第27場 天才は鉱物を探す
秋も過ぎ去り日は短く、冬の足音が近づいてきたある日。彼女は美しい夕焼けも山に帰るカラスの声もそっちのけで机に向かっていた。書いては消し、書いては消し、うろうろと家の周りや部屋の中を歩き回ってはうめいている。広大な山を当てもなく掘り進めては価値のある鉱物を探している、そんな状況だった。
夕食を済ませたあともそれは変わらない。書いて消すの繰り返しだ。ついに何も浮かばなくなり、ぐるぐる丸を書き連ねていたとき、ぴこんとスマートフォンに通知が来た。後輩からだった。
『3位でした』
文面はそれだけで、表彰式の写真が添付されている。彼女はふぅ、とため息をついた。『お疲れ様』とだけ打って、机に突っ伏した。
最後の舞台が、終わったのだ。やればできるものだ、と思った。
彼女は県大会が終わったあと、新規の依頼を受けるのをやめた。その代わりに、小説を考え始めた。一から十まで彼女の手によるものを作りたかった。多数の人間に期待される創作は、もう楽しいと思えなかった。制約やしがらみから解き放たれた今、無限の可能性に振り回されて止まらなくなっている。
ありとあらゆるところに転がっている石から、一つを選ぶのは難しかった。選んでもらう状況がどんなに楽だったか。だが、やり遂げなければならない。そのために、あの劇団のスカウトも蹴ってしまったのだから。
ぴこん。裏向きにしたスマートフォンが再び鳴る。見れば、天才小説家桐野夏都からだった。
『3位受賞おめでとうございます! 忠海先輩を誘ってお疲れ会しましょ~!』
本人に言えばいいものを、と彼女は思ったが、ふと気づいた。プロの小説家ともなれば、編集者が必ずついているはずだ。迷いの森を抜けるには、桐野の力を借りるのもいい手かもしれない。
『費用は全額出してやる。その代わりに一つ協力を頼みたい』
と、前置きし、会う約束を取り付けた。こうなったら意地でも案を出さなければならない。
彼女は今まで消した黒いノートを広げ、使えるものがないか一つ一つ精査していく。ついでに書き足したり、並び直したりしているうちにみるみる時が過ぎ去っていく。住宅街を走るバイクはエンジン音を控えめに発しながら、かこんかこんと小気味よく新聞を配達した。
彼女のペンが動き出す頃には、長い夜が明けようとしていた。
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