第49話 帰宅
俺は夢心地のまま、自転車を漕いで運動公園から家まで帰った。あんなに行きはきつかったのに、帰りはあっという間だった。
「ただいま……」
家に帰ると妹の優子が居た。
「どうだった? 勝った?」
「ああ、勝ったよ。3対2。市村のハットトリックだ」
「え! すごい! さすが市村先輩!」
優子は興奮しているようだ。
「すごかったよ……」
俺は市村の勇姿と、そして、その後の市村からの告白を思い出し、何とも言えないままリビングの椅子に座った。
「お兄ちゃん……」
「なんだ?」
「もしかして、市村先輩と付き合いだした?」
「な!? なんで……」
「あ、やっぱりそうなんだ。市村先輩のこと話すとき、なんかいつもと違ったもん」
「どこがだよ」
「キモい顔してた」
「はあ? そんな顔してないし」
「してたよ。あの顔は市村先輩に見せちゃダメだよ。すぐ振られるから」
「見せねーよ」
そんなとき、俺のスマホが震えた。見てみると市村からだ。
市村『家着いた?』
熊谷『うん』
市村『電話していい?』
俺は立ち上がり、自分の部屋に向かった。
「あ、市村先輩でしょ」
「俺の部屋覗くなよ」
そう言って、俺は部屋に入り、すぐ電話した。
『あ、熊谷君。今、家?』
「おう。自分の部屋だ」
『そう。少し話せる?』
「大丈夫だ。あ、ごめん……」
『どうしたの?』
「優子に付き合ってることがバレた」
『え、なんで?』
「わからん。市村の話をしているときの顔を見られてバレた」
『アハハ、どんな顔してたのよ。でも、別にいいよ。隠すつもりも無いし』
「そうなのか?」
『うん。サッカー部のみんなにもバレバレだから。告白の間、帰りのバス待ってもらってたからね』
「そうだったのか」
『うん。それに怜香が「うまくいったの?」って聞いてきたから思わず「うん」って答えちゃったんだよね』
「そ、そうなのか……」
『ごめんね。だから、みんな盛り上がっちゃって。ただでさえ優勝でテンション高いのにこれでしょ。帰りのバス大騒ぎで……』
「そうか。まあ俺は市村が良ければ問題ないよ」
『ありがと。それで……相談なんだけど』
「なんだ?」
『その「市村」って呼び方、そろそろ変えてくれないかな』
そういえば俺が夏鈴さんを名前で呼んでたのを市村は気にしてたな。
「でも、じゃあ何と呼ぶんだ?」
『そりゃ、亜衣でしょ』
「うっ……俺、初めての彼女だし、名前呼びは緊張するな」
『嫌だった?』
「嫌じゃ無いよ……亜衣」
『……結構、恥ずかしいね、
市村、俺の下の名前知ってたんだな。ふと、そう思った。
「こ、これからはそう呼ぶのか?」
『うん。だって、彼氏と彼女だもん』
「わかった、亜衣」
『うん、秀明』
「は、恥ずかしいな」
『アハハ、だね』
そう言いながらも市村はそれほど恥ずかしく無さそうに聞こえる。あ、市村にとっては俺は初めての彼氏じゃないしな。前に会った元カレも亜衣と呼んでたな。俺の中に黒い心が湧いてきた。
『ん? どうしたの、秀明?』
「あ、なんでもないよ」
『なんでもない、か……隠し事はしないで欲しいな』
「そうだな。確かに良くないな。でもくだらない話だよ」
『でも言ってよ』
「うん。亜衣にとっては初めての彼氏じゃ無いし、名前で呼ばれるのも慣れてるのかな、って思っただけだよ」
『あ、嫉妬してくれてるんだ』
「そりゃ、まあ……」
『じゃあ、この機会に話しておくね。元カレのこと、別に私は好きになってないんだ。向こうが告白してきて、私も付き合うって事がよくわかってなかったから、断れなかっただけ。今は軽率だったと後悔してる。でも、中学生だったし、恋人らしいことは何もしてないからね。すぐ別れたし』
「そ、そうか……」
『ほんとだから。実質は秀明が最初の彼氏だよ。こんなに好きになった人、初めてだもん』
「そうなんだ。俺もそうだな。こんなに好きになった人は初めてだ」
『そっか……会いたいな』
「明日は練習あるのか?」
『ううん、明日は休み』
「そうか……じゃあ、会うか?」
『そうだね。ランチしようよ。11時にバスセンターとか』
「わかった。行くよ」
『うん! 付き合ってからの初デートだね』
「だな、楽しみにしてる」
『私も! じゃあね』
「おう」
電話は切れた。
すると、俺の部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃん、最低だね」
「な!? 聞いてたのかよ」
「聞こえただけだから。付き合いだして、すぐに元彼の話しちゃうなんて最低だよ」
「だ、だよな……あれは失敗だった……」
「はぁ。明日のデートで取り戻すしか無いからね」
「うん……優子、また服選んでくれ」
「しょうがないなあ。明日お土産買ってきてよね」
「わかった」
それぐらいはしょうがないか。
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