第11話 聖騎士と義勇軍編成

「あ? 灰騎が怖い? そりゃお前さんがまともってだけだ」


 何言ってんだこいつという態度で言い切られ、アレンヌは目を瞬かせた。


 山塞の第一曲輪へ砦兵集団を訪ね、調練に参加した後、井戸端で教えを乞うている。砦の上位騎士ラマウットはアレンヌの知る限り最も精強な古強者だ。髪にしろ髭にしろ白髪交じりで灰色がかり、どこか雰囲気が灰騎と似通う。


 そんな男へふと悩みを漏らしたところ、鼻で笑われたわけである。


「ようは死なねえ死兵だろう、あいつらは。まともに生きてえやつからしたらおっかなくて当たり前だっつーの。試しにそこらの民へ聞いてみろよ。血眼と灰騎とどっちが怖えかってよ。どっちかでも答えたやつは灰騎も怖えってこったぜ」

「……ラマウット卿は怖がっていないようですが」

「まともじゃねえからな。ここに集った連中はそんなんばっかさ。まあ、お前さんも大概っちゃ大概だがね」

「どういう意味です」

「聖騎士のくせに聖殿軍団に配属されず、破門された公爵へ肩入れし、坊主へは相談する素振りもなし」

「そ、それは」

「いいと思うぜ? 俺だって掲げる旗くらいは選ぶからなあ」


 頭髪をガシガシと乱された。どうにも低身長というのは子ども扱いを受けやすい。下手をするとポイと姉妹のように見られている気配もあった。遺憾である。


 曲輪を辞して、中庭端の長椅子へ腰を落ち着けた。物思う。


 ラマウットの指摘は痛いところをついていた。アレンヌは祭殿との関わり方を迷っている。


 祭殿の権威は絶大だ。大陸に三神を信仰しない者はなく、その祭事を司る機関こそ祭殿なのだから。召喚術も祭殿の管轄する技術技法であり、特別な洗礼を受けた女性のみが会得できる。膂力の問題もあって召喚術士の多くは最低限の兵法を修めるに留めるが、訓練し騎士叙任まで受ける者もいないではない。彼女たちを聖騎士という。


 そんな一人であるアレンヌだが、城砦へ訪問した際、祭殿の頂点である大僧師との面会を避けてしまった。


 会おうと思えば会える事の運びだった。しかしどういう顔をして会えばいいのかわからなかった。大僧師を「剣呑坊主」と謗る公爵を憚ってのことではない。灰騎の解釈について、祭殿の教えに疑問を感じてしまったからだ。


 教会は言う。灰騎とは、かつて戦場に倒れた騎士の再臨した姿であると。


 他方、皇女は言う。灰騎とは、血眼と大差なき狂猛な化け物であると。


 しかしアレンヌは頷けない。なぜならばアレンヌは知る。どちらの言葉をもってしても説明できない存在を。あのとてつもなき灰銀の狼を。


 ―――名誉求めぬ剽悍。理性冷たき獰猛。かの灰騎の在り様は、研ぎ澄まされた刃そのものだ。


 短剣をわずかに抜いた。数打ちの、これという特徴もない一本だ。敵を斬るためだけの鈍色はアレンヌの面影を映さない。無言の鋭さに問う。携えるに相応しい心構えはありやなしや。


 よいしょ、と声がした。長椅子の隣からだ。


「や、やあ、アレンヌ卿。熱心なことだが、その、あれだ。あまり気に病まんようにな? ラマウットは、ほら、とても口が悪いから」


 話しかけてきたのはルオ・レギオ・ピウマイネン城伯だった。冴えない風貌と物腰だが、三万兵力を有する砦の司令長官であり、アレンヌにとっては軍令上の上官となる。


「ありがとうございます、城伯閣下。しかし指導を求めたのは私です。今も教わったことを噛み締めておりました」

「そうか、それなら良かった……あれは兵としても将としても卓越しているからね。学び取れることはたくさんあると思う。本当のところ、兵の指揮なんかも全部やってもらっているんだよ。私はお飾りもいいところでねえ」


 周知の事実ではあるが、そうですねとも言えず、アレンヌは曖昧に流した。この城伯がもとは裕福な伯爵領の領主であり、神国派の主要貴族の一人であったことも有名である。


 そんな城伯が、なぜ書状ひと巻きで山塞へまでいそいそとやってきたのか。城伯と公爵のつながりが途絶えていなかったのならば簡単な話だ。公爵は砦に強力な支援者を持っており、北東地域回復の戦略も二人の間で入念に検討されたものだったのだろう。


 ―――私には見えないものを見、考えつかないことを考える人たちがいる。


 頼もしかった。北東地域におけるこの頃は、傑物たちの頼もしさに触れて己の不甲斐なさを思い知るばかりのアレンヌである。教導を欲しようというものだ。


「あー、ええと……なんか微笑んでいるし大丈夫かな……卿に新たな命令というか、部隊を預けたいのだが、引き受けてもらえるかね?」


 思わず顔をまじまじと見てしまって、アレンヌは慌てて非礼を謝した。


「二百騎一千卒からなる部隊を任せたい。役割としては公爵閣下とポイ殿の護衛だ」

「い、一千二百!?」


 重ねた無礼をまた謝罪し、アレンヌはまくしたてた。


「お言葉ですが、閣下、私には過ぎた軍務であると申し上げざるをえません。ご承知おきのことと存じますが、私は聖騎士でありながら騎士団から除外される程度の凡愚非才であり、事実、閣下からお預かりした巡回騎兵隊を壊滅させもしました……彼らの無念、いかばかりか……この上は一兵卒として奮闘努力するより他に身の処し方も知りません」

「あー、いやいや、卿にそんなことを言われては、私なんぞは申し訳なさと恥ずかしさで身の置き所もないよ」

「いえいえそんな、閣下の将器は部下に正しく責務を全うさせるものであり―――」

「いやいや、私に将器なんぞは―――」

「あー、いえいえ、私こそ―――」


 頭突きもどきや手振り手業を応酬することしばし。どちらからともなく笑ってしまった。


「大丈夫さ。卿なら大丈夫だとも。公爵閣下のお墨付きだし、私自身もそう思うよ」


 聞きたかった言葉なのかもしれない。アレンヌは切なくもそう思う。甘えるわけにはいかないが、固辞するのも難しいのが問題だ。


「だいたいだね、百騎からの血眼と遭遇したのだろう? 卿だけでも生き延びたことは驚くべき武運であるし、卿と共に戦った男たちの武勇は輝かしいまでに誉れ高い。どうか恥じてくれるな。むしろ誇ってくれたまえ。しかも直接ではないにしろ仇討ちまで果たしている。すごいことだよ、これは……本当に本当にすごい……いつか一人で火を見つめてみたまえ。きっと、亡き戦友たちの声が聞こえてくるよ。君を誇り、君と共にあった日々を誇る声がね」


 拝火は信仰の原風景だ。夜を戦う者たちの寄る辺でもある。城伯の言葉には祭式儀礼とは別の奥行きがあった。その年齢まで戦い抜き、生き抜いてきた者たちの険しい道程そのものが。


 結局のところアレンヌに必要なものといえば覚悟だけだった。身を捨てずに戦う覚悟、である。


「……不肖の身ですが、慎んで大役をお引き受けいたします。粉骨砕身することを誓います」

「うん、よろしく頼むよ。あ、歩兵については民兵との混成になるから、編成に際しては留意してほしい」


 留意事項はむしろ望ましいものだった。ウラタ民兵長とはすでに山塞で再会している。


「あー、あとね、城砦から聖騎士が一人来ているのだけれど……よければ副長にどうかな? あ、これは断ってもいい話だからね? その時はラマウットに押し付け……引き取らせるし。あれの率いる五千が義勇軍の本隊だしね」

「聖騎士……どなたでしょうか」

「ロイトラ卿というんだが」

「ああ、あの方ですか。承知しました。心強く思います」

「ほう、知り合いかね?」

「先日の訪問でポイ殿を付き添ってくれた方です。まあ、その、主に食事の世話をしてもらったのですが」

「……なるほど、心配りのできる人物なのだね」


 アレンヌは席を立った。すぐにも打ち合わせをしなければならない。万端準備して事に当たるのだ。


 ただ、最後にひとつだけ問うた。城伯の敬虔さから聞こえてくる言葉を求めて。


「灰騎か……尊いと思うよ。確かに血眼と同じにとてもとても暴力的だけれど、私は彼らを恐ろしいと感じたことがないんだ。一本の筋があるからね。力に溺れず、かくあらんと自らを律する筋……それこそ美学とでも言うような……それがあるとないとではまるで違うからねえ」


 深々とお辞儀した。何かを正しく評価された気がして、頭を下げずにはいられなかった。

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