第4話 初めての会話
翌日も同じくバイトだ。まだ二日目、俺は社内の雰囲気に馴染めずに居た。鎌田はすっかり社員の方とも打ち解けたようだが、俺はなかなか話せなかった。こういうときはすぐに誰とでも話せる鎌田の性格がうらやましくなる。モヤモヤを抱えたままバイトを終わり、帰り道を自転車で走った。
だが、今日もそのまま帰りたくはない。俺はまた甘いコーヒーを買い、堤防沿いに自転車を停め、階段に座った。ぼんやりと川を見ながら、コーヒーを飲む。
すると、今日も自転車が近づいてきた。もしや……と思ったが、やはりそうだ。市村亜衣だ。今日もサッカー部のジャージを着ているし部活帰りか。昨日、俺は声を掛けずに後悔してしまった。今日はどうしよう……
彼女の自転車が近づいてくる。だが、その速度は近づくにつれ落ち始めていた。俺に気がついているということだろうか。やがて、自転車がゆっくり止まった。
「熊谷君?」
市村亜衣が俺に声を掛けてきた。
「市村か」
俺は立ち上がり答えた。
「……やっぱり熊谷君だったんだ。何してるの?」
市村亜衣は不思議そうな顔をして言った。
「俺はバイトの帰り。ちょっとコーヒー飲んでた」
甘い缶コーヒーを市村に見せる。
「へぇー、バイトしてるんだ。どこで?」
「ソフト会社。パソコン部だからね。なかなか勉強になるよ」
「バイトで勉強か……偉いね」
「偉くなんて無いよ。上手くいかなくて、ちょっとへこんでたんだ」
「そうなんだ……それで、川を眺めてたの?」
「まあね。昔から川を見ると癒やされるって言うか、落ち着くって言うか……」
「ふーん……」
市村はそう言って川を見た。
会話が無くなる。俺は何か話そうと考えたが何も思いつかず、つい知っていることを聞いてしまった。
「市村はサッカー部だよな?」
「うん、そうだよ。部活の帰り。そういえば、優子ちゃんは妹だったよね。サッカー続けてる?」
そうだ、俺の妹は市村と同じサッカー部だった。そのつながりがあったな。
「ああ、続けてるぞ。来年はまた市村の後輩になるかもしれないな」
「そうなんだ、楽しみにしてるって伝えといて」
「わかった」
それ以上、会話が続かなくなった。
「じゃあ、行くから」
「おう、またな!」
「うん!」
市村は帰っていった。
女子とまともに話すなんていつ以来か分からない。俺は正直言うと、心臓ばくばくだった。
コーヒーでいったん静まった神経がまた高ぶったまま俺は家に帰った。
「ただいま」
「あ、お帰り。ご飯できてるよ」
「うん」
母親が用意してくれた夕飯を食べる。そのテーブルには妹の優子が居た。スマホをずっと見ている。
俺は妹とそれほど仲がいいわけでも悪いわけでも無い。だが、最近は話すことが少なくなっていた。妹の興味はサッカーだが、俺はサッカーに興味が無い。だが、今日は話すネタが一つある。
「優子、お前、俺たちの高校受験するのか?」
「え? うん、そのつもりだけど、なんで?」
優子が聞いてくる。
「いや、今日、市村と話してて、お前がまた後輩に来るかもしれないって話したら、楽しみにしてるって言ってたぞ」
「え、市村先輩!? そんなこと言ってたんだ。へぇー、嬉しいなあ……って、なんでお兄ちゃんが市村先輩と話したの? もう夏休みだよね」
「ああ、バイト帰りに偶然会って。市村も部活帰りだった」
「へぇー。お兄ちゃん、まさか市村先輩と……ってそんなことあるわけないか」
「なんだよ」
「いや、実は仲いいとか無いよなあって。市村先輩、中学の頃から人気者だし。お兄ちゃんじゃ相手にされないよね」
「まあ、そりゃそうだな。ほんとにたまたま会っただけだ」
「だよね。でも、私のこと、覚えてくれてたなんて嬉しいなあ。よし、頑張って絶対受かるんだから」
「じゃあ、勉強しとけ」
「うるさいなあ。後でね」
そう言って、優子はスマホに目を戻した。
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