第46話 一回戦

 翌日、俺は試合会場の熊本県民総合運動公園に向かう。ここはロアッソ熊本の試合でも行ったところだから場所は分かる。だが、かなり遠い場所だ。前回は市村と一緒だから自転車でも行けたが、今回は1人だし、二日連続になるかもしれないし、とても無理だ。自転車で行くのは諦め、バスで向かった。


 市村たちの試合はロアッソが試合をする大きなスタジアムでは無く、小さな方の競技場で予選は行われる。一回戦の相手は高校生と社会人が所属するクラブチームだ。


 小さなスタンドにはやはり関係者しか居ない。俺ももうその一人と言えるだろう。そして、そこには見慣れたやつが居た。


「関、お前も来たのか」


 森千尋の恋人、関だ。


「あ、熊谷先輩。はい、今日は大事な試合ですからね」


「そうだな」


「先輩は結局、市村先輩と付き合ってるんでしたっけ。なんか千尋がそんなことを言ってたような……」


「まだだよ。だが、ほんとにもう少しだから」


「そうですか、でも、付き合ってないのにこれだけ観に来てるのはすごいですね。いつも居ますよね」


「まあ、暇だからな」


「でも、すごいですよ。絶対付き合えますって」


「ならいいけどな」


 そんな話をしていると練習で両チームが登場した。もちろん、市村と町田、それに森千尋も居た。まず観客席に礼をする。俺と関は拍手で迎えた。さらに俺は手を振る。市村も振り返してくれた。


 練習が終わるとスタンドの方に選手は戻ってくる。俺はここで声を掛けた。


「市村、がんばれよ!」


「うん! ありがとう!」


 それを見て他の選手が何かコソコソ話している。きっと彼氏だ何だと言っているのだろう。関も森に声を掛けた。


「千尋、ファイト!」


 相変わらず森千尋は手を挙げるだけで何も答えず消えた。クールだな。


 そして試合が始まった。相手には社会人で体が大きい選手も居る。だが、試合は優勢だ。そして前半終了間際、森千尋のスルーパスに市村が反応し、相手ゴールキーパーをループでかわしゴールを決めた。


「よっしゃー!」


 俺と関は盛り上がる。


「さすが市村先輩ですね!」


「いや、森のパスも良かったよ」


 お互いにお互いの彼女を褒め合った。いや、市村は俺の彼女じゃ無いか。


 後半は相手の攻勢が続く。だが、決定的なチャンスはなかなか作らせない。そして、後半15分にはコーナーキックのチャンス。森のコーナーキックを今度は町田が決めた。2対0だ。


「よし!」


 また俺と関はハイタッチした。


 試合はそのまま終わり、2対0で終了した。


「これで明日の決勝に進出ですね。明日も来ますか?」


「もちろん」


「俺も来ます。じゃあ、また明日ですね。俺は千尋に会ってきます」


「俺も行くよ」


 俺と関はスタンドの外に出て、彼女たちを待った。


 まず、森千尋が出てくる。すぐに関が行く。何か話ながら頭をぽんぽんと叩いていた。いいなあ、あれ。俺もやってみたいが、友達だからまだ無理か。


 すると、市村が出てきた。


「市村!」


「あ、熊谷君」


「いいシュートだったな。芸術点高いぞ」


「アハハ、芸術点なんか無いよ」


 市村は笑ってくれた。


「でも、綺麗だった」


「そっか。我ながらいいシュートだったよね」


「だな」


「熊谷君、千尋の彼氏と仲良くなったの?」


 関のことか。


「まあ、そうだな。何回か会ったし」


「そうなんだ。いいよねえ、付き合ってて」


「そ、そうだな……」


 そんな話をするとお互いを意識してしまう。


「あ、明日勝ったら話あるから。忘れないでね」


「おう、わかった」


「絶対勝つから」


「楽しみにしてる」


「うん。じゃあね!」


 市村は去って行った。


 そこに関が来た。


「やっぱり市村先輩、可愛いですね。明るくて笑顔が素敵です」


「だよな。お前の彼女だって美人だろ」


 森千尋は試合の時にはヘアバンドをしているが、それを外した普段の姿は普通のロングヘアの美少女といった感じだ。


「まあ、そうですけど、あんまり愛想は無いんで。話すのは苦手で……」


「そんな感じだな」


「はい。だから、市村先輩のような明るい女子は少しうらやましいです」


「でも、お前は森が好きなんだろ?」


「もちろんですよ。彼女、幼馴染みなんです。小さいときから知ってるんで、もう家族みたいなもんですね」


「そうか。それで付き合うってのも意外に珍しいんじゃ無いか?」


「そうかもしれないですね。中学に入ったときに俺が告白しました。美人になって人気者になってきたのでこれはやばいな、と」


「なるほどな」


「俺みたいなやつが付き合えてラッキーですよ」


 関もそこそこイケメンの方に入りそうなやつだがな。こいつらはお似合いのカップルだ。

 それに比べて俺たちはどうかな。少し不安になった。


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