第8話 要害戦の死にゲー

 勢いのまま敵陣へぶつかった。


 装甲が鳴る。殺意と白刃がさんざめく。徒歩は血眼であれ骨格獣であれ無視だ。薙刀を閃かせて騎乗の敵を討つ。黒馬を引き倒し、足下の有象無象を牽制し、押し退け蹴倒し踏み潰す。思考無用。感知し反射。観察し推測。その繰り返しが最適な戦闘を現出する。


 馬が竿立って眺望がよぎった。遠く、貧相な林の陰から火の気配が感じられる。


 広く草原を見渡す丘陵に、小規模ながらも堅牢に築かれた山塞……血眼の巣食う瘴気溜まりと化したそこを攻めている。連戦だ。すでに周辺へ屯していた群れを二つ撃破した。おそらくはその時点でミッション達成である。これは余分な戦いであり、達成度への追加ボーナスはあるだろうが、状況的には無理攻めもいいところだった。


 三騎の僚騎のうち、一騎はもう灰と消えた。残る二騎も傷だらけで、男も相当に手傷を負っている。


 しかし戦う。戦えるのなら戦うのが当然だ。イモータルレギオンとはそういうプレイヤーのためのゲームだ。そら、僚騎たちも実に生き生きと戦っているではないか。


 一騎は鬼面兜の灰騎だ。全体として武士の鎧甲冑を思わせる。


 すでに馬を失っているものの、大小二本差しを二刀流にして獅子奮迅の働きだ。速く、鋭い。斬られるより多く斬ればよかろうという戦い方には鬼気迫るものがある。地を滑るような体捌きにも目を見張る。


 もう一騎は髭のついた面覆いが特徴的な灰騎で、円盾の意匠からも北欧バイキングがモチーフと思われる。


 その戦いぶりは重々しく力強い。馬鎧も重厚だから細かな攻撃は気にもとめない。円盾を叩きつけて敵を吹き飛ばし、両刃斧を振り下ろして敵を防御ごと叩き割る。殲滅力は武士風僚騎に劣るが継戦力は男以上だろう。


 ―――ああ、いいなあ。


 薙ぎ払って首三つを一度に飛ばし、男は満足を噛みしめた。肩をかすめた槍へ刃で報復し、膝を嚙んだ顎へ柄頭で応報する。濃くなる一方の瘴気を吸い、肺にとどめて斬りに斬る。敵はまだいる。まだまだ戦える。


 ガクリと視線が落ちた。馬の脚を斬られたか。転げるより早く薙刀を投げ出し、立ち上がり際に片刃剣を抜いた。敵が濃い。直立はできない。肩当てと兜で敵の攻撃をいなす。見かける脛や腿を斬る。逆の手に投擲斧も握った。目につく足の甲へ叩きつける。どうにも上手くない。僚騎たちのようにはいかない。


 敵に動揺が走った。立つ。斬り払う。何かが起きたようだが。


 武士風僚騎だ。


 背に腹に剣槍が突き立っているが、異変はそこではない。全身から湯気のように立ち上る何か……わずかに発光……空気を送り込まれた炎のように勢いを増したそれは、可視化されたオーラや闘気のごときもの。


 あれは戦闘秘術だ。身体能力強化系の上級術「超人化」だろう。


 蹂躙が始まった。斬り刺し断ち、蹴り踏み砕き、引き裂き潰す。技巧と膂力が掛け合わさったそれは悪鬼羅刹の暴力だ。鬼面の損壊がまた随分とそれらしい。


 なるほどと男は思う。確かに熱力がみなぎっている。さだめし召喚元の火勢が増したのだろう。見ればその方角に立ちのぼる煙があったから納得し、そっと安心もした。熱力は火の勢いだけでなく質にも強く影響を受ける。男の知る内で最も質の高い燃料は「黒衣をまとった術者」だ。今回はそちらではないようだ。


 ―――届かない、か。


 総量を増した熱力だが、男の戦闘秘術の発動必要値までは至らなかった。武士風僚騎にしても三分ともたず超人化が解除されたようだ。大柄の血眼と相討つようにして貫き合い、崩れ消えていく。


 ゲームだ。当然、終わりがある。すぐに終わってしまう。


 寂しく物悲しく、人生の無常そのものだ……無情な現実でもある……男のそんな思い煩いは、強い苛立ちによって塗りつぶされた。


 血眼の一部が門内へと後退を始めた。早くも門を閉じようとしている。


 ―――おこがましい! のべつまくなし憎悪を振りかざす分際で!


 気は急くが敵に手こずる。男は今や徒歩であり、片刃剣にしろ投擲斧にしろ敵をまとめてどうこうできる得物ではない。焦りが被撃を増やす。門が閉じた。男は奥歯を嚙んだ。引きこもった敵をこそ屠ってやりたいというのに。


 何かが降ってきた。血眼だ。武装したそれらが数体まとめて落下してきた。


 バイキング風僚騎が巨大化していた。全長にして二倍以上にはなったか。もとの重量感もあって迫力が凄まじい。男も初めて見る希少な戦闘秘術である。


 両刃斧の一振りが空気をうならせる。敵を吹き飛ばす。円盾を構えて動き出した。いや、走っているのか。地響きを立てて走る先には閉じられた門。轟音と衝撃。舞い上がった粉塵の中から、鉄を曲げ木材を割る破壊音。ゆらりと後ろ歩きで戻った巨体が、再び走り出して、奥でまた轟音が。内側の門扉も破ったか。


 ―――やる。それでこそ俺たちだ。


 剣が走る。斧もまた。戦闘秘術を発動しなくとも、熱力とはつまるところ灰騎のエネルギーであるから、燃費を無視することでもって戦闘力の向上につながる。無理が利く。効果的な瞬間に無理をする。敵を滅ぼすそのために。


 どのくらい戦っていたろうか。男は城壁の上に佇む。独りきりである。


 月が出ていた。男の武器に似た三日月だ。欠落の水際に弧を描ききって鋭利極まる、その玄妙な輝き。


 煙もまだのぼっている。その元の林が燃えている。意図した炎上なのか事故による火災なのか。いずれであれ熱力供給という意味では今や無用の長物だ。いつのどれが致命傷だったろうか。男は己の手を見る。もうほとんど残っていない。夜風に吹かれて灰が散っていく。


「狼さん!」


 声がした。食いしん坊少女だ。騎兵に抱えられるようにして、城壁のそばにまで寄ってくる。


「すごく、すごかった。ぼく見てた。カッコよかった」


 男は感心した。つくづく綺麗な瞳である。夕であれ夜であれそこには小さくも明るい青空が在るかのようだ。黒衣以外の服装も似合うだろう……男は柄にもないことを真剣に考える……むしろ黒衣は似合わないのではないか。もっと華やかで爽やかな色合いの服がよかろう。


「でも心配した。強いの知ってるけど、今日、ここを見にきただけだったし。だからちょっと文句言う。待ってって言ったら待ってほしかった。あわてたし。あわててたら、伯爵が林へ火いつけた。ぼくもやった。大変だった。今も、なんか大変なことになってる。消せないよあれ。どうしたらいいと思う?」

「……ポイ殿、その、言いたいことがたくさん出てきて溢れそうなのですが……」

「アレンヌも火いつけた」

「ちちち違いますよ! 私はお二方が火に巻かれないようにですね!?」

「ほら、狼さんもうすぐ消えちゃうよ。ありがとう言うなら早くして」

「え!? あー、ええと……灰騎って本当に言葉通じるんでしょうか……声は届いている様子ですが……コホン。銀狼殿。私はアレンヌ・ケイセットと申します。帝国支援軍に所属する聖騎士であり、先日までは第三十八巡回騎兵隊を―――」


 イモータルレギオンでは青空を仰げない。


 血眼が日の光を嫌うから、自然、灰騎の戦場は夕暮れから夜明けまでの間に限定される。灰騎は夜目が利くため不便はない。むしろ暗ければ暗いほどに火は美しいとも思う。


 それでも、不意に思い出させられるのだ。空の青さの清らかさを。その尊さを。


 ―――いい朝を迎えるべきだ。子どもくらいは。


 ログアウトを終えても男はVRゴーグルを外さなかった。いっそこのまま寝てしまいたいと思ったが、それができないこともわかっていた。


「ゲームをプレイ中かどうかが外部からわかるというのは、フフ、とても重要な規格ですね。夕食の準備が整っていますよ。あちらのテーブルで召し上がりますか? それともベッドテーブルを用意しましょうか?」


 胸に残っていた戦いの余韻を、それはもう未練たっぷりに吐き出して、男は現実へと帰還するのだった。

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