第9話 土曜日の堤防
土曜、俺のバイトは休みだ。家でのんびりしながら、夏休みの宿題を進めていた。
だが、夕方になり次第にその時間が近づいてきた。いつもバイト帰りで堤防に居る時間だ。昨日、市村は『また明日ね!』と言ったんだから今日も練習帰りにそこに来るだろう。しかし、俺はそこに居ないと言うことになる。
やっぱり、そういうわけにはいかない。俺は行くことにした。急いで準備をする。
「あれ? お兄ちゃん、こんな時間に出かけるの? もう夕食だよ」
「少し用事がある。帰ってから食べると母さんに伝えといて」
「えー! 自分で言ってよ」
「時間が無いんだよ」
俺は慌てて外に出て、自転車をこいだ。
ようやく堤防が近づく、すると、既にそこに自転車があった。遅かったか。
慌ててそこに止めると、市村が俺に気づいた。
「あ、熊谷くん。来てくれたんだ」
「うん……」
「今日もバイト?」
「そ、そうだね……」
「嘘でしょ」
「え?」
「だって、土日は休みって言ってたよね」
「う、うん……ごめん。今日はバイト休み」
「だよね。私、すっかり忘れちゃってて。でも、来てくれたんだ」
「うん。昨日、市村が『また明日』って言ってたから、来てるかなって思って」
「そっか。私、思わず言っちゃって。無理させてごめん」
「無理してないから。俺も川を見たくなっただけ」
「ふーん、そういうこと言うんだ。優しいんだね」
「……そんなことないよ」
「そんなことなくても、来てくれてありがとう。もう来ないって思ってたから、ちょっと嬉しかった」
「そ、そうか……」
やっぱり来て良かったな。
「でも、今日はいつもより早かったな」
俺は市村に言った。いつもならまだ来ていない時間だ。
「うん。明日、試合だし、今日は早く終わったんだ」
「そうなんだ。明日、試合か」
「うん。九州リーグの試合。大事な試合なんだ。水前寺競技場であるんだよ」
「へぇー」
結構大きなスタジアムだ。
「午前11時キックオフだから」
「そうなんだ。午前中からなんだね」
「うん、夏だからね……って、そういうことじゃないんだけどなあ」
「え?」
どういうことなんだろう。
「だから……試合あるから、見に来てくれないかなあって思って」
「え? 俺が?」
「他に誰が居るのよ。あ、優子ちゃん誘ってもいいよ」
優子か。確かに高いレベルのサッカーを見るのも勉強になるだろうな。
「わかった。誘ってみる」
「うん。よかったら来てみて。無料だし」
「わかった。行くよ」
「ありがと」
そう言って、市村は立ち上がった。
「じゃあ、また明日ね!」
「おう!」
また明日、か。こうして俺は市村の試合を見に行くことになった。
◇◇◇
家に帰り、早速、優子にこの話をしてみる。
「優子、明日、サッカーの試合見に行かないか?」
「え、どこに?」
「水前寺競技場。11時からだって」
「その時間なら部活だし。無理」
そりゃそうか。優子もサッカー部だもんな。
「じゃあしょうがないな」
「でも、お兄ちゃんがサッカーの試合に誘うなんて珍しいね。何の試合なの?」
「うーん、九州リーグとか言ってたな」
「九州リーグ? 社会人サッカー?」
「いや、高校だよ。市村が出るんだから」
「市村先輩の試合!? 女子サッカーの九州リーグか。って、お兄ちゃん、また市村先輩と話したの?」
「あー、まあな。偶然会って」
「偶然って……まさか今日、出かけてたのって市村先輩と会ってたの?」
「そ、そうだな。偶然会って……」
「いや、明らかにその目的で出かけてたでしょ。で、市村先輩に試合観に来てって言われたの?」
「う、うん……」
「へぇー、これはひょっとしたら……いや、試合観に来てって私も結構友達に言うし。別にそんなに特別じゃないのかも」
「そうなのか?」
「うん。でも、観に来て欲しいのはほんとの気持ちだよ。だから、私は行けないけど、お兄ちゃんは観に行ってね。市村先輩も喜ぶと思う」
「そ、そうか。じゃあ、俺一人だけど行ってみるか」
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