第32話 自主練

 ダブルデートの次の日、朝から市村のメッセージが届いた。


市村『お疲れ。昨日はいろいろとありがとう』


熊谷『お疲れ様。楽しかったよ』


市村『だったらいいけど。なんか怜香とか後輩とかがうるさくてごめん』


熊谷『俺は気にしてないから大丈夫だ』


市村『そっか。よかった』


熊谷『今日は練習は無いのか?』


市村『無いよ。でも自主練する』


熊谷『さすがだな。どこでやるんだ?』


市村『学校だよ』


熊谷『何時から?』


市村『夕方から。少し日が落ちてから』


熊谷『それ、俺も行っていいか?』


 俺がそうメッセージを送ると、電話が鳴った。市村からだ。


『熊谷君、来るの?』


「俺も今日バイト無いし暇だから。ちょっと運動もしたいし。迷惑かな?」


『ううん、嬉しいよ。でも私だけじゃなく怜香も一緒だから』


「そうか、俺は邪魔にならないようにするよ」


『いいよ、ちょっと手伝ってくれるだけでもありがたいし』


「そうか。だったら行くよ」


『わかった。夕方4時ぐらいからだから』


 こうして俺は市村の自主練に付き合うことになった。


◇◇◇


 俺が4時前に到着すると、既に市村と町田は来ていた。


「あ、彼氏来たよ」


 町田の言葉に市村はすぐに言った。


「彼氏じゃないから。熊谷君、来てくれてありがとう」


「おう。今から走るのか?」


「うん。アップからだね。一緒に走ろう」


「そうだな」


 俺は市村と町田の後ろから付いていくことにした。だが、思ったよりペースが速い。あっという間に限界が来た。


「お、俺はもう離脱する……」


「あ、うん、わかった! 休んでて!」


「もう? 情けないわね……」


 町田に文句を言われたが限界だ。俺はグラウンドの端で2人が走るのを見守った。


 アップを終えた2人はパスの練習を始めた。


「これぐらいできるんじゃない? 熊谷君も入ろうよ」


 市村が言う。確かに来たボールを蹴って返すだけなら出来そうだ。

 俺も入って3人でパスを交換する。俺は町田からパスを受け、市村に出す。だが、町田のボールが速く、うまくトラップできず後ろにそらしてしまった。あわてて追いかけ、市村にパスを出す。だが、そのボールもそれ市村を走らせてしまった。


「ごめん!」


「いいよ、これも練習になるし」


「はぁ……」


 町田がため息をついた。その後も何回かそういうことがありながら何とかパス練習を終えた。


 そこからは二人はドリブルの練習を開始する。さすがにうまい。俺は出来るわけもないので見ているだけだ。


「よし、じゃあ、シュート練習しようか。熊谷君、キーパー出来る? 適当にポジション取るだけでいいから」


「まあ、そういうことなら」


 市村のリクエストにこたえ、俺は普段より小さいミニゴールの前にキーパーとして立った。


 二人はパスを交換しながら近づき最後にシュートを打つ。俺は何とか止めようとするが全然止められない。最後には町田が俺の頭の上を越すパスを出し、それを市村がダイレクトに決めた。すごいな……


「いい形になったね」


「うん、いい練習だった」


 二人は満足したようだ。


 今度は片方がディフェンス役をやって片方がドリブルで相手をかわしながらシュートを打つ。つまり、キーパーである俺はディフェンスと共同でゴールを守ることになる。


「キーパーもう少し前、そう。左カバーして!」


 ディフェンス役の町田の指示がうるさいが、俺は従うしかない。だが、市村の攻撃はなかなか止まらず失点を重ねた。


「あーもう、キーパーがキーパーだし仕方ないか……」


 町田が俺に文句を言う。


「ごめん……」


「じゃあ、交替ね」


 今度は俺が市村と組む。市村は俺への指示も町田より優しくやってくれた。


「うん、いいよ、そこで。自由に動いていいから」


 だが、やっぱり町田の攻撃もなかなか止まらず失点を重ねた。最後は綺麗に町田にかわされて俺は尻餅をついた。


「アハハ、熊谷君、大丈夫?」


「ああ、なんとか」


 格好悪いところを見せてしまったな。だが、市村が来て俺のジャージに付いた土を払ってくれた。


「かっこよかったよ」


「どこがよ!」


 町田が突っ込みを入れた。


「だって、素人なのにここまでやってくれたから」


「はぁ、熊谷君に甘いねえ、亜衣は」


「そうかな」


「惚れた弱みだねえ」


「惚れてないから」


 市村は顔を赤くして言った。


「はいはい、じゃあ、今日は終わろうか」


「うん」


 俺たちは軽くグラウンドをジョギングし、練習を終えた。


「じゃあ、熊谷君……一緒に帰ろうか」


「そうだな」


「これで付き合ってないとか……」


 町田が言う。


「いいでしょ、私たちはそういう関係じゃ無いし。ね?」


「う、うん。まあな……」


「はぁ。熊谷君、こんな子だけど見捨てないでやってね」


「なによそれ」


「ハハ、俺は大丈夫だよ。市村を支えられればそれでいいから」


「うわ、健気けなげ。まあ、がんばって」


「おう」


 俺と市村は自転車で帰り出す。いつもの堤防を2人で自転車で走った。


「今日はありがとね」


「こちらこそ。いい運動になったよ。やっぱり、市村はすごいな」


「そうかな。まだまだだよ」


「いや、すごいよ……明日も自主練するのか?」


「明日はお父さんの実家に家族で行くから」


「そうか」


「何かメッセージは送ると思う」


「おう、待ってるな」


「うん!」


 市村の家の前に着いた。


「じゃあ、また!」


 市村の笑顔はやっぱり素敵だ。

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