第23場 凡才、麦わら帽を被る

 俺と父は案内人の水戸みずとさんと母に連れられ、研究所の冷温室を見学していた。植物園によくある蒸し暑い温室とは違い、背筋がぞくぞくするほどの冷気に包まれている。高山植物が多いため、気温は20度前後に保たれているのだそうだ。

 大きな葉を持つジャイアントロベリア、いが栗のような形のアリウム・アフラツネンゼ、黄色が鮮やかなキバナリンドウ……見たことも聞いたこともない植物がたくさん植わっている。

「宇宙って具体的にはどこなんですか」

「うーん、現実的なのは火星とか月とかかな。まず水がある場所じゃないといけないからね。その上で過酷な環境に耐えられる植物を探しているんだ」

 水戸さんが一つ一つの植物を解説している間、母は急にしゃがんで芽を摘んだり、にこにこしながら葉を撫でたりしている。挙動が落ち着かないところはちょっと先輩に似ているかもしれない。

「そうだ、いいものがあったんだ」

 と言って、母は冷温室から走り出て行った。俺たちも続いて出たものの、母の姿は見当たらない。4階建ての研究所からは、周囲の街が見下ろせた。

「……ここは東京と違って静かですね」

 父が、ふと呟いた。そういえば、ここに来るまでにもすれ違う車はあまりいなかった。お盆だからと思っていたが。

「ははは。住民のほとんどが研究者だからだと思います。ここ、住むには不便ですから」水戸さんは窓の下を指さす。「ほら、あの道路なんかすごいですよ」

 俺と父が覗き込むと、六つの角がある道路から六本の道が延びていた。その道はまた六つに分かれ、さらに六つに、と連なっている。不思議な道だ。

「交通渋滞緩和のために作ったそうですが、あんなに角があっては方向を見失ってしまいます。僕はここに五年ほど住んでいますが、毎日迷わないように気を張ってますよ」

「なるほど」

 舞台に似ていると思った。客席と同じ目線で見て決めた立ち位置でも、実際に動いてみると役者同士がぶつかって危ないということがある。かといって演技のしやすい立ち位置にすると、のっぺらとした奥行きのない舞台になってしまう。設計と現実が違うのは、街も同じであるようだった。

「徹、おまたせ」

 街を眺めていた俺は、かぱりと大きな何かを被せられる。額と首の後ろに何かが刺さった感覚がして、両手でそれを持ち上げた。

「痛っ」

「気をつけて。それ手作りだから」

 軍手をつけた母がひょいとさらっていく。それは、大きな麦わら帽子だった。

「どうしたの、これ」

「研究者友達にね、おみやげに麦わらをたっぷりもらったの」

「だから麦わら帽」

 ところどころ麦わらが飛び出しているのはそのせいか。それにしてもサイズが大きい。

「ちょっと徹には大きかったわね。地球儀にはぴったりだったんだけど」

「俺の頭、地球儀サイズだと思ってたのかよ」

 整えたらまた送るわ、と母はにっこり笑う。夕日が窓から差し込み、麦わら帽子はきらきらと輝いていた。

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