第13話 市村の彼氏
水曜日。今日で7月は終わりだ。バイトは午後からなので、午前中は夏休みの宿題を片付けていた。すると、そこにメッセージが来た。
市村『朝練終わり!』
朝練? いつも市村と会うのは暗くなってきてからだが、朝練もあったのか。
熊谷『朝もやってたのか』
市村『そうだよ。優子ちゃんもじゃない?』
熊谷『優子は朝だけだな』
市村『そういえばそうだったっけ。今は二部練だからきついよ』
そう言って、泣いてるキャラクターのスタンプを送ってきた。俺は「頑張れ」という文字が入ったスタンプを送る。
市村『ありがと。じゃあ、また夜ね!』
市村が気軽にメッセージを送ってきてくれて、俺はすごくいい気分になる。まるで付き合ってるみたいだな。ただの友達だけど。
そんなことを考えているとふと思い出した。市村には彼氏が居るって優子が言ってなかったか。俺はそのことを思い出し、すごく落ち込んできた。
だが、よくよく思い出すとこの間の試合にはそういう人物は来ていないようだった。うちのチームで彼氏らしき人物は森千尋の彼氏、関だけだったし。もし市村に彼氏が居れば、そいつは試合を見に来るんじゃないのか。ということは市村に彼氏は居ないと言うことだ。俺は明るい気分になってきた。
だが、さらによく考えると市村のチームメイトの町田怜香には彼氏が居るんだった。長島だ。長島はバスケ部で忙しくて、この間の試合にも来ていない。つまり、彼氏が部活をやっているんだったら試合を見に来れなくて当然なのだ。市村に彼氏が居るとしたら部活をやっているやつの可能性も高いし、やっぱり彼氏が居るのかもしれない。
そんなことを考えて落ち込んでいると「ただいま」と言う声が聞こえた。優子が部活から帰ってきたのだ。俺は慌てて玄関に行く。
「優子」
「え、お兄ちゃん、何?」
「その……市村のことなんだけど……」
「市村先輩? どうかしたの?」
「いや、前に市村に彼氏が居るって言ってたよな」
「あー、うん。そうだよ。同じサッカー部の人」
やっぱり、俺の記憶違いでは無かったか。市村には彼氏が居たんだ……
「でも、2年前の話だし、今も付き合ってるかは知らないよ」
「そ、そうか」
わずかに希望はあるな。
「何? お兄ちゃん、市村先輩狙ってるの?」
優子が不審な顔で言う。
「そ、そんなんじゃないから」
俺はごまかして自分の部屋に戻った。
◇◇◇
この日、俺はバイトになかなか集中できず、ミスを重ねてしまった。市村に彼氏が居るかもしれないというのが頭から離れなかったのだ。どうしても気になる。このままじゃダメだ。俺は直接聞いてみることに決めた。
帰り道、いつものようにコーヒーを買い、堤防に座り、市村を待った。しばらくすると、市村が来た。当たり前だが今日はサッカー部のジャージだ。
「熊谷君、お疲れ!」
「うん……」
「あれ? どうしたの? 元気ないね。悩みがあるならお姉さんに相談したまえ!」
茶化しながら市村が言う。そして、俺の隣に腰を下ろした。
「……じゃあ、相談しようかな」
「うんうん、話してみたら楽になるよ。私もそうだったし」
「そうか。じゃあ聞くけど、市村は彼氏居るのか?」
「え、私!?」
市村は驚いたように俺を見た。
「……いや、優子が前に言ってたの思い出してさ。彼氏居るって」
「あー、なるほど。それで気になってたんだ」
「……まあな」
「確かに中学の時は居たこともあったね。でも、もう別れたから。今は居ないよ」
「そ、そっか……」
それを聞いて俺はすぐに心が明るくなった。
「彼氏居たら毎日ここに来てないって。熊谷君を試合に呼んだりしないから。さすがにそれはまずいでしょ」
「そういえばそうか」
「うん。そんなことするような子に見えた?」
「あ、いや、そんなことないけど……」
「でしょ。私、そういうことしないから。だから安心して」
「うん」
「あ、安心してってのも変か。アハハ、ごめん。今のは忘れて。口が滑った滑った」
「そ、そうか」
「いやあ、今日は何か暑いね。私、もう行くから」
「え、早いな」
「うん、ごめん。また明日ね!」
市村は何か慌てたように自転車に乗っていった。
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