第8場 天才と凡才と雷雨
雨がざあざあと降っている。まるでバケツをひっくり返したように大量の水が、次から次へと落ちてくる。当たったら痛いだろうな、と思っていると、隣から先輩の声がした。
「やまないな」
「やみませんね」
言い合った瞬間、空が明滅する。ばりばりばり、と凄まじい音を立て、雷が落ちた。近い。俺のいる軒下は商店街の店先で、この雷雨の中ではいささか心許ない。足元はもう、どろどろのびちゃびちゃだ。
今日は修正した脚本を元に、いつもの喫茶店で打ち合わせをしていた。それは何の問題もなく終わり、さっき解散した。だが、俺が駅に向かって歩いていたら、みるみる空が雲に覆われ、この有様だ。走って軒下に辿り着いたところに、先輩がいたというわけだ。俺が濡れ鼠なのと対照的に、彼女は足元以外濡れていない。雨が降る前に避難していたのだろう。
ごろごろごろ、と雷はまだ不穏な声を上げている。稲光と豪雨のコラボレーションは、見ている分には楽しい。今いる場所が自分の部屋だったらどんなによかっただろう。
「きゃあ!」
荒れ狂う自然の演奏会に、突如乱入してきた甲高い声。見れば、雨のカーテンの向こうから女と男が連れ立って走ってくる。男はこちらに目をやり、軒下が俺と先輩によって占拠されているのを確認した。
「あ、ここも駄目みたい。なあちゃん、駅まで行っちゃおう」
「うん。手ぇつないでくれるならいいよ」
ん、と男は手を差し出し、女はそれをしっかと摑む。そのまま勢いよく駆け出していく二人だったが、彼らは俺の足にしっかりと水を跳ね散らかしていった。ちっと先輩が舌打ちする。
「やられましたね」
「あんな馬鹿みたいな奴らに……。ああはなりたくないな」
「奇遇ですね。俺もです」
まだ叫んでいるのか、きゃあきゃあ言っている声が反響して聞こえる。いつからここは遊園地になったんだ。はしゃぎすぎだろ。俺はうんざりしながらも、ほんの少しだけうらやましく思っていた。あれくらいお花畑な考えでいられたらどんなに楽だろう。周囲を気にしないで二人だけの世界を楽しむ。それはそれで幸せなのかもしれない。俺がそうなれないからわからないだけで。
「何が楽しいのか、さっぱりわからんな」
「え?」
「奴らのことさ」
びっくりした。二人のことを勝手に分析している、俺に向かって言ったのかと思った。けど、それはない。先輩はこちら側の人間だ。それは、一年前に出会ったときから変わらない。先輩がまだ、学校に来ていた頃の話だ。あのときの先輩は演劇部の副部長をしていた。
ざんざんぶりの雨はまだやまない。俺はスマホを取り出し、通知が来ていないか確かめる。まだ父は仕事中のようだ。迎えが来るまでまだ時間がかかるだろう。
「先輩」
「なんだ」
「ちょっと、昔話をしませんか」
俺と先輩が初めて会った日は、今日のように土砂降りの雨が降っていた。
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