第7話 攻撃




「お待たせしましたー!」



 席に向かって歩きながら、少し離れた場所から言うと、



「おかえりー!どしたー?落ちた?」



 千堂さんが、私の服の濡れた部分をチラ見しながら聞いた。



「はい、大丈夫でした!時間かかっちゃってすみませんっ!」


 

 ぎこちないながらもえみりちゃんに習って精一杯の演技をしてみる。



「ほんと、お騒がせしましたぁ〜……」



 えみりちゃんはやっぱりナチュラルだなぁ……と感心する。



「全然大丈夫よ!じゃ、仕切り直ししましょうか!」


「はい!じゃあカンパーイ!」 


「カンパーイ!!」

「かんぱーい!」

「カンパーイ!」


 


 一旦中断してしまった会は、千堂さんの元気なかけ声で再び始まった。



 初めの乾杯同様、みんな同時にグラスを傾け、ほぼ同じタイミングでテーブルに置く。冷たいビールを飲んでるのに、えみりちゃんがくれたキスのせいで、効能の強い温泉に入ったみたいに体の芯からポカポカしてくる。  



 それこそ温泉に浸かっているように、ふぅ……と一息つくと、斜め前の千堂さんがそんな私の顔をじっと見て、何か言いたげな様子を見せた。



「……なんか諸星さん、トイレから戻ってきてから顔赤くない?」


「えっ!?」



 その言葉に思いっきり動揺して背筋がピーンと伸びる。



「ほんとだぁー!諸星さんてお酒飲むといつもそうだね、お酒あんまり強くないもんね?」 


「……うん、そうだね。どちらかと言えばすぐ顔に出るタイプかもしれない……」



 またも不甲斐ない私をえみりちゃんが助けてくれた。



「そーなんだ。あれ?青山さんもちょっと赤くない?青山さんはお酒強いんだよね?」


 

 千堂さんは心なしか半笑いに見えるような表情で、今度はえみりちゃんをあおるように詰めてきた。



「私もですか?いつもは顔に出ないのに……疲れたまってるのかなぁー」



 さすがの演技と説得力のある理由で上手いことかわす。



 なるほど……えみりちゃんの言ってた通り、やっぱり千堂さんは何か怪しんでる……。

 馬鹿な私でもさすがになんとなくそれを感じた。



「二人して顔赤いから、てっきり別の理由かと思っちゃったよ!」



 突然のド直球で意味深な千堂さんの発言でさっきのトイレでのことが鮮明に思い出されて、また体が反応してしまいそうになった。

 


 だけど、これ以上私が足を引っぱっるわけにはいかない! 

 とりあえず、のどから飛び出そうにバクつく心臓をなんとか気合いで飲み込んだその時……



「別の理由って?私たちがキスしてたとかですか?」



 うぉーー!!

 えみりちゃんっ!!

 なんでそんなこと言っちゃうの!?



 予想外の爆弾発言に、せっかく飲み込んだ心臓がまた速攻のどまでスイッチバックしてきてしまった。



「そうそう!」



 千堂さんはらんらんとした目で、まんまと前のめりになっている。



 えみりちゃんがあんなことを言う意図が分からない……。

 まさか気でも触れた?!

 もうここまでか……とあきらめかけていると、今度は大胆にも、あんなに怪しんでいる千堂さんの目の前で、私に顔を近づけじーーっと見つめてきた。



 なっなに!?

 何するつもり!?

 ってゆうか、可愛いからやめて下さい!!

 そんなんされたら普通じゃいられないから!!

 


「……確かに、もし私が女の子を好きな人だったら、諸星さんめっちゃタイプかもしれない……。これは、お酒入って二人きりになったらついキスしちゃいかねないですねっ!」



 えっ、えーー!?

 まさかの変化球に言葉にならず、私はそのままえみりちゃんを凝視しながら心の中で叫んだ。

 


「しかも諸星さんて、押したら案外いけそうじゃないですか?!ピュアだから!」



 そうわざと千堂さんに話を振っていたずらに笑ってみせた後、



「あれ……?諸星さん、引いてる……?」



 と、絶句している私に真顔で聞いてきた。突然振られて慌てつつ、なんとか声を絞り出す。



「……、引いてないよ……」


「それ絶対引いてるやつー!!」



 そう言って、今度は自虐をこめつつ手を叩いて大笑いをした。いまだ固まったままの私の反応を見て、千堂さんとマネージャーもえみりちゃんの笑い声につられて笑う。



「でもさ、ほんと諸星さんて危ういよね?上手いこと誘われたら誰にでもすぐほだされちゃいそうだもんなー」


「そっ、そんなことないですよ!!」


「じゃあほだされちゃうかどうか、今度試してみてもいい?」



 えみりちゃんがまたも顔を近づけてひょうひょうと言ってくる。演技だろうと分かっていても、ドキドキが止められずまた固まってしまった。



「じゃあ試す時は見せて!」


「千堂ちゃん、いくらなんでも変態すぎ……」


「だって、なかなか見れるもんじゃないじゃないじゃないですか!」


「何堂々と言ってるのよ……」


「って、そう言えば諸星さん、好きな人いるんだもんね?それはちょっと申し訳ないなぁー。……それとも諸星さんは、女の子とだったらふざけてするくらい平気?好きな人とじゃなくてもキス出来る?」



 私にしか見えないように、刺すような目で聞いてくる。


 

「絶対やだ!!」



 えみりちゃんと以外、誰ともしたくない!そんなの当たり前だ!私がそのままの気持ちを口にした瞬間、えみりちゃんの表情はふわっとほどけてほころんだ。



「ハハハ!絶対やだって!フラれちゃいました〜!ざんねーん!」


「なんだよー!諸星さんのケチ!見せてよ!」


「千堂ちゃん、やめなさい!」



 なに!?今の一連の高度な技は!?!

 自分からわざわざ敢えて核心をつきにいって、否定するみたいなやり口!

 多分だけど、私の何でも反応しちゃう性質も計算に入れつつ、えみりちゃんはあの窮地を乗り切った……。



 あっけに取られ、私は繰り広げられる3人の会話に一人置いてけぼりになっていた。



「じゃあマネージャーは?マネージャーがもし女と付き合うとしたら、私とかどうですか?!」



 すると突然、しぶとかった千堂さんがついに面舵おもかじを切って、話を大きく方向転換した。とは言え、えみりちゃんの例え話から派出してる話題だ……。これもえみりちゃんの手柄だ!と、私は心の中で称賛した。



 千堂さんはすっかり私たちからマークを外し、ワクワクしながらマネージャーの方に体を向けて迫るように聞いている。



「……そんなの、分かんないわよ。そうゆう気持ち私には分からないし……」


「想像でいいんですよ!」


「想像も出来ない!」



 マネージャーはそうゆう話は苦手なんだろうか……?千堂さんの話には全く興味を示さず、目も合わせないでお酒ばっかり飲んでいる。

 


「……そっか、やっぱり歳を取ると想像力が乏しくなっていくんですねぇ……」



 ノッてくる様子のないマネージャーにあきらめたのか、千堂さんは元の位置に体を向き直しながら呟いた。



「……なんですって?」


「なんでもないですー」


「じゃあ逆に千堂さんはどうなんですか?もし千堂さんが女の人を好きだとして、マネージャーのことは?」



 またもえみりちゃんが盛り上がりそうなおもしろいことを聞いてくれた。

 千堂さんは聞かれた質問にきちんと向き合うように、箸を止めてしっかりと隣のマネージャーの顔を見つめた。



「んー……ないかな!」


「……なんかすごく頭に来るんだけど?」


「ショック受けちゃいました?だって、マネージャーと付き合ったら家の中まで窓拭きさせられそうじゃないですか!それだけじゃ飽き足らず、換気扇のフードとか、電気の傘とか!」


「……それくらい彼女ならやってくれればいいじゃない」


「それじゃあ彼女じゃなくて、家政婦ですよ!」



 二人のやり取りを前に、えみりちゃんは一瞬私を見て何かを閃いたような表情で合図を送ってきた。



「千堂さん!」


「ん?」


「千堂さん、今日は私たちのことばっかり掘ってくるから、お返しに今度は私が気になってること聞いてみてもいいですか?」



 改めて宣言するような導入に、余裕しゃくしゃくだった千堂さんの顔つきが少しだけピリリとしたように見えた。



「いいよ!」



 それでもいつもの調子を崩さない口調で返す。すると、待ってました!と言わんばかりの満面の笑みで、えみりちゃんは千堂さんに単刀直入に聞いた。



「千堂さんは、お付き合いされてる方とかいらっしゃるんですか?」

















 







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