SS クリスマスイブ②
アップが終わり、やがて練習が始まった。最初はパス交換だ。亜衣はいつものように町田とやっている。長いパスも町田は上手い。亜衣は強いシュートが持ち味だから長いパスには少し苦労している。森千尋は長いパスが得意技。さすがに上手い。
「それにしても、選手権、行けて良かったですね」
「ああ。森のおかげだ」
「いえいえ、市村先輩の活躍でしょう」
今日の練習は29日から始まる全日本女子サッカー選手権大会に向けたもの。うちの高校は熊本県予選を見事に勝ち抜いていた。決勝では森のロングパスから市村亜衣が決勝点を決めた。
「……応援に行くんですよね」
「ああ。兵庫なら新幹線で何とかなるし」
選手権大会は兵庫県で行われる。決勝まで行けばテレビで放送があるし準々決勝からはネット中継も全部ある。だが、それまでは限られた試合しか配信されず、熊本県代表の一回戦はそれから漏れていた。となれば、見に行くしか無い。
幸い、夏休みにバイトで稼いだ資金がまだ残っていた。使うならここだろう。本当はクリスマスのプレゼントのために残していたのだが、いらないから見に来てくれと亜衣に言われたのだ。
「いいなあ、自分も行きたかったんですけどね」
「俺がSNSで速報してやるよ」
「ありがとうございます」
国体予選の時は俺も見知らぬ人の実況に救われたし、今度は俺が恩返ししよう。
練習は紅白戦に入っていた。町田と森千尋が同じチーム。市村亜衣はその相手チームだ。
市村はワントップ。森はボランチに入っているからときどきマッチアップしている。市村に入ったボールを森が奪おうとするが、市村が反転してかわした。そのままドリブルで進んでシュートを打つ。
「さすが、市村先輩ですね。千尋の守備もまだまだです」
「いやいや、たまたまだよ」
お互いに謙遜するが本心ではお互い自分の彼女の方が上手いと絶対思ってるだろう。少なくとも俺は思っていた。
しばらくすると再び森と亜衣がマッチアップする。亜衣がステップで左にかわして行こうとするところを森が足を出す。すると、それが亜衣の足にかかってしまって転倒してしまった。
「「あ!」」
俺と関が声を上げる。審判が長い笛を吹いた。ファールだ。
「亜衣、大丈夫!?」
町田が駆け寄る。
「すみません、先輩」
森千尋も心配そうに見ている。亜衣、大丈夫だろうか……
「イテテテ、千尋、本番ではこういうところでファール与えちゃだめだよ」
そう言うと市村亜衣は起き上がった。特に怪我は無いようだ。
「すみません……」
「でも、ナイスファイト!」
そう言って森の肩を叩いた。
「……千尋がすみません。怪我が無いようで良かったです」
関が言った。
「ちょっとひやっとしたな。でも、紅白戦でもちゃんと戦ってる証拠だよ」
「そうですね。じゃないと意味が無いですし。でも、怪我はこわいですよ」
「まあな」
そのファールでもらったフリーキックを亜衣が蹴る。これがゴール右隅への見事なコントロールで決まった。
結局、紅白戦で点が入ったのはこれだけで、1-0で亜衣のチームが勝利した。
◇◇◇
練習が終わり、町田と亜衣と森千尋が俺たちのところに来た。
「千尋、お疲れ様」
関が声を掛ける。
「……巧己、せっかく見に来てくれたのに、いいところ見せられなくてごめん」
森千尋が言う。
「そんなことなかったぞ」
そう言って森千尋の頭をぽんぽんと叩く。森千尋の表情が微妙に変わった
「うわ、千尋、乙女の顔だ」
町田が言う。
「う……見ないでください」
森千尋が顔を隠す。
「ごめんごめん。で、みんなはクリスマスマーケット行くの?」
町田が聞いた。
「いえ、俺たちは帰ります。家が遠いんで」
関が答える。
「そうなんだ。今日は関君ちでパーティーと聞いたよ」
「はい、そうです」
「遅くならないようにね」
「それは大丈夫です。泊まって行くんで」
「え? そうなんだ」
「はい、クリスマスなんで」
「そ、そう……」
「はい、失礼します」
関と森千尋は礼をして帰っていった。
「……あの二人、家に泊まったりしてるんだ」
町田が言う。
「幼馴染みだからな」
「まあそうだけど……どこまで進んでるんだろ。聞いてる?」
「いや、そこまでは」
「そっか。まあいいけどね。じゃあ、私は勝弘のところに行くから」
「うん、じゃあね!」
町田が体育館の方に行った。残されたのは俺と市村亜衣だ。
「じゃあ行くか」
「うん」
俺たちは自然に手をつなぎ、駐輪場まで歩く。そこからクリスマスマーケットの会場に向かった。
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(③へ続く)
※連載中「アリスとたっくん。ときどき黒猫 ~公園で偶然出会った女子に猫のなで方を教えたら~」
https://kakuyomu.jp/works/16818093087542087803
※連載中「 三つ編み眼鏡の文学少女好きな俺の前に理想の女子が現れた! と思ったけどなんか違う」
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