第21話 死にゲーの闘争本能

 男は確信する。戦場に異鬼がいる。それは人間のように思考している。


 なぜならば血眼の布陣に隙がない。こちらの出方を窺う構えだ。


 中央におおよそ三千卒の徒歩兵が分厚く横陣を敷いており、両翼には一千五百騎ほどからなる騎馬隊がどうとでも連携がとれるような間合いで馬列を整えている。


 対する灰騎は三百余騎で一部隊を形成し、それが三隊、魚鱗を横に三つ並べるようにして敵と対峙した。


 その背後にはNPC本隊が方陣で身を固め、一千騎からなる騎馬隊二隊でさらに前面の防御を増そうという構えだ。そばには灰騎数十騎が直接援護として控えている。


 剣DOも出現済みだ。方陣に寄り添うように佇む、まるで用心棒か何かのようなその雰囲気に舌打ちした。


 ―――すかしたやつ。


 剣DOとは直接的な連絡がつかなかった。イモータルレギオン歴の浅さから累計スコアランクが低く、チャットツールを解禁されていないからだ。プレイ動画も誰ぞ代理人が投稿していたようで、そのルートから間接的に協力を要請することしかできなかった。返答はただの一言。「承知」のみ。


 過去動画を見る限りどうも城塞軍のトップと密接なつながり……それこそ男と食いしん坊少女のような特殊な召喚被召喚関係があるようだ。特殊なオペレーションが発生しているのかもしれない。


『一番、二番、三番、各隊攻撃を開始!』


 耳はVtuberの報告を聞く。目は戦場の変化を視ている。


 いちいちの指示はしない。要所と想定外までは口を開かない。


 三隊はそれぞれ正面に中央両翼いずれかを捉えて突進していくが、これは威力偵察のようなものだ。総騎兵だからこそできることであり、血眼の血眼らしさを刺激する手堅い方法でもある。


 ―――釣れた。


 敵右翼は全騎で獰猛に飛び出してきた。


 二番隊はそれをかわすようにして戦場左方へと駆け抜けていく。追いかけっこが始まった。つまり敵右翼に異鬼はいないということだ。三百騎を相手に一千五百騎が追い付けるはずもなし。三百騎は百騎ごとに分かれもして血眼を翻弄するだろう。あとは軍でもって群を駆逐するのみ。


 敵中央は細かな反応を見せた。


 一番隊の突進を受け止め、挟み込むように鶴翼へと展開しつつあるが、向かって左半分の動きが粗い。隊伍も雑だし一体一体の攻め気が強すぎる。片や右半分は整然としたもので、効果的に一番隊の動きを阻害している。


 ―――鶴翼を装ったか。


 目を細めた。推察が推理を推し進め予想が絞られていく。


「敵中央は一千五百ずつの二隊。向かって右の部隊に異鬼がいる」


 言いつつも戦場右方、敵左翼に注目している。敵方で最も奇妙な動きを見せている。三番隊の勢いを避けるように後退し、その後もまともにぶつかろうとしない。


 ―――そこだ。


 最も血眼らしくないがゆえに、そこにこそ最も強力な異鬼がいるのだ。


「敵左翼に異鬼。Dの十八、蛇射止め、補足二番と四番」

『りょ、了解! 番外隊にも呼び掛けておくよ!』


 にわかに三番隊の矛先が敵中央へ向けられた。


 敵左翼を牽制しながらも敵中央……異鬼がいると思しき一千五百卒を騎射でつつく。側面とも背面ともとれる位置からの攻撃だ。怯ませ、隊伍を緩ませられる。一部灰騎がそこを狙って突撃を敢行した。すわ好機と他の灰騎も後に続く。


 いよいよ激しくぶつかり合う中央を尻目に、敵左翼が動いた。


 戦いを迂回し、馬列も鋭く戦場右方へ弧を描く。速い。一気に移動していく先にはNPC本隊がいる。狙いは焚火か召喚術士か。灰騎最大の弱点を衝く突撃―――そう来るとわかりきっていたから。


 その横腹を三百余の灰騎が襲う。一番隊である。


 三番隊が横合いから仕掛けていったタイミングに合わせ、一番隊は敵中央を突破していたのだ。討つことにこだわらなければ二部隊の間を割ることは難しくない。三番隊が支援するからなお容易くなる。勢いよく中央を突破して馬首は左方へ。加速と旋回は敵左翼の軌道と鏡合わせだ。少数であるがゆえにより速く鋭くなる。


 かくして一番隊は敵左翼一千五百騎へ突き刺さった。完全に不意を衝いた形だ。さながら黒蛇を射抜いたかのよう。名付けて「蛇射止め」である。


 NPC直掩の灰騎数十も頭を叩くように襲い掛かるが、それは男の戦闘計画から外れた動きだ。戦意高ぶり逸ったのだろう。男が異鬼ならその隙を衝く。十騎程度ですり抜けてみせる。要は一騎でも焚火のもとへ跳び込んでしまえばいいのだ。NPCの混乱がそのまま灰騎への攪乱として作用しよう……いや、まさに用心棒として剣DOが立ちはだかるか。


 ―――そうとわかって、そこにいるわけでもないだろうに。


 NPC騎馬二部隊の狭間を廊下に見立てるとすれば、その奥に、本陣へ至る最後の砦のようにして一騎……居丈高な荘厳さをまき散らす全身甲冑と、畏怖すべき武に研ぎ澄まされた長い長い大太刀……現行環境最強と噂される灰騎がいる。超然と戦場を睥睨している。


 ―――まあ、いいさ。味方ならばいい。


 戦況は五分五分から六分四分へと移っていく。やはり敵の仕掛けの裏をかいたことが大きい。


 戦場の左方、中央、右方とどこにおいても灰騎が主導権を握っている。中央は時間がかかりそうだし、右方も異鬼が足掻いているが、左方はじきに片が付く。血眼の群れを駆逐した二番隊が戻れば戦況も七分三分と相成って、あとは殲滅するばかりとなるだろう。


 ―――こんなものか?


 戦場右方に注目する。NPC本隊を狙った敵左翼の中に……いた。


 硬質紅眼と黒甲冑の騎士。血眼の中の異質。異鬼。残存の血眼を率いて苦戦している。灰騎二騎を相手取って互角に渡り合う様は敵ながら中々の戦いぶりだ。盾で捌き、馬上からもシールドバッシュを繰り出す。黒い長剣が振るわれる。強者の剣速が甲高く鳴る。


 ―――こいつ、小都市の時の?


 背筋に嫌な冷たさが走った。


 ―――あいつは……あの、俺と似た異鬼はどこにいる!


 戦場全体をチェックする。起伏の乏しい草原だ。どこにも兵を伏せられるとこどなどない。暗がりもまだ見通せる。夜から漏れ来るような東風が吹いている。


『あ! 義勇軍が!』


 口汚く何かを言った。急造インターフェースは終了ボタンの位置がわかりづらい。見つけるや連打していた。画面の切り替えが遅い。凝った作りにしたやつに災いあれ。イモータルレギオン起動。召喚に応ず。


 ―――俺があいつなら、どうする? 俺が一番やられたくないことは何だ?


 待機画面に焦れに焦れながらの思考。歯ぎしりの音。


 ―――城砦軍を見切ったから、もう片方……山塞軍の召喚術士を狙う。獲りにいく。


 視界が白煙にまみれるや、すぐにそれを突き破った。すでにして騎乗し、疾走していた。


「お、狼さん……!」


 食いしん坊少女。誰ぞ騎兵が懐に庇うように二人乗りをしているも、雪白の髪は風にもまれ、顔色は青ざめている。どこぞの森を駆けている。数、百騎。旗はなく、少女の他に見覚えた顔もない。あちらこちらと松明が燃えているが、召喚の熱源はそこな一騎が抱えた火桶か。熱力は低域である。


「怖い、すごく怖い血眼が、急に来て……そしたら伯爵が逃げろって! 聖殿軍団のとこ行けって!」


 男は目を見張った。状況から鑑みるに英断が下されたと理解したからである。


 おそらく山塞軍は行軍中に奇襲を受けた。強力な騎馬の奇襲をだ。指揮官はしのぎきれないと判断したのだろう。だから少女を逃がした。その上で全軍をもって全力の抵抗をしているに違いない。少女を追わせないために戦っているはずだ。殺される最後の一瞬まで抗うに決まっている。


 そういう男たちであると、知っている。そういう大人たちであると、見てきている。


 今もだ。少女を護るために駆け行く百五十人の男たちが目で訴えてきている。悲嘆をこらえて義勇に殉じる覚悟があの火にもこの火にも照らされている。


「助けて! みんなを、みんなを!」


 無理だ。死ぬ。誰も彼も死んでいく。そういう戦争をしている。少女とて風前の灯火に等しいが。


 ―――させるものかよ。


 僚騎を選ぶ。難戦中の難戦になるであろうから単体戦力よりも戦術理解を重視したい。少女の護衛としてR8の超重戦士を、自身の両腕としてR5の武士とR7の狂戦士を選択した。


 それぞれに指差しで意図を知らせると、武士が太刀と小太刀を交差させた。次いで狂戦士が特大剣を立て、ぐるりと半円を描いた。最後に超重戦士が大きく肩をすくめて装甲を鳴らした。それらが何を意味するのかは大変によくわかるから、男は天を仰ぐことで応じた。闇濃き枝葉の向こうに月が静かである。


 馬首を返して三騎は戻る。


 誰かたちの死地へ。あるいは自らの死地へ。闘争本能を、夜の高速に呼吸し白熱させて。

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