第9話 死にゲーの攻略スレ

 インスタントコーヒーを用意し、男はタブレットを操作した。


  >神剣イベントやべえガンガン死ぬしガリガリ心削られる XD

  >わかるわかるぞ運営いかれてるよ XD

  >生き残ったぜヤッター、からの、オペ衰弱死……XXXXXD

  >企画した奴らは罪人だ。人間の心がありません。


 本当はアルコールがほしかった。しかし許可されない。売店の利用も許されず、コーヒーにしてもコンシェルジュがマグカップとセットで持ってきたものだ。カップは無地だったがコースターに黒猫がプリントされていた。


  >やっぱ戦略に無理あるって! NPCの兵隊がゴミみたく死んだって!

  >ここで颯爽と神剣騎兵の俺参上! オペ死五回目でついに心折れる……もうむりぽ XD

  >俺も神剣騎兵だけどマジでミッション難易度えぐいよな

  >つか神剣見たことあるやついる?

  >皇女様が持ってるやつなら見たぞ

  >あのフランベルジュだろ? イモにしちゃ珍しくキレイ系のデザインだよな

  >皇女殿下のために死ぬ……のは俺たちだけでよくね? オペは許してクレメンス XD


 何か、おかしい。男は情報を読み返してみた。


  ≫ん? 神剣って泥だらけの棒きれみたいなやつじゃね?

  >泥棒wwwいわれなき中傷が皇女様の佩剣を襲うw

  >皇女批判とか剣DO氏にぶった切られるぞい

  ≫いやいやいや! そもそも神剣持ってんの皇女じゃなくね?

  >はい不敬罪

  >剣DO氏こいつです

  ≫え、でもオレ神剣十将だぞ? 僚騎ミッションの時のオペが持ってるやつが神剣だろ?

  >は? なんかすげえこと言い出したぞコイツ


 ラベルに小さく「カフェインレスコーヒー」とあった。男はうなった。道理で浅い。


  ≫はいこれ証拠画像

  >なんだコイツwwwマジやんけwww 騎士槍とカイトシールドかっけえっす

  >累計スコアランク六位とかやべえええええ!!! ユニコーン兜かっけえっす

  >優先順位第一位が皇女殿下の戦場にマッチしてないってこと? 

  ≫普通のミッションならマッチするけど、僚騎ミッションだと皇女殿下見たことない

  >僚騎ミッションうらやま

  >あれって何騎でやんの? やっぱ神剣十将ばっかり?

  >どこでどんな戦いやってんの?

  ≫特別枠の一騎がいて、そこへ十将の中から三騎呼ばれてく感じ

  ≫北東境界地域かなあ? 小中規模の敵群を四騎だけで相手する地獄だぞい

  >ちょwwwwww

  >四騎VS数百体とか芋煮不可避www

  >約束された確かな無理ゲーwww

  >なんてうらやましくないXDミッションwww

  ≫調整入ったのか熱力はそれなりになったから(遠い目)

  >特別枠ってジュマ神様の言ってたやつか……やっぱ呼吸氏?

  ≫イエス、呼吸氏


 粉を追加しても駄目だった。口当たりがそれらしいだけで訳もなく抜けていく。


  >海外スレだと「皇女軍の進撃ミッション」がメインで「僚騎ミッション」はサブ扱い

  >僚騎システムのお試しみたいな感じ?

  >クランも実装してってー! 芋も数いりゃ煮崩れない……はず……きっと XD

  >あとハリウッドスターのキアフ・リヴァイスにイモプレイヤー疑惑

  >なんじゃそりゃ

  >キアフ「I have to wait for the Divine Sword event. Because blessing calls me.」

  >日本語でおk

  >きあふ「俺は神剣イベントのために待機しなきゃ。だって祝福が俺を呼ぶから」

  >ふーん?

  >「blessing(祝福)」のところは「breathing(呼吸)」じゃないかって話もある

  >ん? 呼吸氏??

  >ほんならキアフ神剣十将じゃねえかwww

  ≫マジかー! どれだろ? 武装わかれば特定できんだけどなあ


 アルコールが欲しかった。過去も未来もぼやかせて今だけを灯してくれる孤独に浸りたい。あれもこれも綺麗に整えられた部屋では深く眠れない。切れ切れの夢に翻弄されて疲れるばかりだ。


  >俺最近はじめたから知らんのだけど呼吸氏ってクソつよなの?

  >あの人だけ別ゲー

  >生まれる時代どころか世界も間違えたっぽい戦争民族

  >「そうはならんやろ」の擬人化

  >月光装備独り占めしたの絶許

  >現行最強は雷切大太刀だろ?

  ≫共闘してわかったけど呼吸氏って判断力が異常……非常識な理論値出し続ける感じ

  >よーわからんなー野球で例えてくれんか?

  ≫九回を二十七球で終わらせる先発ピッチャー

  >は??????

  ≫しかも魔球持ちなのに魔球投げない

  >化け物……ってこと?

  >ジュマ神様「ゲーム星人」


 VRゴーグルを見る。召喚の呼び出しはかかっていない。男はしばし思案し、動画投稿サイトへアクセスした。検索キーワードは「イモータルレギオン 神剣イベント」だ。注目動画として飛び込んできたものを再生する。


 どうやら城砦防衛戦のようだ。


 城壁外へ展開したNPC兵隊は軽く四万を超えている。城壁内にも二万はいる様子だ。大兵力である。ただし陣構えは守勢そのもので、木柵や物見台には何度も増築された跡が見て取れる。


 迫り来る血眼は、中央に徒歩三千卒、両翼にそれぞれ騎馬五百騎、合計四千といったところか。これもまた大兵力だ。まともに戦えばNPC側に勝ちはない。一般に血眼一体に対してNPC兵士は十人から十五人で当たってようやく同等とされるが、大規模戦の場合はさらに戦力比率は不利となる。士気と体力の問題だ。痛みに怯え死を恐れるようでは、人間を憎悪し殺戮に陶酔するアンデッドと長時間を戦えやしない。


 だから、灰騎が呼ばれるのだ。


 陣地のそこかしこで篝火が燃え上がった。黒衣の女たちが祈り願う。煙の中から現れる灰色の騎士たち……その数およそ一千騎……個々の能力により戦力は左右されるが。


 足りない。血眼四千とぶつかるのに灰騎一千では心もとない。あと五百騎いればかなり違うのだが。


 しかも灰騎の指揮を執る者がいない。雑然とした横列のままぶつかっていくが……そら、中央は押し込んだものの、左右は逆に押し込まれた。中央の勢いがなくなるにつれて半包囲の劣勢へと傾いていく。


 見かねてかNPCの騎馬隊が出撃したが、男に言わせれば悪手であり、本末転倒の対応にも思えた。


 喊声を上げ懸命に戦うも実力差を覆せない。殺されに殺され、後退する動きがそのまま血眼を調子づかせた。一部とはいえ血眼を陣地へ接近させてしまった。しかも場所が悪い。その陣地には篝火が多い。つまりは召喚元と術者が危険にさらされたということだ。


 ふわりと画面が浮き、一気に落下した。そういえばと男は思う。この動画はどのように撮影されたものなのか。


 今まで居たと思しき観戦楼を振り仰いだことでわかった。これは誰ぞ灰騎の視界なのだ。見下ろしてきた女が召喚者だろうか。黒衣はまとわず、豪奢な甲冑に身を固めていたが。


 さても灰騎は動く。問題の陣地へ駆けつける。馬の扱いはさして上手くないが馬自体が相当の良馬だ。すぐにも血眼を捉えた。おもむろに抜刀……長い、長すぎるほどの日本刀だ。豪壮かつ優美な武器だが扱うには相当の筋力と技量が必要だろうと思われる。


 一振りで、血眼が馬諸共に両断されていた。


 次の一振りでもう一騎を、その次でさらに一騎を……まるで通りすがりに垣根の葉をむしるかのような容易さで血眼を斬っていく。ほとんど画面がブレない。つまり力みも勢いも必要としない斬り方ということだ。


 ―――何者だ? どういう技術で戦っている?


 強さの理由は武器だけではない。速さにも目を奪われるが、何よりも早いのだ。


 早さは、強さだ。どんな速さも時を越えられないのだから。


 男は早さに自負がある。だからわかる。この灰騎の早さは男とは意味が異なる。男は敵の行動を予測しあらかじめ動くがゆえに早い。しかしこの灰騎は、明らかに敵の行動を見てから動いている。それでも早い。なぜか。応じるのが早いのだ。ゼロコンマ以下の差だろうが、その差こそが決定的な優劣につながる。


 反射神経が尋常ではないということなのか。そして、その反応速度を活かすための高度な術理がある。切っ先の動きは至芸の域に達していて目にも止まらない。


 投稿主の名前を確認した。「剣DO」とあった。剣ドゥーと読むのか。それとも剣ドーか。


 ―――プレイヤー自身が剣道の達人?


 男は顔をしかめた。あまり面白くない想像だった。武道にしろスポーツにしろいい思い出がない。中でも剣道は悪い印象しかなかった。首をさする。高校一年生の冬、猛稽古で頸椎に椎間板ヘルニアの症状が出た。剣道を辞めて回復したが、今でも季節の変わり目などに鈍く痛む。


 剣DOなる灰騎の参戦により戦いは勝利の形へと推移した。


 他の灰騎も数十騎は生き残ったようだ。NPC騎馬隊の誘因により半包囲が薄くなったためであろう。男に言わせればやはり優先順位の逆転である。NPCの被害を減らすために灰騎は戦うべき、というのが男の考えだ。


 ―――長大な刀を使う灰騎……僚騎選択に出てきたこともないが。


 投稿者のチャンネルへもアクセスし、男は過去動画のチェックを始めた。頼もしい味方を知るためというより、手強い敵の攻略法を探るような慎重さで、である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る