第23話 いい感じの子

 木曜日。今日もバイトに行く。昨日の肩の感触が今日の俺を元気にしていた。休憩時間になり、鎌田が聞いてくる。


「熊谷、今日なんかテンション高いな?」


「そうか?」


「あ、私も思った」


 竹本夏鈴さんも言う。


「だろ、絶対何かあるよな。また、例の子だろ」


「ち、違うから」


「あー、こりゃ当たりだな。進展あったんだ」


「たいしたことじゃないがな……」


「え、例の子って?」


 夏鈴さんが鎌田に聞く。


「熊谷が何かいい感じになってる子が居るんだって」


「へー、そうなんだ……付き合ってるの?」


「いや、ただの友達」


「ふーん。でも、熊谷君はその子と付き合いたいんだ」


「まあ、そうなればいいとは思ってるけどね」


「……熊谷君にそういう子が居たんだね」


「うん、まあ……」


 そこに鎌田が言った。


「夏鈴さんって彼氏とかっているの?」


「ううん、居ないよ」


「そっか、俺たちと同じだな」


「そうだね」


 鎌田、さりげなくアピールしたな。


◇◇◇


 バイト帰り、今日も俺は夏鈴さんと一緒だ。途中までだが。

 信号に止まったとき、夏鈴さんが聞いてきた。


「熊谷君が気になっている人って、私が知ってる人?」


「うーん……」


 俺は言っていいか悩んだ。


「あ、知ってる人なんだ」


 悩んだ時点でバレてるか。失敗した。仕方なく俺は言う。


「う、うん。そうなんだ」


「ふーん、誰?」


「それは言えないよ」


「そっか。じゃあ同じクラス?」


「まあね」


「夏休みも会ってるの?」


「うん」


「そうなんだ……誰なんだろ」


「まあ、それはいいから。あ、信号、青だよ」


「あ、うん」


 俺たちは信号を渡った。

 しばらく進み、昨日と同じ場所で夏鈴さんと別れた。


◇◇◇


 そして俺はまた昨日と同じコーヒーを買い、堤防に来た。

 しばらくすると、市村がいつものようにやってきた。


「よう!」


「お疲れ!」


 市村が横に腰を下ろした。


「あ、今日もそのコーヒーだね」


「うん、しばらくこれになるかも」


「じゃあ、いつものやつ、買ってこようか?」


「……お願いできるかな。お金は後で渡す」


「おごりでいいって」


「じゃあ、あとでケーキとかでお返ししようか」


「うんうん、またご馳走になりに行くから」


「わかった」


 市村とそういう約束が出来て、俺は嬉しかった。


「……それと、ちょっとまたお願いがあるんだけど」


 市村が言う。


「なんだ? 俺に出来ることなら何でもいいぞ」


「実はこういうのもらっちゃって」


 市村がチケットを二枚出す。


「ロアッソ熊本?」


「うん。Jリーグの試合。今度の日曜にあるんだ。どうかな?」


 市村と二人でサッカーの観戦か。これはデートみたいで嬉しいけど……


「でも、俺、サッカー素人だよ。選手とか一人も知らないし。俺と見ても面白いかな」


「私が教えてあげるから大丈夫!」


「そ、そうか。市村がいいなら行ってみたいな」


「そう? じゃあ、一緒に行こう!」


「わかった」


 サッカー観戦とは言え、俺と市村でお出かけか。初めてだな。


「……よかったあ、結構誘うの勇気いったんだから」


 市村が思わぬことを言う。


「なんでだよ、市村の誘いなんて断るやついないだろ」


「熊谷君、私の評価なんか高いよね。そんなに言うほど私モテないよ」


「そんなわけないだろ。中学の時から人気だったぞ」


「え、中学の時から? 熊谷君ってその頃から私のこと気にしてたの?」


「気にしてたって言うか、人気者だからもちろん知ってたってことだよ」


「そ、そっか。じゃあ、そんな私と毎日会って話してるんだけど、どう思ってるの?」


 市村がニヤニヤして俺を見る。


「そりゃ、毎日嬉しいよ」


 俺は本音を言った。


「そ、そうなんだ……」


 市村は少し顔が赤くなっている。照れたようだ。


「うん。だから、土曜も日曜も会えるから喜んでるよ」


 土曜が学校での練習試合、日曜がロアッソ熊本の試合だ。


「そっか……良かった。迷惑じゃ無くて」


「迷惑なわけ無いだろ」


「……ありがと」


 市村は照れくさそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る