第3話 死にゲーと選択肢
峡谷を逆上らんとする敵勢へ、大小様々な木石が襲いかかった。
男が「罠」の縛めを断ち切ったからである。
高台から粉塵の奥を見定めた。先の兵士が本命と言うだけはあり、骨格獣のみならず血眼に対しても被害を与えたようだ。また、登り口を潰すという意味でも効果的である。
「おい、あれって灰騎だよな? ここの術者っつったらあの子だよな?」
「頑張りが報われたんだなあ。神様方の御加護ぞあれかしあれかし」
「公爵様が張り切ってくれるだろ。祭殿と喧嘩するかもだけど」
物見台の上から雑兵たちの声が届く。罠の設置地点に控えていた者も村の防塞―――空堀、逆茂木、木柵、土塀とそれぞれ簡素ながらも執拗なまでに備えられたもの―――の向こう側へ退いている。
「あとはまあ、死ぬまでねばるだけか」
「だな。やべえ、おっかなくて涙出てきた」
「泣いとけ泣いとけ。もうカッコはつけたさ……うお、飛んだ!?」
強襲。土煙から這い出てきた骨格獣を薙ぎ払った。数体まとめてだ。もう一振りでさらに数体を。
得物は逆反りの薙刀だ。馬上で殲滅戦を戦うならこれに限る。駆け抜けざまに刃に引っかけるだけで、そら、血眼の腕が飛ぶ首が飛ぶ。速度で回避し速度で撃破する。馬で撥ねも轢きも潰しもする。敵が徒歩ばかりの戦場など造作もない。
「つ、強ぇ……なんだありゃ! まるで嵐だぜ!」
「どういう灰騎なんだ……まさか、本当に神剣の!?」
右へ左へ斬り払い、谷底へと叩き落してやって、男は「はてな?」と思った。
簡単すぎる。
予想よりも防衛拠点が堅かった。中規模の襲撃には耐えられないだろうが、村落の規模を鑑みれば、防衛兵力がわずかであれ張り付いているだけで上等である。敵も歯応えに欠けるうえ、狭隘の谷に戦いやすくまとまっている。ステージギミックありきの難易度とも思われない。
―――理不尽はどこだ? 挑むに足るそれはどこにある?
経験と反射だけで敵勢を蹴散らしながら男は思考する。衆寡敵せずを演出する狙いならば、数はともかく質が悪すぎよう。倦みはするも十分に覆せる。時間制限も特になさそうだ。
二つ三つ、三つ四つと首を刎ねた。薄闇に血色をねばつかせて消えていくそれら。
―――こんなものではないだろう?
殺意は顔に表れる。顔は目標を向く。正面顔は最も注意を引きつける。畢竟、馬上からの風景は敵の顔面の畑となる。あれを刈りそれを刈る。対徒歩戦だからなおさらだ。被ダメージは無視していいレベル。あれらも刈りそれらも刈る。効率がテンポを生む。リズムゲームを連想すらしたが。
背筋に悪寒が走った。
―――徒歩しかいない? この数で?
遠く気配を探る。判別しがたい。谷底の瘴気が密であり濃すぎる。敵の残存数、四割弱。討ち尽くすには時間を要する。捨て置けば防衛拠点が落ちる。
―――そういうことか!
崖を検めて……惜しい、傾きが浅い、下が広過ぎる、急所が上方に過ぎる……これと選んだのは上辺が張り出した場所だ。岩肌に木の根が絡みついている。
―――拠点へのあからさまな襲撃と、護衛対象への迂回攻撃。恐らくは騎兵部隊で。
馳せ寄り斧を叩きつけた。手投げ用の片手斧だ。もう二度打撃し、切り崩した。木が傾くことでより崩れ、周囲を巻き込み崩れに崩れ、小規模ながらも土砂崩れと相成った。何体かの血眼も巻き込み隘路を塞いた。不十分だ。困難だが踏み越えられる程度でしかない。
―――なるほど、いつものイモータルレギオンだな!
同様にして計三ヶ所を崩し、男は転進した。得るものと失うものを足し引きした最適解を駆ける。住人なき寒村に沿い、踏み固められた道を急ぐ。瘴気を察知した。この先だ。草と灌木の茂みを突き破った。
血眼、九騎。それらの足下や切っ先に、なぶられたと思しき兵隊が十数人。
斧を投じた。結果を見ずに抜剣、手近な三騎を斬り捨てた。一気に寄せる。力任せな槍をすり抜け、喉を貫く。手首を返して振り抜き、別な一騎の剣を弾き、肩を断ち、殴り落としたが。
後背から斬られた。肩装甲で受けるようにしたがダメージは入った。二の太刀は許さず首を刎ねた。
残すところ三騎。いや、二騎。前方と右方から馳せ来る。
前方へ突進し、切り抜けた。手応えは浅く、体勢もやや崩れた。強引に馬首を返すところへ右方の一騎が。速い。音と色が消えた。首を狙ってくる斬撃の、その手元へ、鋭く切っ先を。合い打つ。兜を削られるも三指は落とした。戻った色は散る血の涙。理解できる。戻った音は不条理に憤る鳴き声。共感できる。しかし笑止な首を突き刺し、切断して、地へと転がした。
最後の一騎は手負って動きが鈍い。強引に攻めてやって、首を高々と刎ね飛ばした。
消えゆく魔霧と土煙とに巻かれて、村人と兵隊が震えている。状況判断を間違えば全滅していただろう。そのまま防衛拠点の裏を衝かれたなら、戦いの結果を見ることなく途中退場にもなったかもしれない。
そのイメージのおぞましさに、男は眉をしかめた。ままあることではあるのだが。
すぐさま来た道を戻る。乏しい熱力を馬の脚力へ投入している。
灰騎はその名の通り総騎兵だ。騎馬の速度の三利点―――まずは戦闘における衝撃力、次に戦場において戦闘対象を選択しうる迂回力、そして戦域においては戦場間を股にかける移動力―――遊兵化せず効果的集中的に攻撃力を発揮しなければ、めくるめく高難易度ミッションに対処できるはずもない。
畑の向こう、粗末な家屋の陰に火の気配を感じた。あの少女だ。手には布切れを巻き付けた神剣がとても重そうだ。そばにはあの中年男がいて、火桶を抱え持ってやはり重そうだ。二人そろってへっぴり腰である。
「ヌウ、そちらから来てあちらへ駆け行く? どういう戦になっておるのだ?」
「んぐんぐ」
そんな会話が聞こえた気がした。少なくとも少女がハムスターのように両頬を膨らませているのは確かで、中身が何であるかも容易に見当がつくというものだ。
間近でかすれた音がして、男は自分が声を出して笑ったのだと知った。懐かしい感触だった。
影が伸びる先で戦闘が起きている。防塞が血眼にとりつかれている。貧弱な武装の男たちが雄叫び、矢を放ち、石を落とし、槍を叩きつけるも、どれもこれもが怯えていて、中途半端で、涙を誘う健気でしかない。蹂躙される悲劇しか待ち受けていやしない。
清浄な正常を台無しにするべく非情な非常は襲い来る。
異常には異常を。つまり不死には不死を。それが正しい攻略法である。
再びの駆逐作業を素早く根気よくこなし終えて、男は馬上より峡谷を眺めやった。戦跡は何もない。土砂も石木も闇の底に沈んでいって抗いもしない。鳥獣や虫の営みを孕んだ夜気が瘴気を押し流してしまって、ここにはもう不死の身の置き所はない。
「す、すげえ……たった一騎で……これが神剣に選ばれた灰騎……!」
鍾乳洞へ知らせにきた兵士も生き残ったようだ。完璧ではないだろうがなかなかのミッション達成度であろうから、男は気分よくミッション終了を選べた。
灰色に砕けていく視界の端に、元気なへっぴり腰たちが映ったかもしれない。
いつになく満たされた思いでログアウトを果たし、VRゴーグルを外して、息を吐き終えたところで。
「お勧めできないとお伝えしましたのに」
叫んだ。跳ねた。ベッドに弾んだ。
コンシェルジュが、やれやれという態度でVRゴーグルとコントローラーを拾い、サイドチェストの上に置いた。
「出資者からの、失礼、お父様からのご要望で諸々を用意いたしましたが……ここがどういう場所であるかをよく考えていただきたいものです。こちらの計画が全てに優先されるべきと、ご納得いただいたうえで諸事を進めていきたいのですよ。我々のためにも、貴方のためにも」
動悸は胸に触れて確かめられるほどだ。不安から眩暈がするし、憤懣のせいか頭痛もある。受け流しがたいストレスに苛まれてはいるが辛うじて吐き気はない。
どうしようもない状況なのだと、男は自分を納得させた。
ここは病室だ。内側から鍵をかけられないし、そもそも立ち上がれる体調でもない。抵抗できない。この怪しげな女の為すがままだ。
「まずは、そうですね……こちらをご確認の上、サインをお願いしましょうか」
ボールペン付きのボードに一枚のプリントが挟まれている。その白々しさ。
「これは個人的な見解ですが……フフフ……人生とは選択の連続であり、選択肢とは状況により思わぬ奇貨となりうるもの。想像しやすく後悔しない方ではなく、物珍しくも愉快な方を選ばれるとよろしいでしょう」
唾を呑み、読む。プリントにタイトルとして書かれていた文字列は―――食物アレルギー確認表。
幾項目もの「はい」と「いいえ」を迫る文言は、面倒ではあるものの事故防止のために細心の注意をはらった内容であり、つまりはとても常識的な質問ばかりである。
下部に本日の献立という別枠があった。ディフォルメされた猫のキャラクターが吹き出しで「意外とおいしいかも☆」と助言しているのは、ミキサーにかける果物についてだ。リンゴとドラゴンフルーツの二択があり、猫はドラゴンフルーツを指さしている。
コンシェルジュを見た。口の片端をゆがめるだけの笑みを、男は大いにいぶかしんだ。
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