第8話 渡辺くんと安倍くん
結局、夏休みの
とはいえ、夜の小学校には入れないので、昼間に集合し、せめてカーテンを閉めて薄暗くして怪談をすることになったのである。
……まったく怖い雰囲気ないというか、ムードがないな。
そして、ろうそくを小学校で使うわけにはいかないということで、怪談を終えるたびにろうそくを吹き消すということもなしになった。
学校というのは、ルールにうるさいのである。
それにしても、怪談の数はたったの十個、ろうそくも使わないとなると、これはただみんなで集まって怖い話をしているだけだった。
「それじゃ、俺から話すぜ」
言い出しっぺの
彼の顔は珍しく真剣で、アタシは思わずドキドキしていた。
「お前ら、気付いてるか? 実は玄関前の校長の銅像、少しずつ回転して動いてるんだぜ」
「えっ、嘘……」
「校長の銅像は毎日数ミリずつ、学校のある方向に向かって回転してるんだ。なぜかというと……」
鬼丸くんが声をひそめるものだから、アタシもゾワゾワしながら話に聞き入った。
「――俺が動かしてるからでした」
「は?」
「な、怖い話だろ? 俺、毎日コツコツと怖い話にするために銅像を力いっぱい動かしてるわけよ」
……。
鬼丸くんはそもそも怪談の意味がまったく分かってない気がする。
その場にいた、鬼丸くんをのぞいた全員がしらけた空気になった。
「で、次、誰がしゃべる?」
鬼丸くんは空気が読めないので、全然気にしている様子がない。
「じゃあ、次は俺が」
苦笑いをしながら、
「ここにいるみんなは、『笑う猫』の話を知ってるかな?」
安倍くんの発した思いがけない単語に、アタシと
「ああ、なんか気持ち悪い笑顔を浮かべる猫のことだろ」
鬼丸くんはさほど興味がなさそうだった。
「あの猫は『百鬼夜行』をするために、幽霊や妖怪を集めているそうだよ」
「ひゃっきやこう?」
アタシは聞き慣れない言葉に首をかしげる。
「本来は日本妖怪の総大将、『ぬらりひょん』が引き連れてる妖怪の群れだよ。『笑う猫』はこの街を支配するために、妖怪たちを集めて力をつけ、そのボスとして君臨するつもりなんだ」
「あのチェシャ猫が、そんなことを……?」
アタシはなんだか、あのニヤニヤ笑いを思い出して怖くなってきた。
あんな猫に街を好き勝手にされるのはいやだ。
曜子先生もその話に真剣な顔で聞き入っている。
一方の鬼丸くんは、なぜか目を輝かせていた。
「すっげー! その『笑う猫』ってやつ、イカしてんじゃん! 俺もそういう強そうな妖怪を引き連れたボスになりたいぜ! 見た目のおっかない妖怪を、あごでこき使えるってことだろ!?」
「どうかな。鬼丸くんみたいなふつうの人間の言うことは聞かないんじゃない?」
安倍くんがちょっと笑うと、その途端に鬼丸くんは不機嫌そうにムッとして、フンと鼻を鳴らす。
そこで、
「僕も、その『笑う猫』について、知っている情報がある」
「お、次は
安倍くんは渡辺くんに順番を譲ったのだ。
「あの猫は、この学校のどこかに封印されている『なにか』を探している」
アタシはドキッとした。
そっと隣にいる曜子先生の反応をうかがうと、彼女は黙って眉間にシワを寄せている。
「なにか、ってなんだよ?」
「それは知らない。ただ、それを『笑う猫』に奪われたらまずい、ということしか」
鬼丸くんはわけがわからない、という顔をしていた。
「お前らが言ってること、全然怪談じゃないし、『笑う猫』って作り話なんじゃねえの?」
「
安倍くんが急に曜子先生に話を振ったのだ。
「『笑う猫』は本当に存在するのか、『笑う猫』が何を狙い、何をたくらんでいるのか。もしかしたら、この学校に長くいらっしゃる先生なら知ってるんじゃないですか?」
――もしかして、安倍くんは曜子先生の正体に気付いているのでは?
アタシは思わずつばを飲み込む。
曜子先生といえば、あいまいな笑みを浮かべていた。
「そうね、最近その『笑う猫』って話、保健室で話している生徒もいるけれど、そんなの本当にいるのかしら。猫が笑うってあまり聞いたことないから」
どうやら、先生は知らないフリをするつもりらしい。
「いやだなあ、だからこその怪談なんじゃないですか。もしその猫がこの学校を狙っているとしたら、何が目的だと思います?」
「さあ……。王馬小学校で金目のものなんてそうそうないし……」
「いいえ、猫が人間のお金なんてものを狙うとは思えない。もっとなにか……そう、『笑う猫』は妖怪なのだから、妖怪に関わるものなのでしょう。それが、猫の狙っている『なにか』なのです」
安倍くんはまるで探偵のように、曜子先生に言葉巧みに推理を話していく。
――やっぱり、安倍くんは曜子先生の正体に気付いているんだ……。
そして、安倍くんがこの十物語に参加したのは、これが目的だったのだろう。
曜子先生の知っている情報を聞き出して、何をするつもりなのかは、わからないけど。
「なあ、安倍も渡辺も、もう猫のことはいいじゃん。俺、もう飽きた。十物語なんて面白くないし、俺んちでゲームして遊ぼうぜ」
ここでやはり空気を読まない鬼丸くんが、話をさえぎって止めてくれたのだ。
このときばかりは「鬼丸くん、ナイス!」と声をかけたくなったアタシであった。
曜子先生が締め切ったカーテンを開けると、外はまだ明るい。
「やれやれ、まいったね。どうしようか、綱吉」
安倍くんは鬼丸くんに話を邪魔されて、苦笑いを浮かべている。
「僕はもう帰る」
渡辺くんは荷物をまとめていた。
「じゃあ、俺ももう帰ろうかな」
「なあ、俺んちでゲームは……」
「それでは、八雲先生。また夏休み明けに、学校で」
安倍くんと渡辺くんは並んで教室を出ていってしまったのだ。
「――なんだよ、あいつら、感じわりい!」
無視された鬼丸くんは怒りながら、教室を飛び出す。
残されたのは、アタシと曜子先生。
「……うーん。このまま私の正体がバレるのも時間の問題かしらね?」
曜子先生は困ったような笑みを浮かべていた。
「それにしても、十物語が中断されてよかった……。アレ、怪談を十個言ったらどうなってたんでしょう?」
「別にどうもならないと思うわよ。そもそも百物語を十物語にした時点で、大したオバケも出てこないし」
曜子先生は、とりあえず鬼丸くんが飽きてくれたことに安心しているみたい。
「……それにしても、
「先生は二人をご存じないんですか?」
「保健室に寄ってこない子はあまり覚えてないのよね……」
曜子先生はあごに手を当てて、なにか考え込んでいた。
「偶然とは思えないわね」
「何がですか?」
「いえ、こっちの話」
先生はほほえみを浮かべて、「こころちゃんも早く帰ったほうがいい」とうながす。
「また、夏休みが終わったら会いましょう」
校門から外に出ると、日差しが肌を痛いくらいに照りつけていた。
それで、ああ夏だなあ、と今さら思う。
あの『笑う猫』は見かけていない。
曜子先生の話では学校の周りを探っているということだったが、そろそろ学校の中に侵入してもおかしくはないはずだ。
ましてや、今は夏休み。
人の目も少なくなり、学校に入り込むには充分なはず。
だからこそ、学校に残っている曜子先生や、『笑う猫』が侵入しそうな場所に住んでいるオバケたちが夏休みの間、全力で守るのだろう。
……曜子先生のために、なにかアタシができること、ないのかな?
でも、アタシはなんの力も持っていないのだ。
渡辺くんのように妖怪を退治する手段もない。
いつも曜子先生に守られてばかりだ。
アタシは帰り道をトボトボと歩いていくのだった。
〈続く〉
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