第10話 初めての試合観戦
午前10時。俺は水前寺競技場に来ていた。もちろん、自転車でだ。優子に聞いたところ試合開始の一時間前には行った方がいいと言われたからこの時間に来た。メインスタンドの方に入ると、パラパラと人が居た。
明らかに年配な人たちは選手の親かな。あとは同じサッカー部の部員、それに、友達っぽい人。俺のように一人で来てる男子も何人か居るな。選手の彼氏とかだろうか。俺は人が少ないところに座った。
しばらくすると、両チームの選手たちがグラウンドに出てきた。もちろん、市村も居る。一列に並んでスタンドに礼をした。市村は俺には気がついていないようだ。
近くに座っていた男子が手を振ると、うちのチームの一人が手を振り返していた。なるほど、あの選手の彼氏か。
そして練習が始まった。市村がサッカーをしている姿は初めて見たような気がする。いつも堤防で話しているときとは全然違う真剣な表情だ。
しばらくすると練習が終わり選手達はスタンドの下に帰って行く。その選手に声を掛けている人はだいたい関係者のようだ。先ほど手を振っていたうちの高校の彼氏らしきやつも声を掛けていた。
「千尋、ファイト!」
千尋と呼ばれた選手は手を挙げてスタンドの下に消えた。髪が長くヘアバンドをしている選手だ。
市村もスタンドの方に帰ってきた。俺も真似して声を掛けてみることにした。
「市村、がんばれよ!」
「あ、来てたんだ」
「おう」
「頑張るね!」
そう言って、市村はスタンドの下に消えていった。
俺はうちの高校の『千尋』という選手に声を掛けた男子に声を掛けてみた。
「あの……うちの高校?」
「あ、はい。一年の関です」
「そうか、俺は二年の熊谷だ」
「熊谷先輩も彼女の応援ですか?」
「いや、俺は友達の応援だ」
「友達ですか。市村先輩ですよね」
「まあな。お前は?」
「俺は森千尋っていう中盤の選手です」
「彼女か?」
「はい」
「いいなあ。可愛い彼女がいて」
思わず言ってしまう。
「先輩だって、市村先輩、可愛いじゃないですか」
「だから彼女じゃ無いって。友達だよ」
「あ、そうでしたね。でも……ここまで観に来てるってことはそういうことでしょ?」
要は彼女にしたいって思ってるってことか。俺にそういう気持ちが無いとは言えないな。
「……まあ、そうかもな。でも、内緒だぞ」
「はい、今日は応援しましょう」
「おう!」
そして試合開始の時間になった。選手達が入場し整列する。笛が吹かれ、礼をした。俺は拍手をし、市村に手を振る。市村が俺の方を見て、微笑んだような気がした。
そして、試合開始。サッカーをこんなスタジアムで生で見るのは初めてだ。思ったより競技場は広い。その広い場所を暑い中、選手達は走り続ける。その中でも市村の動きはやはり他の選手と違っていた。相手選手にフェイントを掛ける動きはすごくキレがあった。
やがて、うちの高校が優勢になってきた。立て続けにチャンスが来る。市村が遠目から放ったシュートはゴールの枠内だったが、キーパーにはじかれコーナーキックになった。
「惜しい!」
俺は思わず言ってしまう。
そして、森千尋が蹴ったコーナーキックが高くあがり、それをうちの選手がヘディングでシュートしたがこれも相手キーパーがはじく。だが、そのボールが市村の前に来た。市村はそれを簡単にゴールに決めた。
「おー!」
観客も大いに盛り上がる。俺も関とハイタッチをした。
決めた市村もチームメイトにもみくちゃにされたがその後、俺にガッツポーズを見せたような気がした。
「さすが、市村先輩ですね」
「森選手のコーナーキックも良かったぞ」
「ですね! さすが千尋!」
彼女の活躍に関も嬉しそうだ。
試合は後半にも市村のアシストから追加点が決まり、2-0で勝利した。
両チームがメインスタンドに挨拶を終えて、試合は終わった。
「俺、ちょっと行ってきます」
「彼女に挨拶か」
「はい!」
関はメインスタンドから出て行った。
俺はどうするべきだろうか。市村に何か言った方がいいんだろうか。でも、どこに行けば市村に会えるかも分からないし、いつ出てくるかも分からない。それに、そんなことを市村が望んでいるかもわからなかった。第一、他のチームメイトには町田などのクラスメイトも居る。
「……帰るか」
俺はスタジアムを後にした。
◇◇◇
試合が終わり、私、市村亜衣はスタンドの外に出てみた。そこには森千尋が居て彼氏と何か話している。頭をぽんぽんとされていた千尋は試合の時とは全く違う乙女の表情だ。いいな、ああいうのに正直憧れてしまう。
でも、熊谷君はどこにいるんだろ。近くには居ないようだ。私はメインスタンドの観客席に上がってみる。だが、そこにも居ないようだった。メインスタンドを出て近くの駐車場あたりを見てみてもいない。確かに試合には来ていたのに……何も言わずに帰っちゃったのかな。
でも、私も何も言ってなかったし、熊谷君が帰っちゃっても仕方ない。そして、私は熊谷君と連絡先も交換していなかったから何の連絡も出来なかった。
「はぁ……もう、なんで帰っちゃうのよ……」
いろいろ感想とか聞いてみたかったのに。試合には勝ったのに私はひどく落ち込んだ。
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