第16話 新人
金曜日。今日が終われば土日はバイトが休みだ。だからいつもなら気分が上がるところだが、俺は昨日の市村との会話を思い出し、少し落ち込んでいた。まあ、市村と友達なのは事実だから落ち込むのも変なのだが。
鎌田と二人でバイトを始めようとしたとき、そこに二見さんがやってきた。
「今日からもう一人加わるからな」
「え!? あ、はい……」
もう一人? 誰かパソコン部のやつがまた来るのかな。そう思ったとき、後ろから来たのはうちの高校の制服を着た女子だった。
「
え? うちのクラスの竹本さんだ。明るい性格でクラスの人気者。もちろん、パソコン部では無いが、どうしてここに……。そこに社員の竹本さんが現れた。最初にバグ報告したときにお世話になった社員の方だ。
「俺の姪だ」
「え? そうなんですか」
「うん。兄貴の娘なんだ。よろしくな」
「は、はい」
「夏鈴はこっちのパソコンでやってもらうから。じゃあ、隣の熊谷がいろいろ教えてやれ」
「あ、わかりました」
俺は竹本夏鈴さんの教育係になった。
「竹本さん、じゃあいいかな」
「何か呼んだか」
俺が竹本夏鈴さんに呼びかけると、社員の方の竹本さんが声を掛けてきた。
「あ、すみません。夏鈴さんの方で」
「そうか、ややこしいから夏鈴さんと呼べ」
「え!?」
クラスの人気者を名前呼びとはハードルが高い。市村だって名字なのに。
「あー、高校生には難しいか?」
「いえ、私は夏鈴で大丈夫だよ。熊谷君、夏鈴でお願い」
「え、わかったよ。夏鈴さん」
俺は夏鈴さんと呼ぶことにし、テスト作業のやり方を教えていった。
◇◇◇
「そろそろ休憩にしていいぞ」
「はい」
二見さんからの声で俺たちは休憩に入る。
「夏鈴さん、休憩の時は俺たち休憩室に行ってるんだけど一緒に行かない?」
鎌田が竹本夏鈴さんに声を掛けた。
「あ、はい。行きます」
「なんで敬語? 俺、同級生だよ」
鎌田が言った。こいつは別のクラスだから、夏鈴さんは鎌田のことを知らないのだろう。だが、鎌田は夏鈴さんのことを知っている。有名人だからな。
俺たちは休憩室に入って飲み物を買った。俺はコーヒー、鎌田はコーラ、夏鈴さんは紅茶だ。
「それにしても驚いたよ、夏鈴さんが来るなんて。なんで?」
鎌田が聞く。こいつ、積極的だな。
「叔父から、うちの学校の生徒がバイトに来てるって聞いたから。それもかなり優秀だって言ってて。しかも同じクラスの熊谷君だって言うから驚いちゃって」
「え? 俺?」
俺も驚いて言う。そういえば、バグを見つけたとき、社員の竹本さんが褒めてくれたんだった。あのときか。
「うん。同級生がもう社会人と並んで仕事してるって聞いたらなんか焦っちゃって。私もやってみたいって思ったの」
「そうなんだ。でも、プログラミングとか夏鈴さんは分かるの?」
「ううん、わかんない。でも、分かんなくてもやれるって叔父に聞いたから」
確かにシステムのテストをするだけだったらそんなにプログラミングの知識は必要ないか。
「だから、2人にいろいろ教えて欲しいな。よろしくお願いします」
夏鈴さんは頭を下げた。
「いや、そんな。俺たちもそれほど分かってるわけじゃ無いから」
「そうだよ、一緒に頑張ろう」
「うん、ありがとう」
夏鈴さんはにこりと笑った。
それからバイトに戻り、俺は夏鈴さんにいろいろと教えて、何とか夏鈴さんのバイト初日は終了した。
「お疲れ様でした」
俺たち三人は挨拶して作業場を出た。
「夏鈴さんも自転車?」
「ううん、私は叔父に送ってもらうからしばらく休憩室に居る」
「そうなんだ。じゃあ、俺たちは帰るね」
「うん、今日はありがとう。また来週よろしくね」
「じゃあ、また!」
俺たちは会社の外に出た。
「いやー、それにしてもラッキーだな。まさかあの竹本夏鈴が来るとは」
鎌田が言う。
「そうだな」
「なんだよ、あんまり嬉しそうじゃ無いな。あ、お前、彼女できたんだっけ」
「違うよ。彼女は出来てない」
「でも、いい感じなんだろ」
「まあな……」
「じゃあ、俺が夏鈴さん狙おうかな」
「そんな狙って落とせるような相手じゃないと思うぞ」
「でも、ワンチャンありそうじゃないか。俺は頑張る!」
「まあ、せいぜい頑張れ。じゃあな!」
そう言って俺たちは別れた。
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