第26話 悪役として死にたい

「でさ、悪役に転生したんでしょ。これからどうすんの?」


休憩ごとにソフィアと話していると、ふとそんなことを聞かれた。

色々話していくかで自分の転生先が悪役で主人公のライバルであることは教えていた。


「どうするって、どういうことですか?」


「いや、悪役でしょ。いい人に成らなきゃって思わない?だって、絶対悪役なんて負けるの決まってるじゃん。変えたくない?そういう未来。」


俺はその質問に即答する。


「その気はないですよ。負けるの嫌なのはやっぱりレーサーだったからですか。」


「嫌だよ。でもちゃんとやって負けるなら仕方ないけど、負けるって決まりきったことをやらされるのはオカシイじゃん。」


「確かに、レースならそうですが、これはゲームみたいなもんですよ。だって僕ら一回死んだんですよ。ソフィアさんがどうか知りませんが、これといった犯罪は犯さず、そこそこ真面目に生きてきて、それで特に大成もせずに死んだんですよ僕は。真面目に生きてそれならもう一回おんなじことやる気になりませんよ。せっかく悪役なんですから、それで死んでみたいじゃないですか。」


「へー、よくわかんない。」


ソフィアは全く共感できず、雲を見てしまう。

それでも俺はこの思いをやっと吐き出せるので話し続ける。


「なんでですか。しかもライバルですよ。強くなるのは確実だし、やりたい放題やっても悪役だから問題ないし。しかも強くなればなるほど最終戦は派手に死ねるんですよ。これはある意味男のロマンですよ。」


「わっかんないよ。ライバルなら勝ちたくない?それが普通だよ。」


「それはレースの話ですよね。これはそうじゃないじゃないですか。」


「何が違うの?これは人生だよ。レースよりもっと当たり前に勝ちたいじゃん。」


ソフィアは語気を強める。


「そうれはそうですけど。たぶん前世での感覚が違うんですよ。僕とソフィアさんでは、だからたぶんわかんないと思います。」


「何ソレ~。だいたい、”ベイブ”ってスゲー嫌なキャラだって梶ぴょん言ってたもん。”アーサーが可哀そうだから、俺はアーサーを推すんです”って言っててし。」


「梶ぴょんってメカニックですか?大体元ネタのゲームを僕は知らないんですよ。いくら悪役ににあるからって同じような奴にならないですよ。だって今この状況はゲームじゃあり得ないんですよ。」


「ああ、そうか。じゃあ、私が子豚君をそんなに悪くない悪役にしちゃえばいいんだ。」


「それじゃ、主人公が倒しずらいじゃないですか。少なくとも煮え切らないような悪役じゃ意味ないんですよ。」


「うぇ~、メンドイ~。」


頭を抱えるソフィアを横目にベイブは訓練を再開する。


「じゃあ、ラストの練習するのでこれが終わったら帰りますか。さすがにちゃんとしたものを食べたいので。」


「OK。」


ソフィアの返事はパワーがなかった。



◆◆◆


俺は別に悪役として死ぬことを悪いとは思っていない。

むしろ未練が残らないのであれば善人だろうが悪人だろうがどっちでもいいと思ってる。前世のことはこれまで誰かに言うことはなかったし、ソフィアにも詳しくは言っていない。だからと言って隠したいような生き方はしていないと思う。

死に様がひどかったが、それまではかなり真面目な方だと思っている。

それでも死に方はエロ同人作家の俺としては満足に近い方だった。本当は腹上死がよかったが、相手がいなかっただけといえば、まあマシだ。

だから俺は前世に未練なんかなかったから、第二の人生もゲームよろしく楽しめている。それに俺が未練ない人生を送ったのはもう一つの仕事のおかげであることは間違いない。

エロ同人作家なんて言っても、それだけで食っていくことは難しい。コミケの壁サークルになれなかった俺は短編を描きまくって電子で売るのがメインだった。数を出して何とか生活費を捻出するようにしたが、それでも足りないこともあったし、趣味に使う金を考えたら金はいくらあっても足りなかった。だから俺は実家の手伝いで食い繋いでいた。家業を継ぎたくなくて家を出たのに、最後は頼った。

実家はそれなりに大きい神社で、一般的な神事からお祓いまでやっていた。お祓いは自治体から個人まで幅広くやっており、その界隈では有名だった。そんな怪しい商売が伝統ある神社でできていたのは本当に霊が見えて払えていたからだ。

俺も当然見えたし祓えもしたが、兎に角術の練習がめんどくさかった。ゲームのある世代として生まれたがゆえに、レベルアップで技を覚えられない現実の面倒臭さが耐えられなかった。霊を浄化するのに術を使わず、術を使うための力を込めた棒で殴り飛ばしていた。

なにせ、そっちの方が早いし、うるさく無かった。霊どもはとにかく未練たらたらでうるさい。どう生きたの分からないが、俺の話を聞けと言わんばかりに話しかけてくる。見えるものとしてはそれが嫌だった。そんな状態で術を編むこと自体ができるだけでも集中力がいるのに、大掛かりな術になればなおさらやってられなくなる。ボタン一つで小技が出て、コンボで大技くらいじゃないとやってられない。だが、優秀な弟はやってのけ、跡取りは俺じゃなくて良さそうだったので、大学卒業後から実家には戻らなかった。

だが、結局腹が減って実家を頼る羽目になった。仕送りこそなかったが、仕事はくれた。その界隈でも有名な実家には遠方からも客が来る。俺はそういった客の仕事をもらっていた。未練たらたらの霊どもにはなりたくなかったので、普通の生活ができるくらいにはやりきった。


あいつ等みたいにはなりたくない。

だから俺は今回も悪役としてパーッと死にたい。


◆◆◆


―――20XX年 6月某日


K県Y市のアパートで孤独死した40代男性の遺体が発見された―――


ネットでは当然のように氏名も公表され、射精した状態で死んだことから『サキュバス殺人事件』と呼称さされた。現役エロ同人作家の部屋からお祓いグッズが出てきたことで、変な信ぴょう性が出てしまった。それを機に『サキュバス退散』のグッズがコミケで出回ることはある種のミームだった。

死んだ男の実家はお祓いで有名な神社だったので、遺品の引き取りと合わせて部屋の除霊を頼まれた。やってきた男の父親と弟は頭を抱えた。

まずは大量のエロ本だ。多すぎてすぐに捨てるわけにもいかない。段ボール数箱分のエロ本を軽トラの荷台に置き、後回しにした。

そしてもう一つは特に霊の気配がないことだった。霊に関する力の強い男だったので、死んだら幽霊にでもなっているものと思っていたが、まるでその気配もなかった。周りから他の霊も来ておらず、不自然なほどにきれいに成仏しており驚いた。僅かにある神の気配の方が二人の頭を悩ませる羽目になった。


それから数年、命日になるたびにその男の死に方について集まった親戚連中のなかでも話題になった。最終的には『神様とエッチなことして死んだ』が結論となっており、以外にも立派な男として名を残すことになった。


―――吉良誠 享年四十二歳―――


◆◆◆









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