第7話 ガラスのエース

 翌日の木曜。今日もバイトだ。だが、次第に仕事に慣れてきたこともあって、途中でとても眠くなってしまう。うっかり、居眠りし鎌田に起こされてしまった。


 いかんいかん、俺は気合いを入れ直そうとしたが、どうにもぼんやりした感じのままバイトは終わったてしまった。疲れがたまっているのかもしれない。


 こういうときはまた市村と話して、リフレッシュしたいな。俺は市村と話すのが楽しみになっていた。

 いつものように甘いコーヒーを買い、堤防の階段に座る。市村が早く来ないかとずっと道を見ていた。


 だが、いつまで経っても市村は来ない。よく考えたら別に待ち合わせしているわけではないし、部活だって終わる時間が一定とは限らない。会えない日だってあるか。


 はぁ、今日はついてないな。もう帰ろう。そう思い、立ち上がった。すると、良く見ると自転車が少し離れたところに停まっている。あれは市村の自転車とよく似ているような……


 もしかして……そう思い、離れた堤防の階段の下の方を見ると市村が座っていた。


 なんだ、先に来ていたのか。俺は思わず市村に駆け寄った。


「あ、熊谷君」


 市村は俺を見て、笑顔を見せた。だが、何か弱々しい笑顔だ。


「市村、隣、いいかな」


「うん、いいよ」


 俺は市村の隣に座った。


「市村も川を眺めてたのか?」


「うん。熊谷君がそうしてたから、私もそうしてみようかなって思って」


「そうか」


 そのまま沈黙が続いた。俺はいろいろあって川を眺めているが、いつも元気な市村が黙って川を眺めてるなんて、らしくない。俺は聞いてみた。


「……何かあったのか?」


「え、なんで?」


「何か元気無さそうだから」


「そっか……分かっちゃうよね」


「まあな。市村はいつも元気で明るいイメージがあるから」


「そうかもね。でも、私だって悩むときもあるから」


「そうか……」


 サッカー部のエースでいつも活躍している市村にも悩みがあるんだな。そういう姿を初めて見て、俺は彼女をはげましたい、と思った。


「何かあったんなら話してみたらどうかな。俺は全くの部外者だから、話しやすいかもしれないし。もっとも、話しても何の力にもなれないとは思うけどね」


 最後は少し茶化して言う。


「……ありがと。そうだね、話してみようかな」


 市村はそう言って悩みを明かした。


「私ね、ガラスのエースって呼ばれてるんだ。好調の時はバンバン点取るけど、不調になると全く入らない。好不調の波が激しいんだよね。精神的に不安定とか言われちゃって……」


 市村はサッカー部のエースって思っていたけど、そんな面があったのか。


「インターハイも私が決めきれずに逃しちゃったし。それを気にしてるのがいけないってわかってるんだけど、最近とにかくシュートが入らなくて……。今日の練習でもレギュラー組を途中で交替させられたんだ」


「そうか……」


「自分でも焦っちゃだめだってのは分かってるんだけど、気にすれば気にするほどシュートが入らなくなってきて……ああ、もう!」


 市村は大声を出した。その声が白川に吸い込まれていく。


「はぁ、ごめん、大声出して」


「別に俺はいいぞ」


「……ありがと。聞いてもらったら少し楽になった気がする」


「そうか。なら、よかった」


「熊谷君は悩みとか無いの? バイト上手くいってる?」


「うーん、そうだな……今日はとにかく眠くて怒られたぐらいだな」


「ふふ、何それ。真面目にやらないとお金もらえないよ」


 市村が笑顔を俺に見せた。


「ほんとそうだよな。気を引き締めるよ」


「……よし、気分転換できた! ありがとね。私行くよ」


「おう、またな」


「うん! また明日!」


 市村はそう言って、去って行った。また明日か。まるで会う約束をしたみたいだな。

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