第36話 遠征の朝(市村亜衣 side)

 土曜日。今日も私、市村亜衣は宮崎で試合だ。朝、少し時間に余裕があるときに私はスマホをじっと見つめていた。

 

「何してるの?」


 見ていた町田怜香が言う。


「うーん……ちょっとね」


「熊谷でしょ」


「……うん。試合前に声聞いておこうかなって思って」


「へぇー、じゃあ、電話すれば?」


「でも、起きてるかな」


「面倒くさいわね。まずメッセージ送ればいいでしょ」


「そ、そうだね」


 私は熊谷君にメッセージを送る。


市村『おはよう。起きてる?』


熊谷『おはよう。起きてるよ』


「熊谷君、起きてるって」


 思わず怜香に言ってしまう。


「じゃあ電話すればいいでしょ。さっさと掛けなさいよ」


「そ、そうだね」


 慌てて私は熊谷君に電話した。


「朝からごめん。ちょっといい?」


『おう、いいぞ』


「今日は午前から試合なんだ。気分を落ち着けたくて電話した」


 思わず正直に言ってしまう


『そうか、いつも通りやれば大丈夫だよ』


「そうだよね……ありがとう」


 そのやりとりを聞いていた怜香が「彼氏か」と言っている。


「あ、また怜香がうるさいから。じゃあね!」


 私は慌てて電話を切った。


「ふぅ……」


「亜衣は熊谷の声で落ち着くんだ」


 怜香がからかうように言う。


「……べ、別にいいでしょ」


「いいけど。で、熊谷はなんて言ってた?」


「いつも通りにやれば大丈夫だって」


「ふーん、あいつにしてはいいこと言うじゃん」


「だよね! さすが熊谷君って思っちゃった」


「……亜衣、すごいテンション上がってるよ」


「あ……うん」


「まあ、亜衣の調子が良くなる分には何の問題も無いからね。もっと電話したら?」


「もういいよ……十分エネルギーチャージしたから」


「エネルギーねえ……」


「いいでしょ、もう!」


 そう言って廊下に出るともう一人エネルギーチャージしている選手が居た。森千尋だ。


「千尋も彼氏に掛けてるのかな」


 廊下の隅に行って電話している。


「でしょうね。千尋も亜衣と同じで彼氏の声聞かないと生きていけないタイプだから」


「そうなんだ……って、私は違うから」


「うわあ、自覚無いタイプ?」


「自覚って、第一彼氏じゃないし」


「あー、そうだったね。もうみんな彼氏って呼んでるけどね」


「誰のせいよ」


「そりゃ、亜衣でしょ。お守り自慢始めるから」


「自慢してないし。怜香がみんなに見せちゃったんでしょ」


「そうだったっけ?」


「そうよ。もう……あれは熊谷君からもらった大切なやつなんだからね」


「ふーん、大切なんだ」


「うっ……そりゃそうでしょ。大事な……友達だもん」


「友達ね」


 そんな話をしていると千尋がいつの間にか電話を終えて私たちのところに来ていた。


「先輩達、朝からうるさいっす」


「ご、ごめん、千尋。電話の邪魔だった?」


「はい、ちょっと……」


「ごめんね」


 私と怜香は後輩の千尋に謝った。



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