第29話 履修済みの転生者

鍛冶場では木の盾をあてがいサイズと留め具の位置を確認して、何事もなく終わってしまった。頑固おやじとのひと悶着でも期待していたが、そんなこともなく若手が出てきてさっさと終わった。手際が良すぎて、しっかりと訓練された現場だということが分かってしまう。盾の訓練開始は早くて二日後ということで、そのまま部屋に送ってもらうことになった。

ベイブ達が出ようとすると鍛冶場の扉が新たな客がやってきた。


「げっ!」


声を上げたのは丁度やってきた、ドラゲナイ家三男のグレイだった。

数人の付き人を連れ訓練用の剣を手直しに来たところだった。


「これはグレイ様、剣の手入れですか?」


ヘンリーはかなり親し気に話しかける。


「近衛兵がわざわざ、案内しているということは彼がベイブ様ですか?」


「はい、只今用を済ませたところです。」


「初めまして、グレイ様。ベイブ・ドラゴネアスです。以後よろしくお願いいたします。」


「こちらこそ。挨拶する機会がなくて済まなかった。」


グレイはベイブ達に会えなかったことに謝罪した。ベイブ達はドラゲナイ家に来てから一週間以上も経つというのにガブリエルの子女にはアルビダ以外一度も会うことはなかった。アーサーが旅立つまでとにかくあわただしく、あの昼の会食以来まともな場など設けられていなかった。基本的には部屋に運ばれてくるためボッチ飯で、一、二回アーサーと一緒に食べたくらいだった。アーサーもいなくなると、正式に身内を紹介するような場も設けられず、知ることもできなかった。


俺と同い年の七歳と聞いていたがあまりにも大人びている。オーラというか佇まいが教育を受けた子供というより、中に大人がいるような感じだ。そもそも俺にあっていきなり「げっ」などというのは、原作を知っていない限り今の俺を見て出てくるような声ではない。仮にアーサーのスキルを目の当たりにしていたとして、俺の将来性をそこから見出すような奴はとても七歳とは思えない。ソフィアが異常にフランクだったが、原作を知らない人間は俺をみて警戒する要素などない。これは鎌をかけてみるしかない。


「いえいえ。やはり子豚の相手は後になってしかたないですから。」


「はは、名前は同じでも子豚に見えませよ。」


「そうですよね。でもグレイ様もソフィアさんと同じですか。」


グレイはハッとして、やってしまったという顔になった。

露骨に表所が変わり言葉に詰まったので、ベイブが会話をとぎらせないようにする。


「同い年ですし、この後よっくりお話でもできないでしょうか。」


「いいですよ。この用を済ませたら私の部屋に招待しましょう。」


グレイは断るだけの理由も予定もないため受け入れざるを得なかった。

機会がなくあっていないだけなのは事実であり、会いたくないとは言いにくい。

今の両家の関係から王都の学校にそろって通うことが決まっているので、理由もなく邪険にするわけにもいかない。そしてグレイもベイブが何者なのか知りたくなった。


◆◆◆


グレイは手慣れた様子で訓練用の剣を修理に出すと、そのままベイブ達とともに向かった。付き人が先行しているので特に待たせる必要もない。

グレイに案内されて部屋はベットがなく、調度品の様子からここは寝室ではなく書斎や応接室に近いようなところだった。


「お茶はもう少し時間がかかるので、先に部屋の物を見せましょう。」


グレイがそういうと数々の調度品の説明がはじまった。

中にはドラゴンの牙や皮でできたものもあり、ドラゴンを狩ってきた一族であることをベイブは思い知らされた。

そのうちメイドが紅茶を運んでくると、グレイは準備だけさせて使用人たちを部屋から追い出した。


「これでいだろう。腹割って話そう。」


グレイはポットから紅茶を注ぎながら話始める。

ステータス補正のおかげで子供でもちゃんとした形になっている。


「そうだな。まずは根本的なところだが、お互いに転生者ってことで問題ないな。」


グレイは初手でお互いの認識を改めた。


「問題ない。この様子からするとグレイさんも転生者であることは隠しているということであってますよね。」


「ああ、そうだ。あとグレイでいい。どうせ呼び捨てになる。」


「では俺もベイブでいいです。」


お互いに呼び捨てになったところで、話はより込み入ったところへと入っていく。


「グレイは原作を知ってますよね。俺は転生先を聞くまで知らなかったですが。」


「ああ、知っている。二周ほどプレイした。正直あんたとはつるみたくはなかったが、シナリオの修正力とでも言うべきか。出会いを避けることは出来なかった。」


「ベイブってそんなに嫌な悪役なのか?原作を知らないからいい感じに主人公の前に立ちはだかってやろうと思っていたんだが。」


ベイブの発言にグレイはあきれながら応えた。


「ベイブってのはある種最悪の悪役だ。端的に言えば強すぎて勝てないんだよ。」


は?


「それってどういうことだ。ゲームのボスに勝てなかったら楽しいんですか。」


「それがそうでもないんだよ。原作にはベイブを倒すエンディングがないんだ。原作に用意されているエンディングは大きく三種類。一つはベイブに歯が立たず殺されるパターン。二つ目は勝てないが逃げ切って他国に亡命するパターン。この二つでクリア率の95%は占められている。最後の一つが世論を味方にして戦わずにベイブを追放するパターン。いくら強くても国は相手にできないので、賢いベイブは国を出ていくというわけだ。これが難しくてゲーマー界隈ではかなり話題になったんだが、さらに公式からRTAの仕様が明言されたことから、いかに早くベイブを追放するかが一時期盛り上がったんだ。」


「変ですね。主人公もレベルアップするのに何で倒せないですか。どっかで追いつくと思うんですが。」


「それはない。」


グレイは冷ややかに断言する。


「公式からは明言されたゲームの仕様としてベイブのレベルはゲーム内の時間によって変化することが分かっている。後半に行けば伸びは落ち着くが、ゲーム開始時点でのレベルが100を超えているので、プレイヤーがどんなに頑張ってもレベルが逆転することはない。穴場も100が上限だから、そのあとはドラゴンを狩りまくるしかないんだが、ドラゴンの数もタイミングも決まっていて、絶対に不可能な仕様になっている。」


「こっちの世界だとドラゴンの数がゲームとは違うからレベルアップで超える可能性があるんじゃないですか。」


「気長にやればいけるだろうが、それはある意味メインヒロインを切り捨てないと無理だな。タイトルの通り原作ゲームのメインヒロインはレッドドラゴンだ。一応人間に変身できるが、所属としてはドラゴンの仲間なのでドラゴンが倒されるのを望んでいない。ドラゴンを狩りすぎるとメインヒロインとのフラグが立たなくなる。それにメインヒロインは主人公に次ぐ火力だ。ベイブと戦うのに彼女がいないと確実に死ぬ。」


「これ多分ですが、レベル差だけじゃなくてスキル相性もありますよね。主人公相手に確実に勝てるなんてのはさすがにレベル差だけだとしたら、とてつもない差になりますよ。」


「そういう次元じゃない。アンタのメイン火力である【衝撃魔法】は筋力次第でいくらでも上がる。こんなの他の魔法と比べても異質だ。他の魔法は威力が上限突破しないんだよ。」


グレイはゲームの記憶を思い出して少しイライラした。

だがベイブはそんなことを構わずより詳細が知りたかった。原作におけるベイブの異常性を確認したかった。










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