第14話 市村の友人

 木曜日。今日から八月だ。俺はいつものようにバイトに行く。その前に市村と交わしたメッセージを見返した。


市村『今日もバイト?』


熊谷『そうだよ。市村は部活?』


市村『うん、二部練。終わったら堤防行くから』


熊谷『わかった。待ってる』


市村『急いで行くね。待ってて』


 しかし、これ見るとまるで恋人同士だよな。しかし、実際には俺たちはただの友達だ。堤防以外ではスタジアムで遠くから見た程度の関係でしかない。不思議なもんだ。


◇◇◇


 今日のバイトは特にいつもと変わりない。テストを順調に消化していった。


「今日は何か明るいな」


 鎌田が俺に声を掛けてくる。


「まあな」


「悩みは解消したのか?」


「悩み? ああ、うん。それはもう」


「……お前、まさか、彼女できたんじゃないだろうな」


 鎌田が聞いてくる。こいつ鋭いな。だがハズレだ。


「俺に出来るかよ。だが、ちょっといい感じの子はいる」


「マジか、誰だよ。俺にも紹介しろよ」


「うーん、そのうちな」


 市村亜衣だと分かったらこいつ驚くだろうな。


◇◇◇


 バイトが終わり、帰り道。俺はいつものように甘いコーヒーを購入し、堤防に向かう。

 そして、コーヒーを飲みながら市村を待った。あれから特にメッセージは無い。ということは普通に来るのだろう。


 そう思っていたのだが、遠くから近づいてくる自転車の光を見て、俺は目を疑った。どう見ても光が二つだな。ということは市村以外に誰か居る。まさか、彼氏? いや、彼氏は居ないと言っていたよな。ということは……


 近づくにつれ、もう一人が誰か分かった。同じサッカー部の町田怜香だ。ポニーテールっぽいし間違いない。長島の彼女の町田。教室ではいつも一緒に居る市村の親友だ。だが、この堤防沿いでは見たことが無かった。


 俺は思わず立ち上がり、二人を待った。


「あ、熊谷君」


 市村が言う。2台の自転車が俺のそばで停まった。だが、市村はいつものように自転車から降りるようなことはなかった。


「熊谷? 何でここに居るの?」


 町田が不審そうに言う。


「あー、俺はバイト帰りでちょっと川を見てただけ」


「ふーん」


 そう言いながら町田は俺の顔と市村の顔を見ている。


「今日は怜香がうちに遊びに来たいって言うから」


 市村が俺に言った。


「そうなんだ」


「うん。じゃあ、行くね」


「おう」


 市村は自転車を漕ごうとしはじめたが、町田が「ちょっと待って」と声を上げた。


「どうしたの?」


「えっと……何か二人親しげなんだけど、もしかしていつもここで会ったりしてるの?」


「え!?」


 俺はどう答えたらいいか分からず黙ってしまう。


「まあ、偶然会うことはあるかな。ときどきだよ」


 市村がごまかして言う。


「ふーん……ねえ、熊谷。この前の試合来てなかった?」


「え? ああ。ちょっと観に行ったな」


「やっぱり……なんか2人、怪しいわね」


「あ、怪しくないから。もう行こう!」


 市村が自転車を漕ぎ出す。


「あ、待って!」


 町田も付いていった。


 俺はしばらくそこに座っていたが、さすがに帰ることにする。


 家に帰りご飯を食べ風呂に入り、部屋でゆっくりしていると市村からメッセージが来た。


市村『今、電話いいかな』


熊谷『いいよ』


 すると、すぐに電話がかかってきた。市村と電話するなんて初めてだ。


『ごめん、怜香が突然うちに遊びに来るって言い出しちゃって。連絡できなかった』


「いいよ、大丈夫」


『ごめんね、明日は1人で来れると思うから』


「わかった、待ってる」


『うん……でも、なんかメッセージと違って電話で『待ってる』とか言われるとアレだね』


「アレって?」


『だから……なんか恋人同士みたいじゃない?』


「そ、そうだな。俺も思った」


『だよね、別にそういう関係じゃ無いのにね』


 そうなんだけど、はっきりそう言われると俺の胸が痛んだ。


「そ、そうだよな。ハハハ」


『うん、まあ、いいか。明日待っててね』


「うん、待ってるから。じゃあな」


『うん』


 市村と電話を切った。

 声を聞けたのは嬉しかったが、現実を突きつけられた感じがして俺は少し暗い気持ちになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る