第55話 2度目の遭遇
翌日も俺はまたバイトを早く上がり、市村を迎えに運動場へ行く。
ただ、今日はまた他校と合同練習らしい。俺が来たときにはまだ練習試合の途中だった。
俺が運動場の脇に行くと見たことがある男子が居た。相手高校のジャージを着ている。こいつは確か高橋とか言ったか。市村の元カレだ。前に会ったとき妹が教えてくれた。俺が見ていると向こうも俺に気がついた。
「あれ? 確か、熊谷のお兄さん?」
「はい。久しぶりです」
俺は少し離れて立ったが、高橋が近づいてきた。
「今日は妹さんは来ていないのに来てるんですか?」
「はい。自分の高校なので」
「あー、何年生ですか?」
「2年生です」
「なんだ、タメか。じゃあ、君もサッカー部の誰かと付き合ってるとか?」
「ええ、実は」
俺は誰かは言わなかった。
「なるほど。彼女の応援か。うらやましいね」
俺も聞いてみた。
「高橋君はなぜここに?」
「そりゃ、元カノの亜衣を見にね」
だろうな。しつこいやつだ。
そう思いながら試合を見ていると、市村は交代となって、こちらを見ている。俺は思わず手を振った。市村は振り返したがすぐに高橋に気がつき、手を振るのを止めた。
しばらくするとまだ汗だくの市村がやってきた。その後ろには町田も居る。
「よう、亜衣。久しぶりだな」
高橋が言う。
「だから、亜衣って呼ばないでよ。私に亜衣って呼んでいい男子は秀明だけなんだから」
「秀明?」
「そうよ」
そう言って市村は俺の腕をつかんだ。
「汗臭くてごめん」
「そういうのは気にするなよ」
「うん……」
親密な俺たちを高橋は苦虫をかみつぶしたような顔で見ている。
「そいつのどこがいいんだよ!」
高橋が吐き捨てるように言った。
「え、全部だけど」
そう言って市村はさらに俺の腕に抱きつく。ここまで抱きつかれたのは初めてだ。
「クソッ」
そう言って、高橋は去って行った。
「ごめん、汗、服に付いちゃったよね」
「だから気にするなって」
「でも……」
そこに町田が言った。
「亜衣、気持ちは分かるけど部活中だからね」
「あ!?」
市村が慌てて周りを見渡すと遠くから見ている部員がたくさん居た。
「ま、また後でね!」
「おう!」
市村は離れていった。
町田が俺に近づいてきて言う。
「あいつを近寄らせないようにして。亜衣の調子が落ちちゃうから」
「わかった」
それだけ言って去って行った。
高橋はその後は近づいてくることは無かった。
そして、帰り道。俺と市村はまた堤防までやってきて、そこで座った。
「少し話したい」
市村は言った。
「いいよ」
「……元カレのこと。ほんとに後悔してるの。何で付き合ったんだろうって。バカだった。ほんと、バカだった。秀明、ごめん……」
「俺に謝るようなことは無いんだろ?」
「無いけど……初カレが秀明が良かったよ」
市村は少し涙目で俺を見た。
「でも、過去にいろいろあったから今こうして俺たちは恋人同士で居られる。どんな過去でもここに繋がるためには必要だったんだよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
「……そうだね」
市村はまた俺の肩に頭を預けてきた。昨日、町田に堤防でイチャイチャするなと言われたばかりだが、今日ばかりはいいだろう。
市村を元気づけてやりたい。俺は市村の肩を抱いた。
「なんかほっとする」
「そうか……」
「秀明、やっぱり好きだな」
「亜衣、俺も好きだ」
市村が俺を見つめてくる。キスしてもいい雰囲気だ。そう思ったが昨日の町田の言葉がどうしても気になる。『堤防は見られちゃうからねえ』と言っていた。市村のキスシーンを他の誰にも見せたくなかった。
「亜衣、ここ堤防だし……」
「そ、そっか。ごめん」
慌てて市村が俺から離れた。
「明日……秀明の家行っていい?」
市村が聞いてくる。それで思い出した。昨日の町田の言葉。『そういうのは家でしてね』って言ってたな。これは……
「うん、いいぞ」
「優子ちゃんにも報告したいし」
「そ、そうだな」
「うん、じゃあ帰ろうか」
俺は家の前まで市村を送った。
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