第47話 決勝①

 翌日、また俺は熊本県民総合運動公園に向かった。今日は皇后杯熊本県予選の決勝戦だ。そして、勝てば市村から何か話がある。今日でここに来るのは最後だし、俺は自転車で行くことにした。


 15時キックオフだから時間的に余裕はあったが、8月の真昼。なかなか暑い。途中何度もコンビニで休憩しながら進んだため到着したのは練習開始の直前だった。

 

「あ、熊谷先輩!」


 俺がスタンドに入ってきたのを見て関が声を掛けてきた。森千尋の彼氏だ。


「まだ練習は始まってないか?」


「はい。あ、入ってきました」


 選手がピッチに登場する。そして整列して礼をした。観客席からは拍手だ。そして俺は市村に手を振る。市村も笑顔で俺に振り返してくれた。


 練習が始まると真剣モードだ。今日はみんなの気合いが入っていることが分かった。


「今日の相手は強いのか?」


 俺は全然分からないので関に聞いてみる。


「結構、強敵ですね。高校生と社会人混合です」


「今日勝てば全国大会か?」


「いや、九州大会です。10月に鹿児島であります」


 今度は鹿児島か。また会えない時間が出来るな。少し複雑だが、勝って欲しいのは当然だ。


 練習が終わり選手たちはスタンドに引き上げる。関が森千尋に声をかけていた。俺も最前列まで行き市村に声を掛けた。


「市村、がんばれよ! 応援してるよ」


「あ、ありがと……」


 あれ? なんか失敗したかな。市村は恥ずかしそうにしていた。周りの選手達はくすくす笑っている。


「俺、なんか変なこと言ったかな」


 関に尋ねた。


「いや、なんでしょうね……」


 関も分からないようだった。


 やがて試合開始の時間になった。選手が入場し、整列する。会場からは拍手だ。俺は声を上げた。


「市村、がんばれー!」


 聞こえたとは思うが、市村は恥ずかしそうに手を挙げただけだった。横の町田怜香が何か市村にささやいた。市村は町田を叩いていた。何を言われたのだろうか。


 そして試合が始まった。やはり相手は強い。こちらが押し込まれる展開が続く。


 だが、先制したのはうちのチームだった。相手の攻撃からのカウンターで町田がボールを運ぶ。右サイドの奥に入り、クロスを挙げるとそこに入ってきたのは市村だった。綺麗なヘッドで先制点を挙げる。


「よし!」


 俺は右手を突き上げた。


「やりましたね!」


「おう!」


 関とハイタッチをした。市村も嬉しそうに町田と抱き合う。


 だが、その後も相手ペースで試合は続き、攻め込まれる展開が続く。そして10分後にはコーナーキックから失点。さらに前半終了直前に相手のミドルシュートが決まり逆転され、1対2で前半を終えた。


 スタンドから帰っていく市村は下を向いている。俺は声を掛けた。


「これからだぞ! これからこれから!」


 その声を聞いて市村は顔を上げ、こちらを見て、力強く頷いた。そして、町田と森と何か話してスタンドの下に消えた。


「さすがに相手は強いな」


 俺は関に言った。


「ですね。でも、千尋はまだ目に力がありました。きっとやってくれます」


「そうだな、市村も気力は失っていなかったぞ」


「はい。でも、後半何か変えないと、このままな気がします」


「なるほど。話し合っていたし何か策はあるのかな」


「きっとあると思います」


 そして、後半が始まった。サッカー素人の俺にも前半と選手の配置が違うことが分かった。


「3トップになっていますね」


 関が教えてくれる。


「3トップ?」


「はい、いつもは市村先輩と町田先輩が前に居る2トップですが、今は市村先輩一人で中央に居ます。そして、町田先輩と千尋が左右に張っています」


 確かにそうだ。市村は1人前の方に居て、町田は左に、森千尋が右に居る。相手の守備の選手がボールをまわそうとすると、それを3人で執拗に追っていた。相手はそれをかわそうとキーパーにボールを戻す。それをさらに市村が追い、キーパーが苦し紛れに蹴ったボールがこちらに渡っていた。


 次第にボールを持つ時間が長くなり、攻めることができるようになってきた。町田のサイドの突破から市村のシュート、さらには森とのパス交換から最後は森のシュートなど、こちらのシュートが増えてきている。


「うわあ、惜しい!」


 森千尋のシュートが外れ、関が頭を抱える。


 だが、その直後だった。相手キーパーからディフェンダーへのパスを町田がカットする。すぐさま市村にパス。市村がディフェンスをかわし放ったシュートはキーパーの手をかすめ、ゴール右隅に突き刺さった。同点弾だ。


「よし、やった!」


 俺と関はハイタッチする。会場も盛り上がった。だが、市村は喜ぶのも一瞬ですぐにゴールに入ったボールを取り、センターラインに向かった。同点ではまだ不足なのだ。


 その後も主導権は完全にこちらが奪い、攻め立てる。だが、相手も守備重視となり、なかなか点が入らない。


「延長ですかね……」


 関が言った。


「延長?」


「はい。同点の場合、決勝戦だけは10分ハーフの延長戦です。それでも決着が付かなければPK戦ですね」


 延長戦か。かなり暑い中での試合だ。両チームともに疲れも出ている中での延長戦は大変だろうな。


 そう思ったときだった。攻めていたこちらのボールが奪われ、相手のカウンターを受ける。相手が3人で攻め上がるのに守備は2人しか残っていなかった。


「やばい!」


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