第42話 練習見学

 木曜日。俺はバイトのはずだが、今日は休んだ。町田からの指示はバイトを休んで練習見学に来い、とのことだったが、確かにそれがいいと俺も思った。もはやバイトどころではない。俺は自分の学校に向かった。


 学校に着くと、グラウンドに向かう。既に女子サッカー部の練習は始まっていてグラウンドを走っている。それは分かっていた。俺はグラウンド脇からその練習を見守った。


 町田が俺に気がついた。そして、市村に何か言う。市村が俺を見て驚いている。俺は手を小さく振った。だが、市村は振り返さず目をそらした。うーん、怒ってるな。


 やがてパス練習が始まった。市村は町田とペアでパスを交換している。俺には背を向けていて、表情は見えなかった。だが、いつものようなパスの正確さが無く、町田が苦労していた。


 やがてボールを4人でまわす中に1人が入り、ボールを奪うという練習を始めた。町田も市村もボールに集中している。だが、市村が中に入るとなかなかボールが取れずに苦労していた。やはり本調子では無いようだ。


 しばらくすると、休憩になった。みんな水を飲みに来る。そして俺のところに町田が来た。


「来てくれたね」


「もちろん」


「お姫様は依然としてご機嫌斜めだよ」


「だね……どうしたらいい?」


「亜衣を応援して。声出せる?」


「もちろんだよ。わかった」


 とはいうものの、どういう声を出せばいいんだ。


 そして、次の練習が始まった。今度は守備2人とキーパー、それに攻撃3人に別れ、シュートまで行く練習だ。やがて市村たちの番になる。だが、最後に市村はシュートを大きく外してしまった。


「ドンマイ! 次! 次!」


 俺は思い切って大きな声を出した。それを聞いて町田が笑っている。お前が声出せって言ったんだろ、笑うなよ。

 市村を見ると……俺をチラッと見たがやはり不機嫌そうな顔だ。ダメかあ。


 そして再び市村たちの番になった。また最後は市村のシュートだったが、今度はキーパーに取られてしまう。


「惜しい! 次! 次!」


 市村の時だけ野太い声が飛ぶので他のサッカー部員は笑っている。市村は「はぁ」とため息をついていた。依然、笑顔は無い。


 そして三度目。市村は今度はシュートを決めた。


「よおし! いいぞ、市村!」


 俺は興奮しさらに大きい声を出す。女子部員達はさらに笑った。それに釣られ、ついに市村も笑ってしまう。よし! ついに市村の笑顔を見れたな。


 その後も俺は市村のプレイにだけ大きな声援を送り続けた。やがて休憩になる。すると、市村が俺のところに来た。


「もう、恥ずかしいからやめて」


「いや、やめない。俺は市村を応援する」


「もう、わかったから。怒ってないし」


「……そうか?」


「うん。誤解だって自分でも分かってる。でも……」


「でも?」


「その話は後で。とにかく応援はもうやめてよ」


「わかった」


 その後は俺は黙って市村の練習を見守った。だが、シュートが決まったときなどは思わず拍手してしまう。まあ、声出してないからいいよな。


 やがて練習は終わった。すると、市村が俺のところに来る。


「一緒に帰ろう。待ってて」


「おう。駐輪場に居るから」


 俺は駐輪場で市村の準備が終わるのを待った。すると、そこに市村と町田がやってきた。


「申し訳ないけど、堤防まで私も行くから」


 町田が言う。


「そうか」


 俺たちは帰りだした。



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