第54話 長島と町田

 翌日、俺はまたバイトを早く上がり、市村を迎えに行く。

 学校の運動場に行くと、そこには長島が居た。


「よう熊谷、久しぶりだな」


「だな。お前、部活は?」


「俺は先に終わったんで怜香を待つことにしたんだ。もう1時間も見てるぞ」


「そうなのか」


 練習終わりで疲れているだろうに大変だ。


「で、熊谷。お前、付き合いだしたんだろ。なんで報告してこないんだ」


 そういえば、長島に報告していなかった。というか、妹とバイト仲間以外にはそもそも報告などしていないが。


「お前は町田から聞いてるからいいだろ」


「いいけどさ。しかし、お前が市村と付き合うとか。びっくりだな」


「今更かよ。一緒にデートしただろ」


「したけど、あのときはこれは難しいかと思ってたからな」


「そうだったのかよ」


 そんな話をしてると練習が終わった町田と市村がやってきた。


「勝弘、お疲れ。今日はありがとね」


「おう、怜香。この後なんだけど、マック行かね? 俺、腹減って……」


「あー、いいね」


「熊谷たちも一緒にさ」


 そう言って俺と市村を見る。


「俺はいいけど」


「私もいいよ」


「よし、じゃあダブルデート第二弾ね!」


 町田も嬉しそうだ。こうして、俺たちはマックに向かった。


 帰ったら夕飯もあるだろうに、部活組は普通にマックのセットを注文している。俺はポテトのSだけにしておいた。


「男子なのに食べないわねえ」


 町田が俺に言う。


「俺は運動してないからな」


「ポテトSだけって……秀明、やっぱり面白い」


 市村がそう言って俺を見た。ポテトSが面白いかね。


「付き合ってるんだから当たり前なんだけど、市村が熊谷を名前で呼んでるの、すごい違和感あるな」


 長島が言う。


「だよねえ。でも私はもう慣れたかな。だって亜衣が『秀明が、秀明が』って何度も言うから」


「ちょ、ちょっと、怜香!」


 市村は慌てて言った。え、何言われてるんだろ。


「お前は市村をなんて呼んでるんだ?」


「そりゃ、亜衣だよ」


「うわ、似合わねえ」


「名前呼ぶのに似合うも似合わないもあるか」


 まったく、こいつは……まあ、確かにまだ違和感はあるけどな。


「それで、お二人さんはどこまで進んだの?」


 町田が聞いてきた。


「そんな……付き合ってすぐだよ」


 市村が言う。


「でも、手はつないだんでしょ?」


「う、うん……」


「頭を肩にもたれてたよね」


「な、なんで知ってるの!?」


 市村が言う。


「堤防は見られちゃうからねえ。あそこでイチャイチャするのは気を付けてよ」


「え? 見てたの?」


「ちょっとね」


「そ、そうなんだ。うん、気を付ける……」


 確かに開けた場所だしな。今までも誰かに見られていたのかも。気を付けなくては……。


「そういうのは家でしてね」


「家って……」


「行ったことあるんでしょ?」


「あるけど……」


 市村は俺の家に来たけど、俺は市村の家の前までだな。


「それにしても亜衣に彼氏ができて良かった。これでガラスのエースは完全に卒業できるかな」


「そうだといいけど……」


「そういえば、ガラスのエースって言ってたな」


 堤防で会うようになって最初の頃に聞いた。


「うん。私、好不調の波が激しくて。調子悪いときは全然シュート入らないんだよね」


 市村が言った。


「でも、熊谷と会うようになってからは復活して好調維持してるよね」


「うん……そうなんだよね」


「昨日なんてハットトリックだし」


「マジか……」


 長島は知らなかったらしく驚いていた。


「そうよ、もう試合終了間際なのにキレッキレで持ち込んで、最後、キーパーまでかわしてたし」


「なんか冷静だったんだよね。時間がゆっくりだったというか、周りが見えてたって言うか……」


「ゾーンに入ってた、ってやつだな」


 長島が言った。


「ゾーン?」


「ああ。集中力が冴え渡って、何でも見えているような状態だ。市村もゾーンに入ってたんだろう」


「そうかもね、自分でもびっくりしたよ」


「愛の力だねえ」


「もう、怜香……」


「でも、そうじゃん。勝ったら告白するって決めてたんでしょ」


「う、うん……絶対、勝とうって思って」


「すごいな、それでハットトリックか」


 長島が言う。


「これからは熊谷君が亜衣にプレッシャーかけてもらえると毎試合ゾーン入ってくれるかもね」


「そう、うまく行くかよ」


 俺は言った。


「キャプテンとして期待してるよー」


 町田が軽く言った。

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