第26場 凡才、眠れぬ深夜二時
草木も眠る丑三つ時。大きな声で歌う通行人もバイクの音も聞こえない。窓の外から冷たい空気が流れ込んでくるのを顔に感じる。時々、猫の威嚇する声がするだけの深夜に、俺は街灯に照らされた天井を眺めていた。風呂場のタイルに似た幾何学模様が暗闇にうっすら浮かび上がっている。視線で模様をなぞりながら、一向に来ない眠気を待っていた。
ついに明日、全国大会の会場に向かうのだ。緊張する要素はあまりないように思えたが、それでも胸の高鳴りは収まってくれない。前にやったことと同じだ。大丈夫、と思えば思うほど目は冴えていく。
この大会が終わったら、次は春の演劇祭に向けて稽古をする。それが終わったら二年生は引退する。そしてそのときには、先輩はもういない。実質、先輩の脚本で演劇ができるのは大会で最後だ。だから、眠れないのかもしれない。早く夜明けが来てほしいと願う以上に、明日が永遠に来なければいいとも思っている。演出をするのも最後にしようと決めたからだ。
高校を卒業したら、父に言ったとおり東京に行く。だが、それは演劇のスペシャリストになるわけではない。俺は、先輩の脚本をカタチにしたかっただけで、演劇を極めようとか演出家になろうとかそういう気概を持ち合わせていなかった。かといって、権力闘争をやりたいわけでもない。宙ぶらりんのまま東京に行って、母に会った。研究者になるつもりもなかったが、街を見るのは楽しかった。人間のために作られた街、という気がした。だから、多くの人のために何かを作ってみたいと思った。見る舞台ではなく、歩く舞台を作れたらどんな気持ちになるだろう。
この町もきっとどんどん変わっていく。今は不便でも、少しずつ人間寄りになっていく。町は、変わってほしくないな。誰もが懐かしい気持ちに慣れる場所であってほしい、というのはおこがましい考えだろうか。
そこに在る町、変わり続ける街。かつては動植物の住んでいた野原だった場所。自分の故郷でない場所は好き勝手にしていい、なんてそんな論理はどこにもないが、そうしたいと思ってしまう。それほどまでに人が多く、舞台のような街だったのだ。
頭の中で自分好みの街を作っていたら、いつの間にか寝入っていて、2回目のアラームで慌てて起きた。俺はつくづく自分勝手な人間だ。早朝は、マフラーが必要なほど冷えていて、父に借りたキャリーケースを転がしながら駅に向かった。
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