第20話 ご褒美

 今日は月曜日だが、会社が休みらしくバイトは無い。市村の方もサッカー部は軽い練習で終わったらしく、いつもより早い時間に堤防に来ていた。


「で、ご褒美って何?」


 市村が聞く。


「ケーキ。今から買いに行こう」


「やった! どこに行くの」


「ケーキ屋がすぐ近くにあるから」


「ああ、あるね。でも、どこで食べるの? あのケーキ屋食べるところ無いけど」


「え?」


 ケーキを渡して終わり、と俺は思っていた。


「あ、もしかして一緒に食べるとかは考えてなかったんだ」


「あ、うん……」


「なんだ、残念……」


 市村が言う。少し口をとがらせている。だったら、そうだな……


「よかったら、俺の家に来るか?」


「え、いいの?」


「うん。今は妹居ると思うけど」


「そっか、久しぶりに優子ちゃんにも会いたいし、行こうかな」


「よし、わかった」


 というわけで、俺たちはケーキを買って俺の家に来た。


「ただいま」


「お邪魔します……」


 市村が俺の家に上がる。


「お帰り……って、市村先輩!?」


 何も伝えていなかったので、優子が驚いている。


「優子ちゃん、久しぶり」


「お久しぶりです、先輩。どうぞ、どうぞ」


 優子が市村をリビングに案内してくれた。


「えっと……ほんとにお兄ちゃんと仲良くなったんですね」


「あー、うん。いろいろあってね」


「今日は何で……」


「ほれ、お前のもついでに買ってきたぞ」


 俺はケーキをテーブルに置いた。


「え、ケーキ? わーい!」


 優子は無邪気に喜んでいる。


「でもなんで?」


「私が昨日の練習試合で活躍したご褒美だって」


「へー、市村先輩が……ってなんでご褒美をお兄ちゃんが用意してるの?」


「別にいいだろ」


「いいけどさ」


 優子が市村を見る。突然正座して言い始めた。


「市村先輩、お兄ちゃんは顔は今ひとつですけど、いいやつなんでよろしくお願いします」


「あ、うん、そんなこと無いと思うよ。顔も」


「お前、市村に気を使わせるなよ」


「アハハ、ごめんごめん」


 俺たちは好きなケーキを選び、食べ始めた。


 それから市村と優子はサッカーの話を始めていた。


「優子ちゃんは今もフォワードなの?」


「あ、はい。でも、あんまり背も無いんで、今はサイドアタッカーって感じです」


「そうなんだ。3トップでやってるの?」


「はい、シャドウっていうよりサイドに張ってます」


「そっか、うちはツートップだから……」


 サッカー用語がいろいろ出てきていて、俺にはよく分からない話だった。だが、何となく話が分かる話題になった。


「先輩って国体選抜に選ばれたんですか?」


「あ、うん。九州ブロック大会の県選抜ね」


「じゃあ、県の代表でどこか行くんですか?」


「うん。宮崎行くんだ」


「へぇー、いいですね」


 そういえば、遠征で宮崎に行くって言っていたな。県の選抜に選ばれたのか。よく分からないけどすごいことなんだろう。


「やっぱり先輩、すごいですね」


「そんなことないよ」


「いや、市村はすごいよ」


 思わず口を挟んでしまう。


「あ、お兄ちゃん、昨日試合見たんでしょ。どうだった?」


「なんか一人違ったな。するするって抜けてビュッて動いてたぞ」


「何それ。先輩、すみません。お兄ちゃん、サッカーよく分かって無くて」


「だねえ、熊谷君は。でも、そんなところが私には良かったのかも……」


「え?」


「あ、こっちの話。じゃあ、そろそろ帰ろうかな」


 市村は立ち上がって玄関に向かった。


「お兄ちゃん、送ったら?」


「え?」


「ああ、いいよ。いつも送ってもらってないし」


「え、そうなの? 何やってるの。夜遅いときとか送んなきゃ」


「そ、そうだな」


「ほら、さっさと行って!」


 優子が俺の背中を押す。俺も玄関から外に出た。


「じゃあ、送るよ」


「そう? 今日はまだ明るいけどね」


「うん。でも優子に言われたし」


「そうね、じゃあ行こうか」


 俺は市村の後ろから自転車で付いていく。意外に市村の家は近かった。マンションだ。


「じゃあ、ここで。また明日ね!」


「おう!」


 マンションの前で俺たちは別れた。

 お互いの家に行き、今日一日で俺たちの距離はすごく縮まったような気がした。

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