れさせない。みんな守るからね。静かにアガタ様に抱っこされてて!」


琴乃は商人が止めるのも聞かずに走る馬車から飛び降りた。そのままハワードのいる幌馬車まで走る。

馬車に追いつくと、わずかな足場を頼りに飛び乗り、驚くハワード達に言った。


「盗賊か兵士か分かりませんが、こちらに近付いてきます。外で迎え討つので馬車の奥に隠れて下さい。アックスとミネルバはハワードに付いてて!」

「お前も此処にいろ」

ハワードは言ったが、琴乃は首を振った。

「もうすぐしたら、馬車も早く走らせます。私はある程度敵を減らせたら追い付きますので、気にしないで下さい」


「お前は刀に頼り過ぎだ」

ハワードは苦々しく言ったが琴乃はもう飛び降りる直前だった。


「私は、あなたの剣ですから!」


琴乃が飛び降りると間も無く後ろから護衛の一人が、馬に乗ってやってきた。

「どうした、コトノ」

琴乃は手を挙げると

「乗せて!」と頼んで上に引っ張り上げてもらった。

「敵襲よ!蹴散らすからちょっと手伝って!」

「ええっ⁈」

琴乃が抜刀すると、遠くから騎馬の集団が押し寄せて来るのが見えた。

護衛達は慌てて商団のスピードを上させ、剣をかざした。


琴乃は集団の先頭に馬の首を向けさせ、近付けさすと止まるように言った。

「私が飛ぶから、その後は馬車を死守してね」

「飛ぶ⁈」


「禍斬刀、よろしく!」

琴乃は馬の上で立ち上がり、背を蹴って飛び上がった。


馬は驚いて一瞬仁王立ちになったが、何とか落ち着かせていた。

「ごめんね〜、後でお詫びに人参あげる!」


「禍ツ風起これ!」琴乃は真横に刀を振り抜いた。

ドス黒い風が巻き起こり、馬に乗った敵を馬から叩き落としていく。

その中、琴乃は落ちた者達を一閃で切り落として進んで行く。


「何だこいつは」

「怪しい風使いだ」

「駄目だ」

あれこれ言う者構わず切り捨てていく。手近に居なくなると、また禍ツ風を起こす。

風に当たっただけで気を失うものもいて、4、50人は居たかと思われる敵集団も、あっという間に殲滅してしまった。


残り数人は逃げて行ったので、後ろから風を当てて吹き飛ばしてやった。


「やったー!」

琴乃はガッツポーズをしたが、目眩がして座り込んだ。

「あれ?」

急に力が抜けたように立てなくなってしまった。

「使い過ぎだ馬鹿」

ボソッと禍斬刀の声がした。


「あちゃー」

雨が本降りになってきた。どんどんハワード達と離れていく不安でやっと立ち上がったが、走れそうにない。

とりあえず雨宿りを、と足を引き摺るように歩き出すと、遠くから馬が走ってくる音が微かに聞こえた。


「琴乃ー」

「何?禍斬刀?」


万が一のために刀を構えたが、意識が遠のいていく。

琴乃!

ああ、アックスだ。来てくれたんだ。

琴乃は地面に倒れ伏した。





「馬鹿者!魔力が空になるまで魔法を使う奴があるか!」

幌馬車でアックスに抱き抱えられたまま目を覚ました琴乃はそのままの体勢でアックスに怒られた。

「魔力とは?魔法とは?」

「お前が起こした黒い風魔法だ!離れたところからでも見えたぞ」


「あれは、禍斬刀の能力では?」

「今はお前がそれだろう!あんな大きな魔法を後先考えず使って、何とも無い訳がない!無茶し過ぎだ!」

「私は自分の魔力で魔法を使ったということ?」

「だからさっきから、そう言ってるだろう⁈」


「うわー、私魔法も使えるんだーすご〜い!」

「自覚無しか、お前」

アックスは怒りでプルプル震えている。

ハワードが苦笑いしながら

「アックスが琴乃に魔力を与えなかったら死んでたかもしれんぞ、感謝してやれ」

と言った。

琴乃はきまり悪くなって

「お手数をおかけしました」と二人に謝った。

「服がびしょ濡れで気持ち悪い」

「私もだ!次の街に着くまで我慢するしかない」

「はあ、仕方ないですね」


「お前が倒れたのを見た時の衝撃を返して欲しい」

アックスはむすっとして言ったが、琴乃の頭を撫でた。

「取り敢えず、よくやった。お前のおかげで、こちらの損害は全く無かった。皆無事に次の町に間も無く着く」

「おおう、珍しくアックスが褒めてくれた。嬉しいな」

琴乃が見上げるとお互い目が合い、ハッとして双方目を逸らした。

二人とも少し顔を赤くしたのをハワードは見つけてニヤッとした。

「仲良しは良いことだ」


「ちょっと違うと思われます、殿下」咳払いして琴乃は突っ込んだ。


宿泊する町に着くと、雨は止んで、虹が出ていると大声でミミが呼びにきた。

琴乃はアックスにもたれてすやすやと寝入っており、ミミの呼びかけにも気付かず、結局馬車から宿までアックスが運ぶ羽目になった。




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