5 交流と破裂


 オニキス領の北にある森の中。辺境の中の辺境に、瘴気は湧いている。底の見えない断崖絶壁の下から瘴気が溢れており、絶壁のはるか地底から、翼を持つ魔物などはやってきてしまうのだ。普段は結界魔法で守っていても、穴は開くし修復は技術力の高い魔法使いが何日もかけないとできない。


「キヌヨさん! そっちいったよ!」

「おまかせください! へぶっ!」

「聖女の嬢ちゃんがすっ転んだ!」


 転んで泥まみれの顔を拭い、走り出す。


 私とシロール様とニルナさんとシャインさん。そしてオニキス領ギルドの魔物討伐隊のみなさんで、瘴気付近の魔物討伐に来ていた。私とシロール様は魔力が大量にあるから戦力として申し分ない、というありがたい理由で、ニルナさんとシャインさんは「最近運動不足だから暴れたい」という理由で来た。この兄妹は意外と血の気が多い。


 オニキス領魔物討伐隊の隊員の経歴は様々だ。元犯罪者やその家族、没落した貴族にギルドで何かをやらかした問題児。トラブルはたまにあるものの、基本的には楽しくやっているらしい。背景にはオニキス辺境伯による、定期的な視察や教育に訓練、適材適所の人事配置などの手腕もあるそうな。


 手に力を込め、雷魔法を放つ。2体の大型のコウモリみたいな魔物が墜落し、紫色の瘴気を残して塵になった。魔物はこうやって消えていくのだ。


「きゃー! キヌヨ様すごーい! よし、シャインちゃんのバトルアックスをくらえー!」

「シャイン、あまり前に出過ぎないように」

「わかってますよシロール様!」


 炎を纏った大きな斧を振り回すシャインさんは、堂々としていて、見習わねばと姿勢が正される。シロール様もさすがは論文を出すほどの魔法の使い手。空間に穴を開けて、討伐隊が攻撃しやすい位置に魔物を転移させている。また結界に穴が開いているところを見つけては、簡易的な結界を張っている。絶壁から出てくる魔物の数も目に見えて減っていた。


「キヌヨ様、危ないです!」


 ニルナさんの声に振り向く。眼前にうさぎくらいの大きさのバッタ型の魔物が飛びかかってきた。


 私は咄嗟に拳に防御魔法を纏わせ、殴っていた。バッタが飛んでいくところを見たニルナさんが、私の背をばしばしと軽く叩く。


「素晴らしいです、キヌヨ様! 俺の格闘術を順調に引き継いでいらっしゃる。いやはや、教え甲斐がありますね」

「ニルナさんのようにはまだまだいきませんが、上手くいって嬉しいです」


 私はたじたじと、でも照れくささでぎこちなく、口角を上げた。ニルナさんは格闘技が得意だ。生まれつき魔力が少ないから自分の身体を鍛えるしかなかった、と以前話を聞いたときに自虐的に笑っていたが、そこも含めて私は尊敬している。


「おいシロ坊ちゃん、大事な彼女が口説かれてんぞ!」

「坊ちゃんて呼ばないでください。ってニルナ! キヌヨ様関係の恋愛ごとでしたら地獄の底に落とそうとも許しませんよ!」

「違うわ! おい、この人すぐ本気にするから変なこと言うなっての!」


 全員戦っているというのに、どこか楽しそうだ。結局は強い人ほど楽しむ力があるのだと、私は学んだ。


 数時間後、私たちは討伐を切り上げて森を去った。シロール様が簡易結界魔法をいくつか行ってくれたので、ここはしばらくは大丈夫だろう。


 本当は、私が結界魔法を張ることができれば、みんなが楽になるのだ。城にいた頃に知ったことだが、本来異世界から来た聖女は、結界魔法に長けているものらしい。定期的に張り直す必要のない、強固な結界も張ることができるとか。けれど私は結界魔法はからきしだ。何度練習しても、できる感覚がない。攻撃魔法はいくらでも打てるのに、結界だけは欠片もできそうにないのだ。


 私がそのことについてシロール様に相談すると、彼は優しく微笑んだ。


『父上の口癖で『できること、たったひとつでいいから得意なことを極めなさい』って、うちの領の者は言い聞かせられてきましたんでね。だから、キヌヨ様はキヌヨ様のやりたいこと、得意なことを極めれば良いのです。それに結界はわたくしが張ります。せっかく苦手なことを補えるのだから、補った方が得でしょう?』


 私は視界に星が瞬くほど、嬉々とした感情を抱いた。結界を張ることができない落ちこぼれと、城では散々言われてきた。それが普通で当たり前で事実だと思っていた。お父上の口癖を聞いてきたシロール様には、この言葉自体当たり前のことだったかもしれない。けれど、私にとっては宝石のような言葉で、今も心のジュエリーボックスに大切にしまってある。


 私にできることを少しずつ極めていこう。そう思うだけで、あの城で感情を殺していた日々より、胸を張れる。


「キヌヨ様、今日は街へ行きましょう。わたくしがとびきり美味しいご飯をごちそうします」

「はい」


 シロール様に呼ばれ、私は小走りでみんなの元へと向かった。



 私たちはオニキス領の中で1番発展している街に向かった。他の領であれば、瘴気に近ければ近いほど廃れているものだが、オニキス領はその逆だ。


 オニキス領の都市、ハヤイ街。ギルドの本部や武器屋が並び、王都の次に規模が大きい魔法の研究所が連なる研究都市でもある。


 私たちはギルド運営の酒場で、たくさんの料理に舌鼓を打っていた。酒場のマスター、マリンバさんが気合いを入れて、テーブルいっぱいに料理を運んできてくれる。どんどんくるから一向にテーブルに空白が生まれない。


「この豆の煮込み料理、美味しいです」


 私がスプーンを運ぶ様子を、シロール様がにこにこと笑みを携えて、テーブルに肘をついて眺めている。


「わたくしも好きです、これ。マリンバ、お金出すのでレシピを売ってください。うちのコックに作らせます」

「馬鹿だなシロ坊。うちの看板メニューは売れねぇし、この最高の味は俺以外には再現できねぇよ」

「マリおじちゃん、シャインちゃんお肉食べたい! 塊のやつ!」

「はいはい、ちょうどいい肉あるから待ってな」

「こらシャイン、おねだりしすぎだ。すみません、マリンバさん」

「いいってことよ。お前らもどんどん食え! シロ坊が個人資産で奢ってくれるってよ!」

「わたくし一言も言ってませんけど?」


 店の中が「奢りだー!」と沸き立つ。シロール様は額に指を当ててため息をついた。けれどその表情は心から嫌なわけではないことを語っていて、ニルナさんとシャインさんと私は、目を合わせて微笑んだ。


 前にシャインさんとおしゃべりしたときに聞いた。


『シロール様は口ではあんな感じですが、本当は領地のことを大切に思ってるんです。そうでなければ、一癖も二癖もある問題児だらけの領民と、あんなに向き合ったりしません。それに、領民のみなさんと話すのを実は楽しいと感じてること、シャインちゃんは、というかこの領地の大体の人は知ってます』


 シャインさんはいつもより穏やかに、けれどいつもよりもっと温もりのある大人な笑顔で笑っていた。


 シロール様は私以外にはぶっきらぼうなとこもあるし、いつも笑っているようで時には笑っていない時もある。それでも魔法や領地の話をするときはいつもいきいきしていて、私が落ち込んだ時は寄り添って、素敵な言葉をくれる。


 彼は私のことを光だと言ってくれる。けれど本当は、彼こそが私の光だった。


 領地の人に子供のように可愛がられるシロール様の横顔を見ながら、料理をもぐもぐと咀嚼する。あの人のあんなに子供のような表情を見ると、何故か微笑みが溢れてしまう。


 同時に食が進む。また皿を空にしてしまった。いくら運動してるといえど、ほどほどにしなければ。


 私がおかわりをするか迷っていると、街の若者が何人かテーブルにやってきていた。男女数名の彼らは、きらきらと瞳を輝かせて私たちを見下ろす。


「あの、聖女のキヌヨ様ですよね!? 私、ミークっていいます。お噂はかねがね……。よろしかったらお話聞かせてください! なんならうち、菓子屋なんです。今ならできたてごちそうしますよ」

「あ、えと」

「じゃあ、俺たちも同行します。シャイン」

「えー、今お肉焼いてもらってるのに。お兄ちゃん行ってきてよ」

「ニルナ様! 俺たち、貴方様の格闘術にずっと憧れてたんです。どうか、少しでいいのでこの場でお話聞かせてもらえませんか?」


 気がつくとテーブルには人の視線が溢れていた。憧れで光り輝く若者の視線を、私には断る勇気がなかった。何より、先ほどの女性のできたてのお菓子をごちそうしてくださる提案に、おそらく私の瞳も負けずに輝いている。


「ニルナさん、私一人で大丈夫です。ちょっとお菓子屋さん、ご案内していただいてきます」

「でも」

「私も魔法が使えるんですよ? 何かありましたら適切に対処しますので。それよりもお話してあげてください」

「わかりました。一応シロール様にも言ってきます」


 その後、シロール様から「屋敷の者へのお土産用を買うときにお使いください」と金貨を数枚もらった。ミークさんは「ありがとうございます……!」と何度も頭を下げていた。シロール様のちゃんとしかるべき対価を払う姿勢が垣間見れて、私はなんだか嬉しくなった。


 だから浮かれた私は気が付かなかった。このテーブルに集まる視線に、ギルドの一部から心配の視線があったことに。



 シロール様をはじめ、あの屋敷の方々は本当に素敵な人だ。いつも私に丁寧に接してくれて、私が何かやらかしたらすかさず助けてくれる。来たばかりの頃、手に氷を刺したときも優しかった。魔法の研究で部屋でボヤ騒ぎを起こしたときも、叱られたけど、私の陰口は言わなかった。ご飯を忘れて研究にのめりこんだときも、叱られたけど、その後温かいごはんをたくさん作ってくれた。


 怒る、というよりかは叱る、が正しいくらい、私のためを思って言葉をくれる。私はみなさんから優しさをもらっている自覚があった。


 馬鹿みたいに勘違いしていた。そんな優しい人たちが大事にしている領民のみなさんもきっと、私に優しさをくれるのだと。


 泥の匂いがする路地裏。私は思い切り突き飛ばされる。


「ふざけんなよ不気味聖女! お前さえ、お前さえいなければ! シロール様をたぶらかすな!」

「落ち着いてください、ミークさん」

「冷静ぶってんじゃねぇよカス! うるせぇんだよ!」


 先ほどまでのきらきらした憧れの輝きは消え失せ、今は私への憎悪が煮えたぎっている。


 私は体を起こして、状況を整理した。


 彼女の狙いは私を一人にすることだった。恐らく仲間であろう若者たちと結託し、ニルナさんたちを足止めする。その隙に私を路地裏へとおびき寄せ、こうやって暴言を投げ続ける。久々に面と向かって暴言を吐かれたが、私は自分が思う以上に平然としていた。


 ミークさんは鼻息を荒くしたまま罵倒を続けている。私は魔物を相手しているような心地のまま、口を開く。


「シロール様のことが好きなんですよね? でも貴女はこんなことをして何がしたいんですか? 私に言われても何も変わりません」

「うるさい! 変わるに決まってんだろ! お前を殺して私がシロール様の婚約者になるんだよ! 別の世界から来ただけのお前と違って、私は魔法も上手いし、友達も多いし、顔も整ってる! 私が選ばれるはずだったのに! 婚約者選びのパーティの招待状だって来て、参加だってしたのに! なのに! お前が来たせいで不幸になった!」


 指が微かに固まる。私の存在が、この人を不幸にしてしまったのか。


 確かにミークさんはお綺麗だし、お仲間の若者も多くいた。私には無いものを持っている。それは事実だ。けれど私は殺される筋合いはない。私の目的はこの領地全ての人を幸せにすること。その道の途中で学んだのだ。


 無感情に人の言葉を聞き流してばかりじゃ、ダメだってことも。


 ミークさんが怒りのまま、私に炎の玉を打つ。


「死ね死ねクソ女! 死ね!」


 絶叫に近い声と共に、豪速球の炎の玉が向かってくる。だが、私にとってはネズミが齧ってきたようなものだ。


 私は氷の壁を地面から生やし、炎を消滅させる。しゅうう、と白い煙とともに消えた炎と氷の壁越しに、目の前の失礼極まりない女性を睨む。今の、みなさんがくれた優しさで感情を取り戻した私には、どんな魔法だって暴言だって、効きなどしない。


「言いたいことはそれだけですか? じゃあ今度は、私の番ですね」


 指を鳴らして氷を消し、一歩を踏み出す。


「私、傷ついたんです。貴女の数々の暴言の所為です。魔物の討伐も明日からできないかもしれません。このことはシロール様に報告しましょう。菓子屋の看板娘にひどい暴言を10分ほどに渡って浴びせられたと」

「は? 人に報告しないと反論すらできないわけ? 雑魚が」

「私、雷魔法が得意なんです」


 一歩ずつ、彼女を刺すように見つめながら近づいていく。逃しはしない。私は今、自分が思うより、怒りが煮えたぎっている。


「私だって、いずれはオニキス家に入る者。だからシロール様に頼めば、空間魔法で手助けしていただけます。離れたところにいても特定の場所に雷を放つことができるでしょう。そこは魔物の頭上でしょうか、とあるお菓子屋さんの屋根の上でしょうか」


 私は感情をわざと顔から消す。ミークさんのお望み通り、不気味な聖女でいてやる。だんだんと彼女はたじろいで、動揺したように目を泳がせた。


「私は人間ができていません。不気味な聖女ですので。もう一度言います。私は雷魔法が得意なんです。私は人間ができていません」


 ミークさんが眉を歪め、へたりと座り込む。私は視線を逸らさずに、彼女の瞳を覗く。壁に追いやられた彼女が顔を逸らせないよう、私は思い切り壁に手をつく。


「私は雷魔法が得意なんです。私は人間が、できていません」


 もう逃がしはしない。先に毒を仕向けたのは、お前だ。

 

 ただ、相手も変なところで頭がよかったようだ。


「きゃあああ! 誰か! 聖女様が暴力を!」

「なっ!?」

「誰か! シロール様をお呼びください! 助けて!」


 なるほど、と私はこんな状況で妙に納得する。私を怒らせて、怒りを露わにしたところで被害者を装うつもりだったのか。随分と意地の悪い人だ。


「誰か! 誰____」


 彼女の嘘に満ちた悲鳴は、何かが風を切る音と共に止んだ。勢いがありつつも、重く低い音が私の背から起こり、ミークさんのいる壁に何かが刺さる。壁にめり込んでいたのは、シャインさんのバトルアックスだった。振り向くとそこには、修羅がいた。怒りで眉を歪ませるシャインさんは、今まで見たことのないナイフのような目つきをしている。


「何が助けてだぁ? ふざけてんじゃねぇよ頭湧き女が! 切り刻んでやる! 足出せやボケェ!」

「こーらシャイン、落ち着け。ほらほら、デザートのケーキ俺の分やるから。……まぁ、気持ちは痛いほどわかるけど」


 後からやってきたニルナさんに背を叩かれながらもシャインさんの鋭さは消えない。むしろニルナさんもミークさんに圧のある視線を投げており、場に怒りと不穏と緊張感が漂う。


「ち、違います! ほんとに私、脅されて……! 私のような優しいことしか取り柄のない、何の変哲もない街娘をいじめることが、この女の趣味なんです……!」


 ミークさんは座り込み、大粒の涙を零す。嘘泣きのレベルが高い。俳優さんになれそうだ。


 コツン、コツンとヒールが鳴る。シロール様の足音だと、すぐに分かった。

 

「わたくしが一番嫌いな人間ですね。自分の取り柄を優しいことだと思っているくせに反吐が出るほど性格が悪い。しかもタチが悪いことに、性格が醜いことの自覚がない人間」


 シロール様は微笑みながらも、目は1ミリも弧を描かず、前を見据えている。ぱちりと目が合う。シロール様は眉を下げ、私に駆け寄った。


「愛しいキヌヨ様、お怪我はございませんか?」

「はい。すみません、みすみす罠にかかってしまいました」

「いいんです。まさかうちの領地にこんな幼稚なことをする者がいるとは思いませんよね」


 シロール様は私の手を取り、きゅっと握った後にすぐ離す。そのままするりと私を追い越し、ミークさんに向き直る。


「あの店の菓子は好きだったんですが、看板娘は人間としてまだ日が浅いような脳味噌をお持ちなんですね。まばゆい光を放つ宝石を殴って、そのせいで手を痛めたと宝石に愚痴を言う方でしたか。そうですかそうですか。よーく分かりました」

「ちがっ、シロール様!」

「わたくしは心優しい魔法使いですから、菓子屋の悪評を流したり、貴女の本性を晒したりなどしません。どうぞ平穏に、今まで通りお過ごしください。でも、そうですねぇ。わたくし、記憶力は良い方でして。だからこれから数十年間は、聞かれたら答えてしまうかも。なんであの菓子屋の看板娘は、オニキス家の者に大層嫌われているんだって聞かれたら、ねぇ? わたくしの大事な従者たち?」


 シロール様の言葉に、シャインさんとニルナさんがゆっくりと頷く。皮肉がよくきいている。この兄妹の冷たい視線を見る限り、今まで通り平穏になんて暮らせやしないだろう。


「な、そんな、証拠はないでしょ!? 私を悪者にする気ですか!?」


 ミークさんは首を横に振っている。ふと、ニルナさんに肩を叩かれた。小声で「あの金貨、出してください」と囁かれ、言われるがままにポケットから取り出す。ニルナさんが持ち前の握力で金貨を割ると、中から魔法陣が描かれた紙が、光りながらひらりと舞い落ちた。紙から音が聞こえる。


『冷静ぶってんじゃねぇよカス! うるせぇんだよ!』


 先ほどの罵倒が場に流れる。あ、あ、と小さな声を漏らし、ミークさんは俯いた。


「貴方の下手なキヌヨ様へのお誘いの時点で、警戒しておいてよかった。わたくしたち、魔法で最初から聞いていましたよ。キヌヨ様と貴女のやりとり」

「俺たちだけじゃない。後半の怒涛の罵倒は、酒場のみんなでね。それから酒場に足止め要因としていらした貴女のお友達。随分と話が下手ですね。何か魂胆があるとバレバレでしたので、お金を払って本当のことをお話いただきましたよ。あーあ、お友達いなくなっちゃいましたね」


 もはや手詰まりだ。証拠も証人もたくさんある。


 シロール様が手を挙げると、ニルナさんがつかつかと歩み、ミークさんを拘束しようとする。だが彼女はニルナさんの手を振り払い、髪を振り乱して発狂しだした。


「ちがう、違う違う! シロール様はこんなこと言わない! あんた偽物でしょ! 本物のあの人は優しくて、かっこよくて、領民思いで」


 シロール様の眉が、ぴくりと動く。『偽物』。その単語が放たれた瞬間、やけに怒ったような、笑みの仮面が少しずれたような気がした。


 シロール様は顔色を戻し、爽やかな笑みで続ける。


「わたくしの表面しか好きじゃないんですね。汚い血ごと手で受け止められないのなら、わたくしを真似た剥製でも作って勝手に愛を囁いていればいかがですか?」


 それは真っ直ぐな敵意からの言葉で、明らかな拒絶の言葉だった。

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