第2話 刀の錆にしてくれるわ!

商人アガタの前にハワードも引き連れて行き、魔法が使えます!と本人の了承も無く紹介したら、ついでに雇ってくれることになった。

ジト目のハワード王子を流しつつ、るんるんで握手した。


アガタに料金の手付と称してマントを貰い、セーラー服が目立つと言われたので上から羽織っている。

そしてスカートの下にはハワードのズボンを履いている。


この世界のスカートは足首近くまであるので、膝上10センチ丈は、スカートと思われていない。


腰近くまで伸びた髪の毛は前の世界からポニーテールのままだ。これは男の髪型らしく、結局琴乃は遠目には男の子に見えるらしい。


琴乃は、二人からは不評だが、自分を女らしく見せるより機動性を重視して、その格好を通している。

ただ、セーラー服は前の世界の唯一のお気に入りの物なので、万が一にも盗まれたくは無いからずっと着ている。


ボロボロになるまで着たら、前の世界への未練が全て無くなる気がする。



本当ならハワード達と同じ幌馬車に乗る予定だった琴乃は、アガタの息子ミミに懐かれ、アガタ親子の乗る馬車に連れ込まれて、遊び相手をさせられている。


♪教会の神父さんが、シトユの種を蒔きました。芽が出て、膨らんで、花が咲いたらピエ、パピ、シゾポング♪

と手遊び歌をこの世界バージョンに直して教えてあげた。

お寺の和尚さん、かぼちゃ、じゃんけんぽんがミミ達にはわからなかったので変えている。カボチャは運んでいる幌馬車の木箱にいっぱいあったので、これだよと言ったら、シトユと言われた。

後ほど食べる機会があったが、やっぱりかぼちゃだった…。


そう言えば、何故言葉がわかるんだろう?翻訳チート?でも単語が時々通じないのは片手落ちだが、全くわからないよりはいいか。琴乃はチラッと考えただけで、気にするのは止めた。


ミミが何故か手遊び歌を異常に気に入り、他にも幾つか教えたら、琴乃が覚えている童話を一つ話し終わるたびにねだられている。

打ち合わす手のひらが痒くなってきた頃ようやくミミが眠った。


今度はアガタに聞きたいことがあったので話しかける。

「盗賊とかは本当に出て来ますか?魔獣も?」

同じ馬車に乗っているアガタは深刻な顔で頷いた。


「王族内で世継の件で揉めていて、政策がしょっちゅう変わるもんで、国内も落ち着かないのか、前より治安が悪化しているようです。商売人には痛い話です。魔獣はたまたまだと思いますが、恵みを求めて森の奥に入りすぎた人間が増えて、それを襲って味を占めた奴が人里に降りてくるらしいです」


「危険な事を承知で、森に入らなければいけない貧しい人が、多くなったってことかな?」

「そのようです。魔獣を退治する兵の出動を増やしているようですが、数が多いですからね」


「根本的に人間のほうの環境を、なんとかしないと駄目なのね」

「剣士様は頭も良い」

「コトノでいいです。えへへ、それ程でも。王様が馬鹿なだけでしょ」

アガタは気まずそうに小さく言った。

「それ、不敬罪ですよ!外では言っちゃ駄目ですからね!」

「…気を付けます」気軽に言える日本と違うんだ。



快晴で空は青く晴れ渡り、馬車は何事も無く街道を進んで次の街に夕方に着いた。

「辺境伯領ってまだまだ?」

「まだ街を3つ越えねばならん。途中野宿もある。なんだ、もう根を上げたのか?」

ハワードがニヤニヤしながら言う。コイツめ。

「座ってるとお尻痛いし、寝転ぶと頭ガンガン床に打つし、揺れて気持ち悪いし。魔法でなんとかならないかな。馬車ごと空を飛ぶとか」


「そんな事できるか!馬鹿なこと言ってないで宿に行くぞ。お前は今夜も床に寝るのか?」

「勿論!護衛ですから!」

はあー、と長いため息を吐くとアックスに「こいつ何とかならんのか?」

と、指を指されて言われたが何でだ。

「何ともなりません」

アックスも投げやりだ。

「一応ベッド3つある宿の方がいいのでは?」

「お気遣い無く!床で寝ても、平気なので」

「だそうだ。気にするのは止めにする。ベッドで寝たければ言うように」

「はい」


その晩、琴乃はいつものようにドアの前の床に刀を前に抱えるように置いてゴロンと横になったら、すぐに眠りについた。

『禍斬刀、見張りよろしく』お気楽護衛だ。



夜半を過ぎた頃だろうか。


入り口のドアが小さな音を立てた後、鍵が開けられて、ドアがゆっくり開いた。


そのまま、黒ずくめの男が侵入してきた。


しかし、ドアの傍で寝ていた琴乃に気付かなかったようで、派手に躓き、大きくタタラを踏んでしまった。


「曲者!!」

男に踏まれた琴乃は起き上がりながら刀を抜き、下から切り上げた。手応えがあり、男の腹の脇から心臓にかけて斜めに切れたようだ。

膝をついた男に、そのまま首に刀を突きつける。

あらかじめ殺さないように手加減はしていた。

「手加減、難しき!」

『何故咄嗟の言葉が昔の言葉っぽくなるのかな』


アックスがランタンに火を入れ、すぐに隠していた縄で侵入者を縛り上げる。

ハワードは丸い光を出して男に近付けた。


「この者は、知っております!近衛隊で、王達の近侍にいました!何たる不敬な!」

アックスが激昂して言った。

「殺せ。私は脅迫されている。失敗すれば、どうせ始末される」

「では、誰がお前を差し向けたかぐらい答えても良いだろう?」

ハワードが言うと近衛の男は躊躇ったが、琴乃が「死ぬより辛い目に遭いたい?」と首に刀の先を突きつけると、ハワードを気の毒そうな目で見て、打ち明けた。


「王と王妃だ。第一王子の立太子の不安要素になるものは廃したほうが、国内の情勢も安泰するのでは無いかと」

「王もか⁈なんて事だ!腐ってる」アックスは唸った。


「私が辺境伯に預けられたのは、最初から疎まれて遠ざけられてたのか」ハワードは力無く言った。

「え、なんて言われてたの?」

琴乃が驚くと

「兄が病気になって移る危険があるから万が一のために離れていた方が良いと。その後も病状が安定しない兄のせいで結局五年待って、帰りたいと手紙を出したが音沙汰無く、それからさらに五年も止め置かれた」

「えー、酷い…」

「ようやく帰ってきたが、私の居場所は既に無かった。その内食事に毒が入れられたり、刺客が来るようになった。だから、王城を去る事にしたんだ」

部屋がシン、と静まり返った。


暫くして、ハワードが言い出した。

「私がどちらにもあまり似ていないので、生前から母は不義を疑われていた」

「まさか」

「何の根拠も無い、噂だ。なのに、王は信じたのか?もとから王妃は私を嫌っていた。まさか殺したいほど私を…」

ハワードの頬に涙が伝った。


琴乃は胸がギュッと引き絞られたかのような痛みを覚えた。

実の親子で、そんな感情を抱くなんて、あんまりだ。


どうすれば良いんだろう。


「そうだ、あなたの名前は?」

琴乃は近衛の男に尋ねた。

「え、なぜ今?」

「ハワード王子に必要なのは味方なの。貴方良い人っぽいし、それなりに強いんでしょ?どうせ死ぬなら、その前にハワードに仕えて!」

「お前、何を言い出すんだ」アックスは厳しい口調で言った。

「単に金に釣られただけかもしれんぞ⁈」

「あなたは違う。そうでしょ?」

琴乃はじっと近衛を見つめた。


「そうだ。父母を人質に取られた。暗殺後には開放と報酬も約束されたが信用してない」

「成功、失敗どちらでも王族殺しは処刑だろう」

アックスはあっさり言った。

「嵌められたな」



男は縛られたままハワードの方へにじりよると、頭を地面に着けた。

「私はミネルバと申し上げます。この度は真に申し訳ありませんでした。私が愚かでした。どうか、改めて私の忠誠を受け取って下さい。私が死ぬまで絶対お守りいたします」


「ハワード…」

琴乃もハワードの方を向いてしゃがんだ。

「私も、あなたを守る!もう誰も殿下を傷付けることは断じてさせない」


「琴乃、たまたま会った私に、そこまでしなくて良い」

「いいの!これは運命よ。刀と私が、あなたの前に現れた。偶然じゃない!」


ハワードは涙を拭いた。

「わかった。ミネルバ、琴乃、其方らの忠誠、確かに受け取った。共に私に付いて来てくれ」

「有り難き幸せ。終生従います」

琴乃は力強く言った。

「私も殿下を守ります」ミネルバも感無量で言った。


ミネルバの傷の手当てをして、まだ朝にはだいぶ時間があったので、また休むことになった。

ミネルバは部屋の外で護衛するとに言いはっていたが、アックスのベッドで寝させ、アックスは部屋の外で警戒することにした。

琴乃はハワードが寝ているベッドの脇の床で寝ることにした。

中に入ってくる時に、また踏まれるのは嫌だった。


気分が高揚していたこともあって、今度はなかなか寝付けなかった。

目を閉じてはいたが、ちっとも眠くならないので起きようか迷っていると、ハワードが大きく寝返りを打つのがわかった。


上に被ってる毛布がずれたかもしれない。

そう思って起き上がると、毛布は頭までかかっていた。

「ハワード」

呼びかけると間が空いて「何だ?」とうめくような声がした。

「泣いてるの?」

尋ねたが返事はなかったが鼻を啜る音がした。


琴乃は「失礼します」と言ってベッドに上がった。

「え?」

琴乃は自分が持っていた毛布ごとハワードを抱きしめた。

ハワードの背は琴乃よりもちろん高いのだが、この時は琴乃には小さく思えた。


「臣下にはカッコ悪いところを知られたく無いでしょうが、今夜くらいは良いでしょう?抱っこしてあげますから、好きにして下さい」

ハワードは毛布を被ったまま吹き出した。

「言い方がおかしいぞ。でも抱っこは許す」


お互いの体温が移って温まる頃には、ハワードも泣き止んでいた。

「なあ、琴乃」

「はい、何でしょう」

「お前は寂しく無いのか?父母と別れて。もしかしたら永遠に会えないかも知れないんだぞ」

琴乃は、うーん、と考えた。


「寂しいけれど、既に私は親から半分自立してるようなものだし、お互い死んだわけでは無いので、遠く離れて暮らしている感じです」

「そうか、それならまだ良かったのか?」

「心配してくれたんですか!」

「当たり前だ!私個人の事に、琴乃を巻き込んでしまった。危険な目に遭わせているのに、大した価値のない私を守ると言う。私はお前に返せない恩ができてしまった」

琴乃はふふっと笑ってハワードの肩をすりすりと撫でた。

「大袈裟です!ハワードは王子様で、私は刀です。どちらも大いに価値があります。危険は禍斬刃が守ってくれるから、あ、刀の名前です、私は大丈夫。異世界に来て、麗しい王子様の用心棒ができて、嬉しいです」

ハワードも小声で笑った。

「本当にお前は変わっている」


それからもヒソヒソ話していたが、いつの間にか二人共眠っていた。


朝、そのまま寝過ごして、アックスに見つかってしまい、「はしたない!」と二人して怒られたのだった。

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