第20話 女がタダで手に入ると思うな
四人が席について所で仕切りなおされ、料理が運ばれてくる。
晩餐ではないので昼はメニューが少なく、形式ばったコース料理ではない。今回は軽い顔合わせの上、教育を受けていない子供もいるので気軽な食事にしようとガブリエルが取り計らった結果だ。食前酒に口をつけてアルコールが体に入ってきたことで、ガブリエルの表情が厳つくなった。もう浮かれてしまったガブリエルは死んだ。
「すまんが、仕切り直しといこう。どうだねこのワインは。最近頭角を現したブルゴーニャ産の白ワインで、今は宣伝も兼ねて安く知れることができる。すっと飲めて癖がない洗練された逸品だ。どうだ、来年の周年式典でふるまってみては。」
「それはいいですね。しかし、これだけ美味しければすぐに取り合いになって値段も上がってしまうのでは。」
親子の縁があるといっても、長年会話もロクにしていなければ他人と変わらない。
年長者から積極的に言葉を崩さなければ、心は開かれない。
ただ、貴族は親子でも大人になれば言葉は固くなってしまう。
アーサーはその距離がつかめずにいた。
「それがな、商売上手な奴らで来年の仕込み分までは価格を据え置きにしてくれるのだ。今からなら今年の仕込みに間に合うから、我が家の分と合わせて頼んでおこう。なに、お前が払えずとも祝いの品として送ればいい。」
「私の方からお願いをしている立場ではありますが、そこまでして頂いていいのでしょうか。」
「構わん。俺はなお前が嫌いで今まで声を掛けなかったわけではない。建前が何もないからだ。できれば早いうちに手を組みたかったがお前が成果を出さんから、小物に対してはこっちからいけん。今残っているドラゴンスレイヤーの貴族はドラゲナイ、ドラグファン、ドラゴネアスの三家だけだ。ドラグファン子爵はわしとの対抗意識があるせいか協力は難しい。領土解放のためにはドラゴンスレイヤーの数と協力がいるというのに。」
「申し訳ございません。私がもっと早く相談に伺っていれば、また違った形もあったでしょう。」
「そこは仕方ない、お前は運が悪かった。最初に倒したレッドドラゴンに出会えた時に運を使いすぎたな。手土産もなしに本来は俺には会いにこれん。だからこそこれから始めるのだ。」
「はい、ありがとうございます。」
ベイブはアーサーが討伐していたドラゴンの種類を初めて知ったが、動揺を見せずに腿をつねり気を紛らわせた。
ガブリエルは黙々と食事を口に運ぶアルビダに視線をやり、婚約の話を繰り出す。
「それでは本題に入ろう。アルビダは今こんな感じだが、本当はもう少し華奢だ。これもこいつのスキルのせいだ。いつもこんなにごついわけではない。それに戦士としても優秀だ。お前とともに竜を狩ることができる。」
「はい、存じております。アルビダ様はドラゴンスレイヤーとしてご活躍されていて、数頭のドラゴンを狩ったと聞いております。」
「五頭だ。」
話を聞いているだけだったアルビダが正確な討伐数を告げる。
だが、これはアーサーの思惑通りでもあった。初めて会った時から良い印象でないことはあからさまだった。会話にも入ってこないので、どうにかならないかと思っていたので、曖昧なことを言って注意を引いたのだ。この辺はアーサーの指揮官としてのコミュニケーションスキルの一端だ。ポイントで解放するスキルではなく、地道に積み重ねてきたリーダーとしての経験がものを言っている。
「そして、貴様は一頭だ。偶然ドラゴンを狩っただけの男とは私は結婚できない。私が狩ったドラゴンは私のスキルとの相性がいい相手ばかりだが、それでも五頭狩ったのだ。それに私の兄弟たちも最低一頭は狩っている。この男が本当に強いドラゴンスレイヤーであると証明できない限り婚約はしない。」
アーサーはぐうの音も出ない。
アーサーが狩ったレッドドラゴンは本来いるはずのない平原にはぐれた一頭に運よく出会いしとめただけだ。仕組まれた運命かのように完璧なタイミングで出会ったからこそ勝てたとも思っている。別の大物を狩るために装備や薬を整え、遠征に向かった直後のことだったからこそ、気力も満ちており想像以上にうまくいった。
だが、ガブリエルはそうは思っていない。
ドラゴンを狩ることは偶然ではできない。正に運命がドラゴンスレイヤーを決めているとさえ考えている。
その首を落とすだけの力は十分な研鑽がなければ手に入らない。ドラゴンの特別な鱗にはじかれずダメージを与えるにはステータスだけでなくスキルも恵まれていなければならない。スキルは生まれながらにしてそのポテンシャルが決まっている。どんなに鍛えてもドラゴンを殺すに至る技はスキルでしか身につかない。ドラゴン殺せる可能性は生まれながらにして決まっている。
そして、ドラゴンは強いくせに縄張りが広く見つからない。しかも張り意識は強く、向こうに見つかれば理不尽に殺される。だからこそドラゴンを見つけるには優秀な斥候による大規模な捜索が必要になる。一頭だとしても会えるのは偶然では済まされない。偶然会うような状況であればそれは神か世界がそのめぐりあわせを仕組んでいない限り起こりえない。
ドラゲナイ家の組織力でドラゴンを見つけ、狩ることのできたアルビダが言うべき言葉ではないことにガブリエルは腹が立った。
「ふん。お前は俺が探したドラゴンを狩っているだけだ。アーサーの運が良いと言うのと、何も変わらない。お前は俺が用意しなければ一頭もドラゴンを狩れていない。」
アルビダとてその自覚がないわけではない。
だが、領地近くの森にいるドラゴンも遠征先のダンジョンのドラゴンも狩れていない奴と対等などとは思われたくない。
「なら、その実力が本物か示すべきだ。お前たちが攻略中のダンジョンに行ってその実力を見せるべきだ。」
「それはドラゴンを目の前で狩って見せろということですか。」
「できればそうしたいが、私がドラゴンを狩る場にいては私の手柄になってしまうかもしれない。だから偽竜どもでドラゴンを狩れるその可能性を見せてみろ。そしたら少なくとも密約として婚約を交わしてやってもいい。」
「承知しました。それで問題ありません。私がドラゴンを狩ってきたら正式なものとしてよいのですね。」
「ああ、私に二言はない。そうと決まればさっさとこんな茶番はやめてダンジョンに行くべきだ。」
こんな真剣なで強気なアーサーを見たのは初めてだ。
俺が今まで見てきたアーサーは優しさと苦悩ばかりだった。貴族として、戦士としてここまで啖呵を切った場面を見ることはなかった。
「ガブリエル様、申し訳ありませんが婚約の件がこのようになってしまい。支援の件はしばらく先延ばしにして頂けませんでしょうか。」
「いや、それは問題ない。食糧支援程度であれば少し多めに買ってやればいいだけだ。その辺はいくらでも言い訳は立つ。だからさっさと実力を見せるんだ。」
「はい、必ずご期待に応えます。」
アーサーは自信に満ちた表情で答える。
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