第3話 バイト初日

 翌週の月曜日。俺のバイト初日だ。バイトは午後から。家で昼飯を食べた後、パソコン部の部長から紹介された会社に自転車で向かった。会社に到着すると、同じパソコン部の鎌田健一かまたけんいちがもう会社前に居た。こいつはクラスは違うが中学時代からの悪友だ。


「熊谷、俺、緊張するよ」


「俺もだよ。でも、ここに居ても仕方ないし、行くか」


 思い切って会社の建物に入る。受付の女性に自分たちの名前を告げると少し待つように言われた。


 しばらくすると、ポロシャツを着た男性が出てきた。


「やあ、来たね。俺はシステム2課の二見五郎ふたみごろうだ」


「はじめまして、翔馬高校パソコン部2年の熊谷秀明くまがいひであきです」


「同じく、鎌田健一です」


「ようこそ。早速、作業場に行こうか」


 俺たちは2階に上がった。パソコンがずらりと並んでおり、社員の方が仕事をしている。その片隅に誰も座っていない席があった。ここが俺たちの席のようだ。


「君たちに担当してもらうのはテスト工程だ。このフォルダにテスト仕様書がある」


 二見さんはエクセルのファイルを開いた。


「で、テストしてもらうのはこのシステムだ」


 デスクトップのアイコンをクリックするとウェブの画面が開いた。部品の在庫などを管理するシステムのようだ。


「テスト仕様書に従って実際に動かしてくれ。その結果ちゃんと上手く動けばここにテストした日付を入れる。簡単だろ?」


 これなら俺でも出来そうだ。


「ただし、テスト前、テスト途中、テスト後、全ての画面のスクショが必要だ。スクショの取り方は分かるか?」


「は、はい」


「よし、スクショはエクセルのシートの該当する場所に貼ってくれ」


「分かりました」


「何か分からないことがあったら随時聞いてくれよ」


「「はい」」


 こうして俺たちのバイトは始まった。


◇◇◇


「お疲れ様でした。失礼します」


「おう! お疲れ! 明日も頼むな」


「はい」


 俺たちはバイト初日を終え、会社を出た。もう外は暗くなりかかっている。


「はー、終わった。部長が去年やったバイトと聞いてたし、俺たちにも出来るとは思ったけど思ったより簡単だったな」


 鎌田が言う。


「まあな。俺はいろいろやらかしたけど」


 俺はデータの読み込みで間違ったファイルを読み込ませてしまい、復旧に二見さんの手をわずらわせることになってしまった。


「初日だから仕方ないよ」


「まあ、そうだけど……」


「じゃあ、俺はこっちだから」


「おう!」


 鎌田は自転車に乗り帰って行った。


 俺も自転車に乗り帰路につく。だが、初めてのバイトで失敗し、落ち込んでいた俺はこのまま帰りたくなかった。途中の自販機でコーヒーを買う。ミルク多めの甘いやつだ。そして、堤防沿いの道を走り、途中で停まった。


 自転車を降り、堤防にある階段の途中に座る。目の前には白川しらかわが流れている。結構大きな川だ。

 俺は昔からこの川をぼーっと眺めるのが好きだった。つらいことがあっても忘れられるような気がする。今日も俺は川を見ながら、コーヒーを飲み出した。風が心地いい。バイトで高まっていた神経が次第に冷えていく。


 しばらくそうしていると、遠くに光が見えた。自転車が堤防沿いの道を走って近づいてくる。

 この道には街灯があるので暗くなってきたこの時間でもよく見えた。あれは……市村亜衣っぽいな。サッカー部のジャージを着ているようだし。練習帰りだろうか。


 俺は市村なのか確認しようとずっと見てしまっていた。彼女も俺の方をチラッと見たような気がしたが、特に何も言わず通り過ぎていった。


 声を掛けるべきだっただろうか。でも、俺は市村と話したことはほとんど無い。同じクラスではあるが接点は無かった。あるとすれば、友人長島の彼女の友人、というところか。声を掛けていれば何か始まったのかもしれない。俺は少し後悔した。


 でも、まあ、可愛い子を一日の最後に見れたのだからラッキーだったな。ひどい一日だと思ったけど最後にいいことがあった。俺も帰ることにするか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る