第19話 死にゲーとメッセージ

 親愛なるプレイヤーへ。


 このメッセージは君への感謝であり、啓蒙であり、要請である。


 まずはありがとうと言わせてほしい。君のようなプレイヤーが現れることを我々は待ち望んでいた。先天的な戦いの才能と、後天的な戦いへの渇望とを、ゲームにおいてしか発揮も解消もできない代わりにゲームにおいては圧倒的な結果を叩き出せる人間……研ぎ澄まされたゲーム攻略者である君こそが、我々の求める人間なのだ。


 すでに察していようが……いや、興味もないであろうから今更の自己紹介をしよう。わずらわしかろうが入院諸費用を出資された者の義務と思って読んでほしい。果物に関する珍妙な要望も叶えているのだし。


 我々は、イモータルレギオンの開発者であり運営者である。


 同時に、とある異世界においては三神として信仰されている存在でもある。


 前者はともかく後者ですらも、君にとってはどうでもいいことであろうと予測する。どこまでも主観的に世界を捉えているから、良くも悪くも体験が全てであり、ゲーム攻略に関与しない全ては雑音でしかあるまい。君のフィルター……哲学、死生観、価値観、嗜好、体調などの総合的取捨選択傾向が、何かを雑に見捨てる一方で何かを繊細に拾い上げる。


 君はイモータルレギオンを生きている。積極的にあちらを生きようとしている。


 一点だけ……報告書によればアニマルセラピーにも関心があるとのことだが、それは才能の鈍化や錆付きではあるまいかと懸念している。努々集中してほしいものだ。


 さても、イモータルレギオンとは異世界の実戦である。


 君は、ゲームを媒介にして異世界の戦争へ直接的に介入している。


 実のところこういった超常現象はしばしば起こることなのだ。ここ最近はVRゲームを媒介とするものばかりだが……かくいう我々も今回で二度目である……以前はビデオゲームが多かったようだ。古くは書物が媒介となることが専らであったと伝え聞く。興味がわいたのなら「アウリン」や「OVERS」、あるいは「いもでんぷん」といったキーワードで検索してみるといいだろう。運命に選ばれた人間特有の印が君にもあると気づくかもしれない。


 いずれにおいても共通することは、異世界に破滅の危機が訪れているということだ。現地の人間による自力救済が叶わないほどの危機だ。我々は救世主、ないしは救世主の与力を派遣しなければならない。


 今回は、主として君だ。


 数多くの与力を送り込んでいるが、君がその筆頭……いや、「群狼の抜群」と言うべきか。


 君よ、どうかあの世界を救ってくれたまえ。


 現状は厳しい。先の敗戦の影響は深刻であり、我々の力もひどく制限され、十分な支援体制を整えられていない。しかし現在進行中の「神剣イベント」が上首尾に終われば状況は改善する。少なくとも拮抗状態にまでは持ち込めるはずだ。


 君よ、君よ、灰より出ずる騎士よ。異世界の無敵であれかし。


 警戒すべきは這い寄り出ずる異鬼。彼奴めも無敵であるからには。






「ああ、それは出資者からのメッセージですね……フフフ、そうです。実は貴方のお父様が支払いをされた事実はございません。正確に申し上げるなら、支払わずともよいことになったのです」


 なぜか得意げなコンシェルジュを胡散臭く思いながら、男はタブレットを手に取った。バッジ取得者向けチャットツールを起動する。


「そのタブレットもゲーム機器も出資者より提供されました。送り主も送り先もない特別な輸送で、貴方の手術が終わるよりも早く届くという非常識は何を意味するのでしょう。退院以外のありとあらゆる便宜が最優先で図られるというVIP待遇も何かを示唆します。導き出される真実を言葉にしましょうか……フフ……言葉にしてみましょう…………あの、言葉にしてもいいですか?」


 チラリとおしゃべり女を見た。黒猫柄のマグカップを手に前のめりである。目が合うとフフンとばかりにまた姿勢を正した。


「貴方、プロゲーマーですね? 大企業が手厚くスポンサードするほどに人気と実力を併せ持つ……そうなのでしょう?」


 チャットはどのチャンネルもかなり荒れていた。書き込みが多すぎて数よりも勢いで判断した方がいいほどだ。検証用にとアップロードされたプレイ動画も数多く、収拾がついていない。


 城砦軍が大打撃を受けたからだ。


 交戦した血眼二千騎は威力といい速度といい見たことのないレベルだった。戦いの様子をまとめるとその異常性がよくわかる。斥候隊を恐らくは奇襲でもって壊滅させ、逃げ戻れた数騎を追うようにして本隊を急襲、一気に本陣へまで突破した。NPC兵とはいえ三万数千という兵力に対して、わずか二千騎が一撃にしてそれをやったのだ。


 危機を救ったのは見知った灰騎だった。


 派手な兜飾りと獅子の意匠の胸甲がいかにも勇ましい、大槌を得物とする重戦士……神剣十将チャンネルの記述によればR2と表記される灰騎のようだ。機動がやや鈍重であるも攻撃力と防御力を最高水準で両立しており、戦勘にも優れる。どこかしらヒーローアニメのような動きをするから印象に残りやすく、男も何とはなしに「勇者」とあだ名していた。


 そんな勇者が、敵の最先鋒にして最強と思しき血眼を食い止めた……食い止めることしかできなかったと見るべきか、それとも、食い止めることをやってのけたと見るべきか。


 異様にすぎる、その血眼は。


 見た目は男が小都市裏路地で遭遇した血眼に近く、差異としては騎士的であるか騎兵的であるかというような範囲に収まる。同一個体ではないにしろ類似存在ではあるのだろう。硬質の紅瞳という共通点も無視できないが。


 ―――考え方が俺と似ている。


 まず武器の種類が同じだ。騎乗戦闘専用に薙刀、徒歩戦との兼用に片刃剣、汎用に投擲斧……男がそれらを月光シリーズでそろえたのに対して、その血眼もまた何らかのシリーズでそろえたかのようだ。一式効果があちらにもあるものか。


 騎馬での仕掛け方も、男ならそう動くというやり口だった。


 勇者が最も嫌がること……すなわち勇者のオペレーターを狙う。どこかで見たような気のする小柄な術者だ。それへ跳びかかる素振りでもって勇者を揺さぶり、大技を引き出す。その打ち終わりを衝く。隙が小さければそのまま術者を獲ってもいい。


 まさにそのように展開した攻防は、しかし勇者の体当たりによって仕切り直しとなった。


 大技はフェイクだった。大槌を捨てるまでして隙を偽装し、重装甲の優位性をぶつけた形だ。見事なフェイントであるが、仕掛けに優った勇者の方がむしろ動揺していた。その一撃で決めるつもりだったのだろうか。それとも型のような綺麗さで終始したことが原因か。


 ―――新規の攻防ではなく既知の……ということか?


 漠然とではあるが、このところ男は一つの疑念を抱き続けている。


 ―――血眼にも、プレイヤーが?


 裏路地の石畳へ刻まれた「XD」が思い出される。あれはプレイヤーの合図だ。物置部屋の遺骨も思い出された。あれは立ち込める闇の中心だった。あるいは灰騎における篝火のようなものではなかろうか。


 ―――全部なのか、一部なのか、数えるほどなのか。


 勇者との間合いを切って、その血眼は馬首を返した。男でもそう行動しただろう。


 ―――どうであれ、強い。こいつは。


 戦場には遅ればせながら灰騎が出揃いつつあったが、その出鼻をくじくように突撃していく。単騎ではなく血眼数百騎を糾合し、従えつつである。駆けるほどに血眼が集まっていく。灰騎は灰騎でこの頃は組織立った戦い方をするのだが、それを容易く翻弄し分断し打ち崩く。黒い大蛇のように陣地を這いまわり、思うさま血肉を喰い散らかす。


 何度となく召喚術士の集団を狙ったが、NPC兵が堅陣を組んで強固に抗った。一度ならず崩れかけたがそのたびに弾き返したのは勇者である。機動力を捨てて最後の砦であることを己に課したのだろう。


 そんな勇者がついに倒れようとした時、敵の切っ先も槍先も一息に斬り払って新たな灰騎が出現した。


 剣DOだ。時代劇めいたその構えと睨みつけ。


 その後は混乱も収束する方向へと推移したが、最後の血眼が霧と消える頃にはおびただしい数の死体が戦地を埋め尽くしていた。神剣精鋭チャンネルの書き込みによると、城砦において当初は七万を数えた兵数が、その時点でついに二万を下回ったそうだ。戦闘可能な数となるとさらに減るとのこと。


 異鬼という名詞があちらこちらで増えてきている。


 誰が使いだしたのかは定かでない。例のVtuberが言い出したのか、それとも誰ぞプレイヤーなのか。


 神剣十将チャンネルにも書き込みがある。



  R2>あれが異鬼なら、裏切り者か闇堕ちかという話になると思います。

    >呼吸氏に似たあの戦闘スタイルは、R1のものだからです。



 息苦しさの中で、男はVRゴーグルからの合図を待ち続けている。


 コトリと音を立ててベッドテーブルへ置かれたものがあった。


「何を言わずとも結構です。どうぞこれを。ここに来る以前の貴方には当たり前であったろうものを、今ここで許される形で再現いたしました……戦いに臨んではご入用でしょう?」


 蓋とストローつきのプラスチックタンブラーだ。油性マジック的な何かで「ドラゴンフルーツとキウイのスムージーとろとろハチミツミックス」と書かれている。猫的な何かも描かれている。


 エナジードリンクがああの、ゲーム大会はどうのとかしましいから、男はとりあえず一口飲んでおいた。


 多少は静かになった部屋で、戦いの脳内シミュレートを繰り返した。

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