第28話 ペペロペーの法則

翌日、ガブリエルの執務室に初日の状況報告に向かった。

領主というのは当然忙しいので、面会するまでに順番待ちが発生する。

割り込みの要件などもあるため、事前に約束を取っていたとしてもずれてしまう。

もともと状況報告の段取りが立っていたので、夜まで待つようなことはないが、要件として急ぎではないため午後からとなってしまった。


「で、どれくらいあれば調査が開始できそうなんだ。」


昨日の一連について報告すると、ガブリエルは目途感を聞いてきた。

俺も数年は真面目に働こうと企業に勤めていたからわかるが、状況報告でだけで終わるのはだめだ。その先どうするかという話をできなければいけない。

報告はソフィアの方でやったが、その辺の話が一切なかったのでたぶん転生前はたぶん未成年だ。それかレーサーってのはその程度で仕事が済むほどの立場なのか疑いたくなった。


「とりあえず、朝から晩までやって三日か四日欲しいです。今まで広範囲にばらまくような打ち方をしていなかったので慣れるまで少し時間がかかります。効率化のため、穴場の管理に使っている砦でしばらく泊まり込みで対応したいです。」


ガブリエルは俺の話が終わるまで一切口をはさむことなくうなずいて聞いてくれた。


「わかった。それでは三日後に状況を確認しよう。それまでに調査開始できるようになれば報告が欲しい。それと砦での宿泊は認めない。引き続きソフィアに運んでもらうように。ソフィアもたのだぞ。」


おいおい、毎回ジェットコースター通勤なんてやってられるか。


「あの、なんで毎回ソフィアさんの手を借りなければならないのでしょうか。短い時間ですが、ソフィアさんがいないと穴場にもいけませんし。」


「確かにな、護衛であれば砦の兵士で事足りるだろうが、それでは意味がない。ソフィアが異常な速度で移動するから、乗っているだけとはいえ大変なのはわかる。だが、その速度になれないと移動しながらスキルを使うことなどできんだろう。」


「確かにそうですね。わかりました。あと、スキルツリーの解放の件で相談があります。まずはレベルアップを一通りしてからということでしたが、いくつかのスキルについて先に解放しておきたいんです。」


「別にかわまん。手っ取り早くレベルが上がるかと思っていたから、そのあとに悩めばいいと思ったのだが、もう解放するスキルは決めているのか。」


俺は即答する。

躊躇するようなところは見せておきたくない。


「はい、まずは【粘液精製】のスキルツリーを三つほど解放してレベル上昇時のステータスの伸びを確認したいんです。」


「まさか、ペペロペーの法則を知っているのか?レベル30くらいまでなら意識しないでも問題ないだろうと思っていたが。」


「ペペロペーの法則は知りませんが、スキルを解放していた方がスキルに関連するステータスの上り方が良い感じがしたので試そうとしたのですが、当たり前なんでしょうか。」


ガブリエルは驚きと困惑が混ざったような表情を見せたのち、落ち着いて話し出す。


「よく自力で気づいたな。それがペペロペーの法則だ。法則を研究したペペロペーの名が冠されている。かなりの時間をかけて研究されたのだが、お前の説明した通りの内容をかなり細かく研究している。これは王都の貴族学校で習うから、アーサーは知らないだろうからしょうがない。しかし、お前のスキルは結構特殊だからな実際にスキルを解放しないことにはわからんこともあるだろうし、むしろそっちの方がよいな。」


「ありがとうございます。」


「そうだ、もう一つ忘れていた。武器の訓練の件だが、ひとまず盾の用意ができた。今日は穴場には向かわず近衛隊のヘンリーを訪ねてくれ、訓練もそやつに任せる予定だ。」


「わかりました。」


ガブリエルはヘンリーに会いに行けという指示をソフィアではなく、ベイブを見て出した。それからヘンリーの紹介をソフィアに頼むと今日の報告は終わった。



◆◆◆


ドラゲナイ家の中でも当主の護衛のために組織されたのが近衛兵である。

近衛兵の訓練は他の兵士とは別のところで行われ、訓練の様子は秘匿されている。

館の地下に訓練場があるらしいのだが、当然近衛兵以外は場所を知らない。

では、どうやって近衛兵たちに会いに行くかというと、彼らの執務室に行く形となる。彼らのための専用の作戦室である。

当然、執務室の中には護衛のための機密だらけのため、扉を開けたら近衛兵に会えるわけではない。三層構造の部屋となっており、入り口の扉を開けると受付があり、まずはそこで用件を伝えなければならない。そして各種のチェックを通ると受付を抜けた二つ目の部屋に入ることができる。この部屋は近衛兵の執務室を仕切るための部屋で、この部屋をはさむことで執務室の中が受付から確実に見えないようにしている。それほどまでに徹底されているので、基本的に執務室へ入る必要がない用件の場合は、向こう側がやってきて用を済ませてしまう。

ヘンリーについても同じで、ソフィアに連れて行ってもらったが受付で待つことになった。


「いやー待たせてしまって申し訳ない。私が近衛兵のヘンリーです。」


奥の扉から二十歳くらいの若い男が甲冑を着て現れた。家中はドラゲナイ家の他の兵士たちのありきたりなものとは違い、深い緑に金の縁取りがされ、胸には家紋も入った威厳のある手入れの行き届いた鎧だった。一般兵をよれた制服も見逃されそうな警察とするなら、近衛兵は頭のてっぺんからつま先までしっかりと統率された軍隊のようだ。

これを見た瞬間、俺は背筋が伸びた気がした。

選ばれた人間に指導を受けるというのだから、ガブリエルが俺にかけている期待の大きさを感じる。たぶんアーサーの見せた幻想なのだろう。俺の能力に対する評価なんてできる指標がない。


「いいえ、大丈夫です。ベイブ・ドラゴネアスです。よろしくお願いいたします。子供用の盾ができたと聞いたので、それを確認したいのですが。」


「ええ、ガブリエル様から聞いています。できたといっても子供用のサイズを作っただけで、これからベイブ様に合わせて調整をしてもらう必要があります。それに今作っているのは訓練用の木の盾で、本物はこれから作ります。」


「そうなんですね。」


「なので、これから鍛冶場に向かいます。では早速向かいましょう。」


出会って業務的な会話を少ししたらそのまま、鍛冶場に向かうことになった。

鍛冶場までは意外に距離があり、そこでここの鍛冶場についての目的を聞いた。

基本的にドラゲナイ家の武器は町の鍛冶屋に外注しているので、館の鍛冶場では生産は行っていないらしい。基本的には包丁や鍋も含め簡単な修理やちょっとしたものを試作するための場所で、ドラゲナイ家の使用人というよりは出向してきた鍛冶屋が近い。町の鍛冶屋とドラゲナイ家をつなぐパイプ役として機能している。今回の子供用の盾の作成については試作品の範疇として対応したという形だった。

子供用の盾を作ったとして大量にドラゲナイ家が買うこともないし、かといって市井で売っているとも思えないので、これが最適解となった。



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