第15話 死にゲーのライブ映像

 霧散る。灰散る。数多散る。死に死して殺し殺さるる剣槍の喧騒。


 目前に迫る血眼へ反応するも、剣が動かない。それどころか盾で防いだ。悪手だ。畳み掛けられて体勢が崩れた。無理に持ち直そうとせず、馬を使って威嚇するなり仕切り直すなり―――強引に打ち合ってしまった。組み合って、騎馬の力比べに膠着した。周囲の敵味方も五分五分、いや四分六分か。この流れを変えるためには……。


 目を閉じ、最善手を探る思考を無理矢理に止めて、男は思う。


 イモータルレギオンのプレイ動画はVRゴーグルで見るものではないのかもしれない。疲れる。しかもライブ映像だ。なおさらに疲れるのでは。


 一度ゴーグルを外して水を飲んだ。着ける前にLEDランプを確認する。点滅なし。


 このところ、男への召喚要請がない。小都市攻略戦の後に中規模の防衛戦が一度あったきりだ。


 チャットツールを覗いたところによるとイベント自体は進行しているらしい。山塞軍停滞の意図は小都市の継続的拠点化および軍の一時休息ではないかと言われている。


 ―――いいさ。呼ばれたなら戦うまでだ、俺は。


 イベントの不自由さを罵る声は聞こえてこない。文面からそこはかとなく香る忍耐強さ。


 イモータルレギオンの累計スコアランカーとは、つまるところがそういう人間の集まりなのだ。理不尽という鍛冶屋に鍛造され、不条理という研ぎ師に研磨されて、何らかの「戦う形」をこしらえ終えている……男はそんなことを考えるようになった。


 様々なプレイヤーの戦いを視聴したからだ。主に神剣イベントタグでの検索だが、目を引くプレイヤーについては過去動画もチェックした。


 そこには、いつかの自分がいた。


 もちろん自分ではない。しかし、どこかしら異なるものの自分と似ているように感じられてならない誰かたちが、自らの戦場で死力を尽くしていた。技術の巧拙はあるにしても、戦いの創意工夫が手に取るようにわかった。戦いの流儀とでもいうべきそれが、つまりは「戦う形」である。


 今回のプレイヤーは神剣精鋭バッジ付きであり、技術はあれど判断ミスが多いタイプのようだ。 


 おそらく攻撃パターンの少なさが原因している。盾で防いでからシールドバッシュへつなげるか、剣で武器を叩くパリィを入れるか……どちらもとても巧みだが……敵を崩すことにこだわりすぎる嫌いがある。


 ―――得意を押し付ける、では限界がある。


 男にもかつてはその時期があった。だからこその理解だ。このプレイヤーが更なる強さへ至る鍵もわかる。敵の観察だ。観察することで狙いがわかる。狙いがわかればチャンスがわかる。チャンスを活かし続ければ、いずれ狙わせる術もわかるだろう。狙いをコントロールすることでチャンスを好きに生み出せるようになるのだ。


 力比べには勝った。実力でねじ伏せてのけた。別な血眼へはシールドバッシュが上手く決まった。勢いづき押し込んでいく。


 ―――危ういな。味方の不利をわかってのことか? 


 プレイヤーの声はない。後付けで字幕や音声を乗せた動画も出回っているが、リアルタイムではできようはずもない。代わりに聞こえてくる、いかにも余計な声がある。チラチラと映り込みもするのだ、それは。


「灰騎隊、残り九百をきったよ! 血眼の方は二千五百を下回ったところ! 頑張って!」


 視界右下に小さな少女がいる。妖精システムとやらだろう。


 ゲーム内というよりはインターフェース上に存在するようで、半ば透過しており、画面がどう揺れようともお構いなしに居座っている。先日知ったVtuberを連想させるデザインだ。


「そうだね、でも大丈夫! 今日、神剣十将の人も来てるし! きっと、きっと大丈夫!」


 視界が大きく動いた。戦況打開のチャンスを味方の中に探し求めたものか。


 ―――やはり、危うい。


 プレイヤーが周囲を見渡したことで形勢が視認できた。


 味方は三百騎前後の集団三つになんとはなしにまとまっており、全体としてはこのプレイヤーのいる集団を頂点とした三角形になっている。陣形というよりは、多数に少数がぶつかることで生じたものだろう。


 対する敵は、三百騎強の集団が八つあって、三角形を七割方包囲するように展開している。血眼の獰猛さもあってかなりの圧迫感だ。多勢の有利がいや増しに増していく。キルレシオの変化も急速かつ一方的に違いない……敵集団の一つが完全包囲へ向けて動き出した。


 後方、NPCの本隊から騎馬隊が来る。包囲を阻もうというのだろう。既視感のある動きだ。戦況の推移も予想がつく。NPCの被害が拡大したところであの強力極まる灰騎が登場するのか。


 ―――何様のつもりだ、あいつは。


 歯ぎしりした。男は、今はっきりと剣DOなるプレイヤーを嫌った。あれは自分とは違うし、ああはなりたくない……自分でも驚くほどの反感が生まれ、たまらず口に出した。


「……行け」


 愚痴や暴言ではない。指示だ。過去の自分のような、このプレイヤーへ向けてのものだ。


「一騎一騎に固執するな。攻撃も無用。身を固めて駆けろ。騎馬を動かせ」


 声が届くことはない。コメントでも打てばいいのかもしれないが、キーボードデバイスは手元にない。ただ考えを言葉にする。一度してしまうと止まらなくなった。


「跳べ。熱力を使って跳び越えろ。この集団の中には髑髏兜のやつがいる。意図がわかるはずだ」


 不思議なことに、プレイヤーはまさにそのように動き出した。はじめは戸惑うような素振りだったが、目の前の敵を斬り払って間合いを外し、馬へ拍車をかけた。熱力を使って跳躍した。


「周囲を威嚇しろ。討たなくていい。討たれるな。すぐに味方が来る」


 剣ではパリィを、盾ではシールドバッシュを、それぞれに仕掛ける仕草だけで周囲を牽制する。男は頷いた。それでいい。殺意が集中してくる。つまりは敵集団の矛先が乱れる。その乱れは大振りの攻撃を許す隙となるだろう。


 そら、敵の一角が崩れた。特大の両手剣を振り回して髑髏兜がやってきた。


「跳び続けろ。二時の方向へ包囲を抜けるんだ……ストップ、そこは迎撃だ。少し耐えろ……今だ、跳べ!」


 男の声からわずかに遅れて、キャラキャラと聞こえる声があった。


「うんうん、そうだよ、ジャンプし続けるんだ! あっち、マーカー示した方へ! あ! ちょっと待って今危ないみたい! 頑張って! 負けないで……ん、今! ジャンプ!!」


 妖精だ。妖精が男の言葉をプレイヤーへ伝えている。偶然のはずもない。男の声を聞いているのか、それともAIのディープラーニングとやらで男の戦い方を学び取っていたとでもいうのか。


 どうあれ、勝つことだ。集中する。戦場の最善は一瞬の見逃しで最悪ともなるのだから。

 

「駆け抜けろ。突破したら右方へ旋回だ」

「突っ走れえ! 突破したらマーカーの方向へターンだよ!」


 髑髏兜の灰騎が殲滅力に優れるということもあるが、騎馬の勢いさえ取り戻せば突破はそう難しいことではない。もとより灰騎は個の力で血眼に優るのだから。


 多少討ち減らされたものの、三個集団は縦に並ぶようにして包囲を脱した。一個集団くらいは抜けられず叩かれると考えていただけに嬉しい誤算だった。思いのほか連携がいい。「挑発射撃があればなおいい」と口にすると、よしきたとばかりに後方集団から騎射が放たれた。


 ―――指揮を執っている気分だな。


 それならばと細かな指示を増やした。おおむね伝わる。伝わらなさからできうる最善を測る。


 NPC騎馬隊を襲う血眼集団へ後方からぶつかった。髑髏兜を先頭にした強襲だ。ひと当てで半数以上を屠り、後続の攻撃で残余も葬り去った。


 灰騎を包囲していた血眼七集団はひどい有り様だ。灰騎を追うどころか血眼同士が方々で衝突している。その狂猛さが完全に仇となったのだ。二千騎以上もいて、高速移動する目標をそれぞれに追おうとしたのだ。混乱して当前である。隙だらけだ。


「三個集団、順番に突撃する。第一集団、敵左方へ突撃。その十秒後、第二集団、敵中央へ突撃。さらに十秒後、第三集団が残る敵へ突撃だ。第一集団、準備でき次第、突撃開始」

「ABC、チームごとに突撃だー! 私たちはAチームだぞー! マーカーチェック……レディ……GO!」


 かくも仕切り直せたからにはもう優勢は揺らがない。


 灰騎それぞれの奮闘が戦果を挙げ、突撃が重なるたびに戦果が拡大する。血眼を圧倒していく。もう指揮の必要もない。この場の灰騎は誰もが一定以上の技術を有している。戦果を競うように勇躍する様は実に見応えがある。


 ―――出てこないか、あいつは。


 剣DOなるプレイヤーの操る灰騎は最後まで姿を見せなかった。温存したのか、それともログインしていないのか。実のところ彼あるいは彼女のログイン率はあまり高くない。途中で落ちることも多い。そこも男は腹が立つ。何かしら馬鹿にされている気がするのだ。


 ゲームは、ゲームでしかない。正論だ。月が三十八万キロメートル離れた衛星であるように。


 しかしイモータルレギオンは、男が男であれる戦場なのだ。寂寞の月が静かに照らすところの。


「……戦えよ。お前にはそのための力があるだろう」


 剣DOへ向けて吐いた言葉が、どうしてか妖精を振り向かせた。目が合った。神妙な態度で「がんばる」と答えられた気さえしたが。


 さっさとVRゴーグルを外した。水を呷った。


 まだ召喚されない。苛立たしい。あの子は安全な状況にある。喜ばしい。男はタブレットへ手を伸ばして、手に取って、ジッと画面を見下ろして……また、VRゴーグルをかぶった。

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