第9話 七不思議
長い、長い夏休みが終わりを告げる。
アタシは夏休みの間、母方のおばあちゃんの家に遊びに行っていた。
行きも帰りも道路は混んでいて、でもアタシは車の中で眠っていたから退屈はしなかったのだ。
おばあちゃんに「学校は楽しいかい?」と聞かれて、アタシは洗いざらい全部しゃべりたくなってしまった。
――聞いて、おばあちゃん! 保健室の先生がキツネなの! それに、クラスメイトは妖怪退治もできるすごい男の子なんだよ!
……でも、結局言えなかった。
結局、学校で遠足に行った話とか、プールで泳いだ話とか、授業が面白いとか、あたりさわりのないことを話した。
もちろん、そこで出会ったオバケや妖怪の話は隠しておいたのだ。
夏休みが終わって、小学校に登校したアタシは、教室に行く前に真っ先に保健室にやってきた。
「曜子先生!」
「あら、こころちゃん。おはよう」
曜子先生は、いつでも変わらない優しいほほえみで、アタシを迎え入れてくれる。
「夏休み中、大丈夫でした?」
「ええ。『笑う猫』は来なかったわ。どうしてかしら」
先生は、ふしぎ……というか、変だなと思っているようだった。
「学校に押し入って、『鍵』を狙うなら、長期休みはチャンスのはずなのに……」
「でも、何事もなかったなら良かった」
「ええ、本当にね」
ほっと胸をなでおろしたアタシに、先生はにっこりと笑ったのだ。
「さあ、教室に行きなさい。ここで時間を潰していたら、遅刻してしまうわ」
時計を見ても全然遅刻するような時間ではなかったけれど、アタシは素直にしたがった。
教室に入ると、みんなざわざわしている。
「どうしたの?」
「ねえ、こころちゃん。『七不思議』って知ってる?」
クラスメイトにそう言われて、アタシはキョトンとした。
「あの『笑う猫』の次に出てきた、学校のこわ~いオバケのウワサだよ」
「七体のオバケ全員に出会うと、なにかが起こるんだって!」
『笑う猫』で怖がっていた女の子たちは、今度は『七不思議』で悲鳴を上げて楽しんでいるらしい。
「それ、誰が言い出したの?」
「私は
「ええ? 池田先生、オバケとか信じてないんじゃなかったの?」
担任の池田先生は、「三十年生きてるけどオバケや幽霊なんて見たことない」と言い張っている人だ。
……まあ、その先生が片思いしてる相手、キツネのオバケなんだけど。
「なにかが起こるって何? いいこと? 悪いこと?」
「そりゃオバケなんだから悪いことなんじゃない?」
「いや、もしかしたらオバケが隠してるお宝をもらえるのかも?」
……どうにもいい加減なウワサである。
しかし、それを聞きつけて黙っていられないのが、皆さんご存じ
「よーし、オバケのお宝は俺がいただきだ!」
まるでトレジャーハンターみたいに宣言して、鬼丸くんは女子に七不思議について聞き込みを始める。
「あいつ、全然こりないな……」
「まあ、やらせておけばいいんじゃないの」
「渡辺! 安倍! お前らは俺の子分としていっしょに来い!」
ところが、鬼丸くんは二人を名指しで仲間に引き入れるのだった。
「なんで僕がそんなこと……」
「ありゃりゃ、俺も呼ばれちゃった。しょうがないね、やろうよ
「
渡辺くんと安倍くんは肩をすくめながら、鬼丸くんの命令で、放課後、七不思議を調べることになったのだ。
「
「ごめん、アタシは保健委員の仕事があるから……」
渡辺くんの問いかけに、アタシは逃げることにした。
「安心しろよ、オバケの宝を手に入れたら、お前にも分けてやるから」
「ああ、どうも……?」
ニカッと笑う鬼丸くんに、アタシは戸惑いを見せる。
その後、朝のホームルームが始まり、生徒たちは七不思議のことをいったん忘れるほど授業で勉強漬けになるのだ……。
***
放課後。
保健委員の仕事が終わったあと、曜子先生に手短に朝の出来事を説明する。
曜子先生はぎょっとした顔をした。
「鬼丸くんたち、七不思議に会いに行ったですって!?」
「は、はい」
「本当にあの子は何も学んでいないのね……」
曜子先生は残念に思っているらしく、がっくりと肩を落としている。
「でも、渡辺くんと安倍くんもついていったし、鬼丸くんひとりで暴走することはないかなと……多分……」
「あら、あの子たちもついて行ったの? ……それならまあ、マシか……。ふたりとも、頭は良さそうだし……」
それに、少なくとも渡辺くんは妖怪退治をしている家系だ。
もし七不思議のオバケが悪いやつでも、渡辺くんなら倒せるだろう。
「そういえば、ウワサを聞いてふしぎに思ったんですけど」
アタシは疑問に思っていたことを曜子先生に聞く。
「学校の悪いオバケは学校のどこかに封印してるって言ってましたよね? 七不思議のオバケたちは封印されてないんですか?」
「封印するにも、スペースが足りなかったらしいのよ。本当にヤバい『厄災級』を封印するだけで手いっぱいだったとか」
「や、厄災級……?」
アタシにはよくわからないが、とにかくヤバいやつであることは伝わる字面である。
「それこそ、
アタシは想像した。
その『厄災級』のオバケのことはよく知らないが、街にはオバケがあふれ、火の海になった街で逃げ惑う人間たち……といったところか。
――そんなことにさせるわけにはいかない!
改めて、『笑う猫』に鍵を渡すわけにはいかないのだ。
アタシが決意したところで、曜子先生は話を戻すことにした。
「それで、七不思議の話なんだけど……」
「あっ、そうでした。七体のオバケに出会ったらどうなるんですか?」
「オバケの中には、前に会った花子さんみたいな霊もいるけど……赤マントにでも出くわしたら最悪ね」
「赤マント? どんなオバケなんですか?」
「トイレにいたら、『赤色がいいか青色がいいか』と聞いてきて、赤を選ぶと血まみれになる」
「……青は?」
「首をしめられて真っ青な顔にされる」
「ええっ!? そんなの選択肢になってない!」
「だから最悪なのよ。対処法も今のところ、赤マント自体を除霊するくらいしか見つかっていないし……」
それに、と曜子先生は続ける。
「七不思議のオバケ全員に出会ったらなにかが起こるってやつ、多分『四次元の世界』に連れて行かれるわよ」
「四次元の世界?」
それは、『笑う猫』のウワサのときにも聞いた言葉だ。
王馬小学校では、オバケのウワサが広まるたびに、「四次元の世界」に連れて行かれる、というオチが定番であった。
「そもそも、『四次元の世界』ってなんなんですか?」
「オバケたちがもともと住んでいる世界……いうなれば死後の世界ね」
『死後の世界』という言葉を聞いて、アタシはゾッとする。
「そこに連れて行かれるって、死ぬってことですか?」
「死ぬかどうかはわからないわ。ただ、四次元の世界から帰れなければ、この世界では行方不明になるでしょうね」
「鬼丸くんたちを止めなくちゃ!」
アタシはいても立ってもいられず、保健室を飛び出そうとした。
「待って、こころちゃん。私も行きます」
曜子先生は保健室のドアの前に『退出中』の札をさげて、アタシといっしょに、鬼丸くんたちの行方を探す。
「こころちゃんは、『七不思議』について、どこまで知ってる?」
「えっと……実は今朝聞いたばかりで、くわしいことはわかりません」
「七不思議は言葉の通り、王馬小学校にひそむ七体のオバケの話。彼らの縄張りに入ったら、容赦なく人間に襲いかかる。こうやって、刺激しなければ、おとなしいんだけどね……」
曜子先生は静かにため息をついた。
「音楽室で『エリーゼのために』を弾いているベートーベン、家庭科室の勝手に動き出す西洋人形、美術室の絵から出てくるモナリザ、女子トイレの花子さん、トイレの赤マント、プールの底に引きずり込む子供の霊、階段の踊り場にある異世界へ通じていると言われている大鏡……特に四次元の世界に連れ去られやすいのは大鏡」
ということで、二人で急いで大鏡のある階段に向かう。
放課後の夕日が窓から差し込んでいた。
それは血のように赤い夕暮れだったのだ。
階段に近づくにつれて、男の子の悲鳴が聞こえてきた。
――鬼丸くんの声だ!
「うわぁ! たす、助けて!」
鬼丸くんは鏡の中に引きずり込まれ、渡辺くんと安倍くんが一生懸命に鬼丸くんの腕をひっぱって足を踏ん張っている。
しかし、小学生の力では、もう限界にせまっているらしい。
「綱吉、こうなったら飛び込むぞ」
「……まあ、清明ならなんとかなるだろうけど」
お互いの目を見てうなずいた二人は、鬼丸くんといっしょに鏡の中に飛び込んだ。
「嘘だろ、お前らぁぁぁ……」
鬼丸くんの情けない悲鳴を残して、小学生三人が姿を消してしまった。
「大変、私たちもすぐ向かいましょう」
アタシと曜子先生は階段をのぼって大鏡の前に立つ。
鏡はまるで水面のように、ゆらゆらと波打っていた。
先生がそっと鏡に触れると、鏡の向こう側に手が入る。
「行きましょう。今、鏡に入らないと、三人を連れ戻せない気がする」
そこで、アタシたちは鏡の中にダイブしたのであった。
〈続く〉
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