第26話 サッカーデート

 日曜日。今日はロアッソ熊本の試合に市村と行く日だ。

 16時頃、俺の家に市村が来た。


「あ、市村先輩!」


「優子ちゃん、こんにちは。熊谷君、持ってきたよ」


「おう! ありがとう」


 市村はロアッソ熊本の赤いTシャツを持ってきてくれていた。ロアッソの試合に行くならそういうシャツを着ていった方がいいらしい。俺は持ってなかったが、市村は何度も試合に行っていて、無料でもらったTシャツを何枚か持っているらしい。その一枚を俺はもらった。そして、着替えて出てくる。


「うわー、お兄ちゃん似合わない」


「うるせーよ」


「そんなことないよ、行こう」


 市村は優しいな。


 俺たちは自転車に乗り、熊本県民総合運動公園の陸上競技場に向かう。ここは3万人以上の収容人数がある巨大スタジアムだ。ただし、市の中心部からはかなり離れている。うちからだと10キロ以上はある。そこまで自転車で行くのだ。市村は何度も自転車で行っているというので、俺もチャレンジすることにした。


 夕方とは言え8月。かなり暑い。


「そろそろ、水分補給しようか」


「そうだな」


 俺たちは途中のコンビニに自転車を停め、店内に入った。


「はぁー、涼しい!」


 市村が言う。俺たちはスポーツドリンクを買って飲んだ。


「これは生き返るな。スタジアムまであとどれぐらいだ?」


「まだ半分も来てないよ」


「マジか……」


 俺はもう結構疲れている。


「大丈夫?」


「女子には負けられない」


「私、サッカー部のエースだよ」


「大丈夫、負けないから」


 俺は無駄に意地を張り、再び自転車に乗ってスタジアムに向かった。


 ようやく着いたときには俺はクタクタだったが、市村は余裕がありそうだ。


「よし、行こう!」


 俺たちは一般入場の列に並ぼうとしたが、開場はもうすぐで、かなり長い列が出来ていた。


「先に何か食べようか」


「だな」


 俺たちはスタジアムグルメのコーナーに向かった。キッチンカーや屋台みたいな店が多数出ている。


「何食べる?」


「うーん、何がお勧めなんだ?」


「そうね、ロアッソカレーとか赤牛丼とか、チキンオーバーライスとかかな」


「その最後のやつ美味そうだな。名前だけでの判断だけど」


「そう? じゃあ、その店に行こう!」


 俺たちはチキンオーバーライスの店に並んだ。そこにはタコライスも売ってある。市村はそちらの方がお気に入りのようだ。もちろん、今日はご褒美の日。俺が全て払った。


「日陰で食べようよ。レジャーシートも持ってきてるし」


「じゃあ、それがいいな」


 俺たちは日陰に行き、レジャーシートを広げて座った。2人で並んで買ったものを食べる。チキンオーバーライスは確かに美味かった。


「これは美味いな」


「でしょ。タコライスも美味しいよ。食べる?」


 さすがに市村が食べている途中で俺が食べるのは……


「い、いや、遠慮しておく」


「そう、美味しいのに」


 食べ終わる頃には、もう入場の列も短くなっていた。


「よし、入ろう」


 俺たちは入場列に並んでスタジアムに入場した。

 俺たちの席はSA席、入ってすぐの席だ。市村はそのエリアに入ると階段を上に登っていく。


「サッカーを見るにはこれぐらい上からの席がいいんだよ」


「確かにそうだな」


 俺も最初にスタジアムでサッカーを見た後、学校のグラウンドで見たのでよく分かる。高さが無いと誰がどこに居るか、ごちゃごちゃして位置がつかめない。


 逆に言えば選手はその状態で各選手の位置を把握し、プレイをしているわけで、ほんとにすごいと思う。


 選手が入場し練習が始まった。スタメンも分かっているので、どういう選手なのかを市村が説明してくれる。驚いたのは同じ高校生の選手が居たことだ。


「すごいよね、プロに入ってプレイするなんて」


「ちょっと想像が付かないな」


 そして、試合が始まった。さすがにプロの選手はレベルが高い。俺にもそれはすぐに分かった。市村に内容を解説してもらいたいところだが……市村はそれどころではないようだ。


「うゎー、惜しい!」「そこ、前!」「ディフェンス!」「キーパー!」


 まるで自分の試合のように声を出している。前半終了時には声が少し枯れるレベルだ。ちなみに試合はまだ0対0である。


「はぁ、疲れた……しまった! 夢中になって全然解説してなかったね」


「そうだな……」


「後半は解説に徹するから」


「そうか、頼む」


 それにしても、俺たちの前の席が気になる。同じ高校生ぐらいのカップル2組が座っていて、イチャイチャしているのだ。腕に抱きついたり接触が多いし、顔と顔の距離がかなり近い。キスするような近さ。見ないようにするが、どうしても目に入ってしまう。


「……なんか、前のカップルすごいね」


 市村が小声で俺に言う。


「そ、そうだな……」


「ちょっとうらやましいかも」


「え?」


「あ、飲み物買ってくるね」


 市村は席を立った。


 市村が帰ってきたときにはもう後半が始まるところだった。 

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