第14話 特別サービスと死にゲー
「黒猫のケンちゃんが怪我をしていたのです。どうも首の後ろを他の猫に嚙まれてしまったようで」
コンシェルジュの声を聞き流しながら、男はタブレットを見ていた。ユーザーアカウントへ、イモータルレギオン運営からメッセージが届いていたからである。
いわく、神剣イベント限定の特別なサービスを二種類提供するという。
一つはユーザーサポートAI「妖精」システムとやら。プレイングについて様々なアドバイスを受けられるとのことだが、今更だろうと男は思う。ゆえに設定画面も開かない。
もう一つはイベントバッジ取得者向けチャットへの招待だ。
ハイパーリンクを踏むと、一般的なビジネスチャットツールのような画面に飛んだ。チャンネルがいくつか並んでいる。上から「#神剣騎兵」「#神剣精鋭」「#神剣十将」とある。
とりあえず一つ目を見てみると、そこではスキル構成や装備購入についての言い争いが起きていた。何とも若い話題である。ミッション達成度によって得られるポイントを、男は久しく数えていない。ポイントショップも覗かない。ゲームを起動するなり召喚待機場面へダイレクトアクセスしている。
「狩りとは異なる、同族への攻撃性の発露……怒りからか恐れからか……自分勝手な気もしますね。誰しも自分の似姿のようにしか他者を理解できないものでしょうに」
二つ目のチャンネルではキャンペーンミッションの過酷さが盛んに書き込まれている。その内容はおおむね男が剣DOなるプレイヤーのプレイ動画で見たものに等しいが、新たな展開も読み取れた。
城塞の軍は帝都への進軍を開始したが、かなり無茶なやり方をしているようだ。
距離の最短を狙っているのか、はたまた別の狙いがあるものか、街道を外れることを厭わない進み方をしているため遭遇戦ミッションが立て続いている。書き込み内容は各種野戦の見本会場のような有り様だ。当然NPCの犠牲は相当のもので、その凄惨さを嘆くプレイヤーが多い。
>マジな話、クラン作らないか? チャットと妖精使えばある程度形になるし
>このままだとNPC護れないしな……俺は賛成するし参加したい
>チームワークは実際大事
>神剣騎兵の連中も巻き込めるといいんだけど
>剣DO氏と呼吸氏を巻き込みてえええええ
>ジュマ神に音頭とってもらうべく私はマシュマロを投じるのだった
今までにない流れも生まれている。そうさせるだけの難易度ということか。
「怒りにしろ恐れにしろ、逆に同族を結束させもします。その差はいったい何でしょう。敵の有無……いいえ、敵の強大さでしょうか」
チラとVRゴーグルを確かめた。LEDランプは沈黙している。
食いしん坊少女の軍は村や町といった拠点をたどるように進んでいる。そうすることで補給を容易くし、主に防衛戦でもって血眼に対処しているのだろう。消耗を避ける方針が察せられる。男はそれを評価している。
もしも、あの軍が危機的な状況になったなら。
自ずと顔が強張った。VRゴーグルを一瞥してから目を閉じる。死にゲーを死にゲーとして楽しめなくなるのは悪夢でしかない。口中で「クソデッド」とつぶやいた。
「……フフフ……」
最後に三つ目のチャンネルを開いた。名前をシンプルに理解するのなら神剣十将用のチャットである。
R4>やはりワタシたちは助攻で、主攻団体の帝都進軍と連携したものなのでしょうね
R8>ベルリン進攻でなし、包囲される危機は常にこちらにある。合流すべきだ。
R9>血眼の祖国的動員数に常識的戦略は無意味 首魁の斬首が最適解
R4>帝都に敵リーダーがいる保証はありませんし、そもそも敵の組織体系がわかりません
>また、神剣を帝都大祭場へ輸送することがイベントの目的とも噂されています
R8>首都に国旗を掲げるという類の象徴的行為に思えるが。
戦争の話をしている。堂々とした文言で、どこかしら賢しげに。
男は戦いの大枠の話が好きではなかった。何をどう解釈したところで、戦争がいいものとも美しいものとも思えないからだ。美談にしろ英雄譚にしろ原因となった悲劇を肯定するものではない……少なくとも男は肯定しない。
「群れて生きようと、群れずに生きようと、生き物は争わずにはいられないということでしょうか。それともあるいは、争う内はまだしも生きているということなのかもしれません。楽園実験の例もありますから」
男は争いを厭わないが好みもしない。
ただ、戦いたいだけである。
スポーツでも武道でも格闘技でも、男は夢中になれなかった。やがてゲームへ行き着いたが、何かが足りなかったり、すぐに飽きたりと惜しい思いを重ねて……イモータルレギオンに出会った。このゲームの戦いだけが、男に我を忘れるような時間を与えてくれる。全力と最善を尽くさせてくれる。
R6>あのー、呼吸氏ってここに参加してるんですよね?
R5>チャンネルメンバーの「R0」がMrブレスだろう。おそらくは。
R7>ワゥ! チャットでもいいから対話したいね! 彼は完璧だ!
R3>完璧以上かな。。。だって彼、今度は一人で小都市落としたよ?
気になる記述があった。小都市攻略戦。まさにあの場の不可解を知りたく思い、つまらない文字列へ目を通している。
R8>どういうことか詳細を求む。
R9>最新作戦の参戦者?
R3>呼ばれたのはボクと、ユニコーン騎士と、オニオン重戦士。。。
R6>ってことはあなたがヴァイキングか……オニオンはR2で、ユニコーンは俺ですわ
R4>それはそれは、何度かご一緒していますね
>ワタシは二本角の弓騎兵です
R3>都市外の敵を一掃したあと、彼が市街へ入っていくのを最後に見たよ。。。
R4>なるほど、市街掃討戦が起きなかった理由はそれですか
R6>あの二本角か! アーチャーktkrwwww
どうもこれらは僚騎たちの会話らしい。つくづくイモータルレギオンは素晴らしいゲームだと思う。灰騎が発声できる仕様であったなら僚騎召喚は苦痛だったろう。
R4>ベルセルクファンが誰なのかは気になりますね
R7>狂戦士の鎧で暴れてるよ!
>自動翻訳で国籍もわからないけど、オタクはオタクがわかるね!
R8>慣れ合う必要はないが、R0とだけは連絡がとりたいところだ。
R4>今のところ発言がないのはR0、R1、R10ですね
R6>とりま俺とR2は日本人ですねー
>R0はゲーム星人説ありますなー
チャットツールを閉じた。VRゴーグルは沈黙している。
「フフフ……私などは実験末期のネズミそのものです。狭くも素敵な箱庭で、愛でたいものを愛でる日々に心から満足しています。糧を得るための労働も最小限に留めて……おっと、今の貴方にはまた揶揄として届いてしまうかもしれませんね?」
吐息し、改めてベッドテーブルの上の品物を見た。
ドラゴンフルーツである。今晩、とうとう現物がやってきた。固形食になるやいなやだ。カラフルで奇怪な造形をしており、その名のごとく巨大爬虫類の卵を思わせる。食べ物には見えない。
「……そろそろ、貴方にも役割を果たしてもらいましょうか」
中身は、外見とうってかわってぞんざいなものだ。房も粒もなく、のっぺりとした白色に黒ゴマを散らしたかのようである。食べ物とは思えない。
コンシェルジュは怪しげに微笑んでいる。やはり食べきるまで居座るつもりか。
「まずはこれらを読んでください。全てを読み、全てに同意し、全てに協力してくれることを私は望みます。ここ数日の貴方はとても調子が良さそうですから、きっと素晴らしい働きをしてくれるでしょう……フフフ……フフフフフ!」
面倒くささを露骨にしつつ、渡されたプリント類に目を通した。
特別個室利用者アンケート。アニマルセラピーにまつわる希望書およびサービス拡大願い。ベッドでできるリハビリプログラムのモニター申請書。入院費用支払者からのメッセージ文書。
まだあるが、もう確認したくもなかった。
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