第12話 部活が休みの日
翌日、バイトに行く足は重かった。今日、市村に会うことは出来ない。それだけでこんなにもバイトに行きたくなくなるなんて。俺は仕事中もため息が出ていた。
「どうした、ため息ついて。珍しいな」
鎌田が俺に言ってくる。
「まあ、ちょっとな……」
「なんだよ、悩みあるなら言ってみろ」
「あるけど言えるかよ」
「へぇー、言えない悩みか。女か?」
俺はぎくっとしてしまう。
「マジか。お前、いつの間に……」
「ち、違うから」
バイト帰りに市村亜衣と会っているなんて知られたら、こいつになんと言われるか分からん。
俺は何とかごまかした。
◇◇◇
バイトが終わり、俺はもうそのまま帰ろうかと思ったが、いつもの流れでコーヒーを買ってしまう。はぁ、今日は一人で川を眺めるか。
一人で川を眺めながらも、考えるのは市村のことだった。ここで市村と会っていたことがどんなに楽しいことだったか、居ない今はよく分かる。まあ、明日には会えるだろうけど。
むなしさがこみ上げてきたところで、早めに帰ることにした。だが、立ち上がったときに声が聞こえてきた。
「おーい」
まさか、と思って振り向くと、そこに市村が自転車に乗ってきていた。
「ごめん、ごめん、ちょっと遅くなっちゃって」
「え、なんで? 今日部活休みなんじゃ」
「うん。休みなんだけど、土曜日に熊谷君来てくれたから。そのお礼で今日は来たよ」
そう言って自転車を降りる。いつもサッカー部のジャージを着ている市村だが、今日は私服。Tシャツにショートパンツだ。生足がまぶしい。
「何?」
しまった、足に見とれてしまっていた。
「いや、いつもと格好が違うから」
「あー、そっか。ちょっと刺激が強かった?」
「……うん」
「アハハ、冗談冗談。私、サッカーやってるから太もも太いんだよね。ごめんね、全然魅力的じゃ無くて」
「そんなことないぞ」
まぶしいよ、と言いたいところだがそこまでは言えなかった。
「いいよ、お世辞は。ちょっとコンプレックスだし。外出するときはロングスカートでごまかしてるけど、今日は自転車乗るからね。よっと」
そう言って俺の横に座った。すぐ近くでの生足はやっぱり刺激が強い。
「今日もバイト?」
「ああ、うん」
「上手くいった?」
「そうだな……」
「でも、川見てたんだ」
「うん。なんとなく。いつも来てるし」
「そっか。私居なくて寂しかった?」
市村が俺を見てニヤっとしながら聞いてきた。俺をからかってるな。
「寂しくなんか……ないし」
「ふーん、そっか。じゃあ、来なくて良かったかな」
「いや! そんなことないから……嬉しかった」
思わず言ってしまった。
「そっか。じゃあ来てよかった」
そこから二人の間には会話は無く、ただ川を眺めていた。しばらく経って俺は言った。
「明日は練習か?」
「うん。九州リーグは中断期間だけどね。夏休み後半にはいろいろ試合あるから、それに向けての練習って感じかな」
「そうなんだ。忙しいんだな」
「まあね、お盆休みぐらいしかまとまった休みは無いかな」
そういえば隣の席の長島も言ってたな。長島はバスケ部だが、その彼女はサッカー部の町田怜香。休みが重なるのはお盆ぐらいしか無いと話していた。俺には関係ない話だとその時には思っていたが……
「遠征もあるし。大変だよ」
「遠征か。どこに行くんだ?」
「宮崎。熊本からだと結構遠いんだよね」
「そうだよな。泊まりか?」
「うん。それに選抜チームだし、いつものメンバーと一緒ってわけじゃ無いから疲れるんだよね」
「そっか。大変だな」
「うん。だから、私もここで川を見て癒やされようって思って。疲れ、ためないようにね」
「それがいいよ」
「うん……じゃ、そろそろ私行くから」
「おう!」
「今度こそ、また明日ね!」
市村は去って行った。
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