第14場 凡才、さやかにスカウトされる
文化祭当日。二日間行われるこの祭り、一日目に演劇部の公演があった。とあるカップルが夜な夜な公園でデートをする。お金がないという男の正体は宇宙人だった――という話だ。当日になると演出である俺は、部員たちにちょっとした激励を送るくらいしかすることがない。
「では皆さん、本日は公演よろしくお願いします。張り切っていきましょう」
「はい!」
持ち場につくために全員散っていく。みんないい表情をしていた。それぞれの全力を出してくれるだろう。
俺は舞台袖で待機する。何かあったときの補助役だ。客席は見えないが、客の反応は感じられる。 静かに幕が上がり、舞台上が照らされた。
わああと上がる歓声と拍手の波。トラブルなく終えられたことと客の反応の良さにほっとする。どうやら、うまくできたみたいだ。公演を終えるたびに安堵する。俺は、いつも自信がない。拍手を浴びるこの瞬間までは。
幕が下がり、役者たちを連れて下に降りる。出入り口に立って見送るまでが公演だ。移動する人群れを縫って扉前に陣取った俺は、周囲を見渡した。先輩の姿は……見当たらない。
「誰を探しているの?」
にこりと笑みを浮かべ、一人の学生が近づいてくる。現生徒会長、
そんな二之宮会長が俺に何の用があるというのか。少し警戒しつつも、営業スマイルで迎える。
「家族が来ていると言っていたので」
「そう」
二之宮会長はするりと俺の隣に滑り込み、低めた声でささやく。
「少し、人のいない場所で話したいのだけれど」
妙に熱がこもっていて、逆らえば何が起きるかわからない。面倒事だけは勘弁してほしい。俺は疋田にこの場を離れると告げ、二之宮会長のあとについて体育館を出た。
空は梅雨らしいどんよりとした灰色の雲に覆われている。日差しが雲を白く輝かせ、雨が降るのは昼を過ぎてからになりそうだ。俺と二之宮会長はしばらく歩き、誰もいない武道館に入った。鍵は会長が持っていた。
「私が呼んだ理由、わかる?」
「いいえ、さっぱり」
暗い剣道場の中程で足を止め、二之宮会長がくるりと振り返る。生徒会であることを示す腕章が窓からの光で浮き上がって見えた。
「私、あなたのことをパートナーにしようと思って」
「パートナー?」
「そう。言っておくけど告白ではないわ」
びっくりした。俺は緊張で握りしめていた拳を緩めた。
「じゃあ、何の……」
「ビジネスよ。私の実家は知っているでしょう。将来私はすべてを継ぐ。その手助けをしてほしくて」
もちろん今すぐじゃないわ、と二之宮会長は笑い混じりで言った。俺にはよくわからなかった。同学年ではあるが、一度も話したことのない相手なのだ。
「……理由を教えてください」
「そうよね。いきなりで戸惑うのも無理ないわ」会長はゆっくりと円を描くように歩く。「今回の劇、素晴らしかったわ。あなたは他人のシナリオを具現化する力に長けている。今度は私の作ったシナリオを具現化する協力をしてほしい。そう思ったのよ」
校訓の書かれた扁額の前で、二之宮会長は足を止める。「文武を制する者はすべてを制する」。大げさなこの校訓を、二之宮会長は自分の手で現実にしようとしているのかもしれなかった。
「……ありがとうございます。その言葉は嬉しいです」
俺はきっと、誰かの後ろに立って人生を終えるのだろう。スポットライトを浴びるのは俺じゃない。それは、十分わかっている。
でも、俺が支えたいのは――。
「あの人じゃないと、駄目なのかしら」
二之宮会長がおもむろに手を差し出す。視線は、俺の背後に注がれていた。
「先輩……?」
長い黒髪が、ガラス張りの扉の向こうで翻る。それを見た俺はワックスの塗られた床を蹴り、走り出していた。
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