第20話 戦闘計画と死にゲー

 ベッドの傍らに陣取った簡易デスク、パソコン各種、自走式コンピュータ、その他未知のデバイス十数種類。


 ARグラスをかけてそれらを操る風貌怜悧な女性……コンシェルジュへ問うた。


「はい、これでQの六十七パターンは完成となります。順次あちら様のサーバーへ転送中」


 報告に小さく頷き、男は作業を続ける。目はディスプレイのCG動画をチェックし、手は絶え間なくキーボードを叩いている。思いつく限りの注釈や留意点を書き連ねていく。


「Tシリーズのタグは『野戦』『勾配地形』『対騎兵』『兵数差なし』の他に何か追加しますか?」

「短期決着、灰騎二百騎消耗、NPC遊軍騎兵隊有りが望ましい」

「三つ目はほとんどのシリーズに共通しますから、前提条件扱いとし、必要のないシリーズに『NPC遊軍騎兵隊必要なし』とタグ付けしてみてはいかがでしょう……承知しました。ではそのように」


 やり取りの合間にも新たなデータがストレージへ送られてくる。


 男が口頭や略図で説明したものをまとめ上げて文書化するにとどまらず、それを元にしたCG動画まで数分で制作してしまう情報処理能力……何らかのAIを利用しているにしても物凄まじい。


「それにしても、プロゲーマーとはとてつもない職業ですね。統計学的なようでいて直感が必須であり、予測可能性を追求する一方で閃きとしか評しようもない発案をする……フフフ……前職でコンピューター囲碁に関わったことがあるのですが、なるほど、これが理論上の不可能を可能たらしめるイレギュラーというものですか」


 飲んでなお別の飲み物が欲しくなる奇怪な飲み物、スムージーとやらをすする。


 男は結論づけている。このままいけば神剣イベントは失敗する。異鬼が出現したからだ。あれは単体戦力として灰騎に勝るとも劣らず、血眼を率いての部隊戦力は灰騎のそれを凌駕していた。勝てるものではない。


 ―――妖精のナビゲートがぬるすぎる。


 投稿された動画を見るにつけ感じるのはそれであった。HUDを駆使してプレイヤーを誘導し、組織だった戦いを演出してはいるものの、判断自体が最適とは言い難いため異鬼に読み負け競り負ける。


 妖精がAIであれ人間であれ神であれ、男の知ったことではなかった。


 しかし動画の様子から察するに学習する存在ではあるようだから……男は成長を促すことにしたのだ。


 すなわち考えうる限りの戦術をデータ化して送り付けている。送り先として選んだのは妖精のデザイン元に違いないVtuberだった。最初のメールですぐにも応答があった。やはり妖精システムの関係者であるという。諸々を協議し、現在のデータ納入形式に至ったわけだが。


『イレギュラーかあ。確かに。ゲーム星人ってやつはホントとんでもないからね』


 タブレットにVtuberが常駐するのはどうなのかと思う。シンプルに邪魔である。


『きっとこの男も単独で巨大な悪魔とか機動兵器とかやっつけてくれちゃうんだぜ?』

「なるほど、ゲームにはいろいろとジャンルがありますからね……フフ、スイカもたくさん消せそうです」

『そ、それはどうかなあ。常識的でゲームらしいゲームは興味ないっぽいし』

「はて、ゲームらしくないゲームとは?」

『んー、クソゲーとかマゾゲーとか死にゲーとか?』


 しかも二人で会話する。うるさいことこの上ない。しかしどちらもデータ処理のマルチタスクを男とは比べ物にもならない速度と精度で行っている。そうであるからには批判できない。


 男は神剣イベントを成功させると決めた。決めたからには難敵難戦に勝利するための最適を行動する。


 必要なことは全てやる。たとえ心底やりたくないことでも。



  R0>戦闘計画を共有したい。



 神剣十将チャンネルにそう書き込むや、少人数とも思われない勢いで書き込みが連続した。挨拶や賛辞、自己紹介や戦歴評価など内容は様々であったが長文が多かった。半数以上からビデオ通話を要求されたのは辟易した。R6がネットスラングを連発してうやむやになったが。


 男は十将の個体識別もしたかった。作戦を立てるためだ。R2からR9は書き込みからどの灰騎か判別がつき、R10も消去法的に特定できた。


 R2は大槌使いの勇者。R3は両刃斧と丸盾の海賊戦士。R4は二本角の双剣弓騎兵。R5は鬼面で二本差しの武士。R6は一本角の槍騎士。R7は髑髏兜で特大剣使いの狂戦士。R8は幅広剣と大盾の超重戦士。R9は兎耳の軽装暗器使い。R10は曲面装甲の変態……もとい戦闘的なコケシ状の何か。


 R1はいない。男は、R2からR10以外の灰騎を僚騎としたことがない。つまり神剣イベント開始時点で累計スコアランキング一位だったプレイヤーが、僚騎として召喚されるより早くゲームを離れている。


 あるいは異鬼となっている。R2はそれを強く疑っているようだ。



  R2>深淵MODというものを、皆さんは知っていますか?

  R6>いかにもな都市伝説としてならチラっと

  R4>血眼プレイができるという噂のMODですね

  R9>非現実的 非推奨 非合法 

  R3>異鬼はプレイヤーを学習したAI。。。ちがうの?



 どうでもいい議論と感じたから、男は戦闘計画を投じた。城砦軍のためのものとは別に作成しておいた、山塞軍のためのものである。



  R5>群に対して個で当たるのではなく、軍に対して軍で当たるということか

  R7>数が足らない分は質で補うしかないね! あと速さ!

  R8>機動戦か。確かにそれが正解だろう。



 戦術の理解度は武士、狂戦士、超重戦士の三体が高いようだ。それを記憶に入れつつチャットツールを閉じた。もう開くことはないだろう。


 最後に、妖精システムをインストールする。


『いやー、とうとう! とうとうだね! これからは可愛らしくも頼もしい戦場のお供として―――げえ!? 画像無し設定! しかも消音! HUDガイドすらキャンセル! こ、これが「お前を消す方法」というやつ……!』


 男の言葉を聞き取ることだけだ、男が妖精システムに望むものは。他は邪魔でしかない。


 戦場には戦場さえあればいいと男は考える。生と死が乱暴に行き交う砂塵こそが戦いに相応しく、電子的な情報は無粋なばかりか感覚を阻害する。戦勘を鈍らせもする。


 ずっと、男は戦いたいだけだった。


 美しいものを目撃して、胸に熱いものを焚き、醜いものを叩き潰したかった。それだけを望み、過酷な戦況においても望みを果たすべく技術を磨いた。イモータルレギオンには本質的に勝利などなく、どうあっても死ぬよりないのだが、死を重ねるたびに戦闘へ純化してきた。


 今は、もう一つの望みが加わっている。あの食いしん坊少女の安寧だ。


 あれは新しい。ああも一生懸命に食べられてはもっと食べさせたくなる。温かく安全な場所で、好きなだけ好きなものを食べて……世界で最も幸せな人間は自分なのだとうぬぼれさせたい。満腹でいる間だけでも。せめて。


 そのためには戦勝が必要だ。神剣イベントを良い形で終わらせなければならない。


 ―――次で決める。


 全体として戦況は悪いものの、山塞軍にしろ城砦軍にしろ帝都へは近づいている。どちらもあと一戦でいい。次を快勝しさえすれば帝都へ届く。


 そのための最善を万端準備すべく作業を続け、数分経ったのか。それとも数時間や数日が経ったのか。


『ん、来た! 聖殿軍団が接敵したよ!』


 Vtuberが声を上げた。誰ぞプレイヤーの実況動画を見てのことか、それとも運営サイドとのつながりからか。正確な情報であるならどちらでも構いやしない。


 VRゴーグルを装着した。


 映し出されるのは誰かの視界ではない。複数のプレイ画面がオンライン会議よろしく並んでいる。戦場の略図が端に表示されており、プレイ画面を選択するとそれが戦場のどの位置からの視界かわかるようになっている。急造にしては本格的なインターフェースだ。そう何度も使う予定はあるまいに。


「野戦、草原地形、対混成軍、兵数差六倍」

『Dシリーズを軸に戦術パターンをセット! 各妖精、戦術ナビゲート開始!』


 唇を舐めた。唾を飲んだ。そっと何かが触れてきたが、どうもストローのようだから顎でうっちゃった。「これは失礼」などと聞こえたが無視する。


「敵両翼の騎馬隊に注視。異鬼を探せ」

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